散歩中にツッコミの練習する奴

「そろそろだな」

 朝6時30分。大島太郎おおしまたろうは公園に立っている。誰かを待っているようだ。

 そこに足音とともに、もう一人の男が近づいてくる。

「おー、待たせたな」

 現れたのは織田山仁おだやまひとし

「おう、織田山。なんだってこんなとこに呼び出したんだ?」

「それがなあ、実は今、ツッコミの練習したくて」

「ツッコミ? お笑いでもやるのか?」

「いやあ、漫才とかコントとかは考えてないけど、普段の会話の中でツッコミとか入れるタイミングあるじゃん? そういう時に上手くツッコミできるようになりたくてさ」

「そうか。つまりは相手を楽しませたいってことだな。真面目な奴だ。それで、なんでこんな朝早くに公園に呼び出したんだ?」

「お前と二人っきりで散歩したかったんだよ」

「散歩? いやいや、ツッコミの練習したいってさっき言ってたよな? なんで散歩なの? いきなりボケみたいなこと言うね、君は。あと、二人っきりってワードは余計だと思う」

「ツッコミの練習として、散歩中に出くわす出来事にツッコミを入れていこうと思ってだな」

「え、ひとりでできるだろ、それ? 早朝に僕を呼び出す意味ある?」

「だってひとりでぶつぶつ言ってたら恥ずかしいだろ?」

「まあ、それはそうだろうけど。僕、今から仕事だぞ? ……あんまり長くは無理だからな」

「そこで断らない大島、流石だなあ。流石、ボケ担当だわ」

「ボケ担当じゃねえわ! これじゃむしろツッコミ担当だろ。お前がツッコめよ! ……とっとと行くぞ」


 二人並んで散歩を開始する。


「とはいえ、何にツッコもうか。 ……あ、まずは天気からだな」

「天気に? 一体、どんなツッコミを入れるつもりだ?」

「おいおい、さっきまで晴れてたじゃねえか! なんでいきなりくもりがかってるんだよ! 女心か!」

「いきなり無茶し過ぎじゃないか?」

「大島の元カノか!」

「うっせーわ。確かに感情の移り変わりが早い女性だった。って、思い出させんな!」

「あー、わずかながらに雨降ってきた。さっきまで晴れてたのに」

 そこで突然、大きく息を吸い込んだ織田山は、空に向かって叫んだ。

「泣いてんじゃねーよ!!! 女かよ、お前は!!!」

「ちょ、声大きいから。早朝だからボリューム考えて?」

「感情ジェットコースターかよ!!! つーか、大島の元カノか!!!」

「だから声でかい! そして、確かに僕の元カノはすぐに泣く人だった。でも、傷口に塩擦り込むのやめて? 泣きたくなるから!」

「あっ、雨がやんで、雲が消えた。見ろよ、あのお天道様。なんか、心が温かくなってくる。……って、俺の元カノか! 元カノのひまわりみたいな笑顔か! うっ、うう……」

 言いながら、泣いている織田山。嗚咽おえつが漏れている。

「早朝だから! 出勤前の早朝だから! テンション下がるしやめよ? 泣くな! 男だろ?」


 織田山は泣きやみ、ふたりは散歩を続ける。


「あっ、ご近所の人が歩いてる。こんばんは! ……って、今はおはようございますだろ!」

「いきなり無理し過ぎだって。無理があるよ、そのノリツッコミ」

「ご近所の人が現れた! どうする? ……ってRPGか! がんがんいこうぜ!」

「無理が過ぎるわ。いきなり作戦の種類言われても意味わかんないから。ドラクエユーザーしか理解できないから。そしてどちらかと言うと、いのちだいじにで頼む!」

「あ、どうも、小畑さん。この間の会議、どうでした? この間の首脳会議。って、G7サミットか! それを言うなら町内会議だろ! お爺さん7人の町内会議だからって爺7ジーセブンサミットとか上手いこと言ってんじゃねえ!」

「確かに上手いけども! やっぱ無理があるよそのノリ。小畑さんもキョトンとしちゃってるから。ついていけてないよ? ……って、小畑さん笑ってるし! 一国の首脳らしく、ユーモアも備えていると! そう言いたいのか!? ノリが良すぎる!」


 大島が若干混乱しつつも、小畑さんの前を通り過ぎ、散歩を続ける。


「あっ、ワンちゃん連れのお姉さんだ。おはようございます。ちょっと撫でさせてもらっていいですか?」

 織田山が伸ばした手を、大島が掴む。

「って、お姉さんの頭撫でようとしてんじゃねえか! そこは止めるよ? 「って、犬を撫でようとしてたんじゃないのかよ!」ってノリツッコミしようとしてたのかもしれないけど、止めるよ?」

「いやいや、違うよ! 直前で手を止めて、「ナンパかよ!」ってノリツッコミしようとしてただけだよ」

「お姉さん撫でようとしたのは否定しないのかよ。駄目だよ、いきなりそういうことするのは」

「つーか、向こうからまたワンちゃん連れの女性が歩いてきたぞ。おお、可愛いワンちゃんだな。って、頭が3つもついてるじゃねえか! ケルベロスかよ!」

「3つもついてねえだろ! 世界観壊すな! あくまでこのお話の舞台は現実世界だから! 読んでる人が異世界ものだと勘違いしちゃうから!」

「まあまあ、お姉さんでも撫でて、心を落ち着かせようぜ。って、撫でられちゃってるじゃねえか! お姉さん、撫でちゃってるよ俺!」

「ちょ、撫でるのやめ! って、お姉さんもまんざらでもない顔してるじゃねえか! 撫でられたかったのかよ。駄目ですよ、そんなほいほい頭撫でさせたら! でも、お姉さん面白いので連絡先交換してください!」


 ちゃっかり連絡先を交換する大島に、織田山が「ナンパかよ」とツッコみ、再び歩き出す二人。

 大島が腕時計に目をやると、すでに出勤しないといけない時間だった。

 散歩に付き合ってくれたお礼にと、織田山が車で大島を勤務先まで送ることになった。


「織田山、送ってくれるのはありがたいんだけどさ」

「なに?」

「会社の玄関ギリギリまで車ツッコんでるこの状況、なに?」

 大島を助手席に乗せた織田山の車は、大島の会社の玄関、その自動ドアの手前まで突っ込まれていた。

 会社に入っていく人々が、不審なものを見る目で、二人が乗車した車を見ている。

「大島、ひとつなぞときを出してくれ」

「この状況で!?」

「この状況だからこそ、だ。「車を突っ込んでしまうドライバーとかけまして、ツッコミ担当と解きます。その心は?」って出題してくれ」

「わざわざ僕に言わせる意味は!?」

「その心は、「どちらもツッコまずにいられない」。はい、ありがとうございました」

「終わらせてんじゃねえ!」

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会話劇 こばなし @anima369

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