一章の終わり

 双眼鏡を使わずとも、かしら達の健闘は十分に見えた。

 八百長を疑いたくなるぐらいに二人は、上手いこと戦えている。俺の時と比べたら井筒いづつも、借りてきた猫の様に大人しい。

 まあ、よくよく考えたら当然か。

 前世で観たゲーム実況動画だと『赤き豹』との戦いは、二回に分けられていた。

 一回戦目はイベント・バトルにも近く、堅固けんごが半殺しに――臨死体験させられて終りだ。

 それで堅固けんごが異能に――『蒼い紐』を自在に操る霊体型の異能に目覚め……――

 井筒いづつは友人を傷つけてしまったと精神が不安定になり……――

 かしらかしらで真の能力に開眼を果たすチュートリアルを受ける。最強無敵伝説の開幕だ。


 しかし、今夜の井筒いづつは、俺というイレギュラーに煩わされ……――

 友人を半殺しどころか死にかけDYNINGさせた。

 『赤き豹』などと粋がったところで、ただの女子高生だ。不安定どころか、もうズタボロに違いない。

 また堅固けんごの『蒼い紐』は――捕縛の力は、『赤き豹』の天敵とすらいえた。……いかに人外の怪力を誇ろうとも、その軽い体重ウェイトまでは誤魔化しようがない。

 さらに弱点をで責められては、もう勝負は見えたも同然だろう。


 そう、二人がかりで――かしらも『蒼い紐』を使って。

 なんとかしらの霊体は、仲間の異能力をコピーして借り受けられる! それも右手と左手へ別々に!

 つまり、制限されつつも二人分の異能力を、かしらは同時使用可能ということだ!

 そしてが増えれば増えるほど、指数関数的に強くなっていく。まさに最強無敵の呼び声に恥じない。

 『絆の証』だの『人と人を結ぶ力』などと謳い文句まであって……ちと主人公だからって、盛り過ぎじゃなかろうか。

 俺なんか、すっぴんの霊体が出るだけなのに! 公平な再分配を要求する!!


 そして井筒いづつが体勢を崩したことで、勝負は決まった。

「チャンスだ! いくぞ、かしら!」

おうッ!!」

 キメ顔で呼応しあってからかしら堅固けんごは――


 井筒いづつを取り囲んで蹴ったり殴ったりし始めた!!


 それでヨロヨロとなったところへ、止めとばかりにかしらが渾身の右ストレートだ。

 ……いいのか、それで? 一応、井筒いづつは女だし……そもそもお前らは幼馴染なんだろ? なんか、こう……情けとか……手心とか……無いものなのか!?


「……ずっと私が……駆けっこで一番だったのに……――」

 そう『赤き豹』は残夜の月へ、希うように手を伸ばしながら消えた。後に失神し臥さる井筒いづつを残して。



 もしかしたら井筒いづつには、『赤い豹』となるだけの理由があったのかもしれない。

 ただ、そうだとしても俺には分からなかったし……その必要性も感じなかった。

「どこへ行くんです、しずくさん?」

「決まってるだろ。帰るんだよ、我が家に。明日は――というか今朝は、俺が朝食当番だからな。もう帰らなきゃ間に合わねぇ」

「ちょ、朝食!? こ、これだけのことがあって……朝食の心配ですか!?」

菜子なのこだって桜先輩より先に院?とやらへ戻ってなきゃ拙いんだろ?

 送ってやるから、早く支度しろ。自分用のヘルメットは持ってきてるな? あと身元が割れるようなものは残していくなよ?」

 『教会』に『桜先輩』、『異能の覚醒条件』、『ハーレーの女』、『外国の介入』、『魔宮』……解決した以上の謎が増えて残った。

 それでも一応は世界を救ったのだから、日常へと戻っても罰は当たらないだろう。その為に命を懸けたのだし。

「ほら、急げ! 炊飯器のタイマーを入れ忘れてんだ」

「す、炊飯器のスイッチ!? ちょっと緩すぎませんか、いきなり!」

 そのツッコミへは舞子マイコゥの軽い排気音シャウトで応えておく。

 ……多少は緩くても、いいだろうよ。すぐに次が始まるんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る