逃亡

「……いまさらだけどキミは何者? 魔宮まみやに縁の人?」

 『魔宮』? 人の名前? それとも秘密結社の類だったり?

「通りすがりの雑魚モブ野郎ってことで……見逃しちゃくれませんか?」

「なんにせよキミは『狂化』してないみたいだし、話が出来そうだね。

 ……安心して? これでもボクは回復魔術が使えるから」

 そう言い放つや桜先輩は、『聖剣』を構え直した。……漏れ出でる殺気を隠そうともしやしない。

 どうやら煩わしい虫から、捕らえるべき鼠へ昇格してしまったようだ。

 ……後半ボスとの一対一タイマン勝負なんて、状況が悪化しちゃいないだろうか? 切り札にして命綱グレー・アクセルまで使って、やっと一人退場させたのに?


 とにかくアクセルを緩めて間合いを取り、空になった弾倉マガジンを交換しておく。

 トップ・スピードなら相棒マイコゥの方が上だ。商用車バン如きに後れを取るはずがない。

 ただ、それが分っているのか運転手は、進路妨害ブロックを最優先にしていた。

 ……接触して事故になろうと、それはそれで俺を止められる。覚悟の上といったところか。


 口の中に広がる血の味が、しばらくはグレー・アクセルを発動不能と、しきりに促してくる。

 ……非常に拙い状況だ。

 しかし、それでも桜先輩には、御退場を願わねばならなかった。

 この時点で介入されたら、おそらくシナリオは破綻――つまりは世界終了核エンドしてしまう。

 それを避ける為なら、この命を賭ける価値もあるか。


 軽いフェイントで商用車バンの運転手を左へ釣り、開いた右側から追い抜きを狙う。

 剣の間合いとなる前に、拳銃P320の乱射で桜先輩を手一杯としながらだ。

 やはり片手撃ちでは、命中率も悪くなった。何発は明確に的を外してしまっている。

 ただ、それでも桜先輩は、律義に全ての弾を『聖剣』の平で弾き落としていた。

 ……予想通りだ。

 相棒マイコゥが叫ぶ勝利の雄たけびと共に、その隙に走り抜けていく! この忙しい夜も、これで終わる!

 だが、そうは問屋が卸さんと――


 車体を透過してすり抜けて斬りかかられた!


 ……一応、想定はしていた。想定はしていたが、しかし、あんまりだろう!

 『聖剣』を具現といったところで、おそらくは霊体ノノベリティと似たようなルールのはずだ。

 となれば霊体以外を透過のモードがあっても、おかしくはない。ノノベリティでだって、一応は可能だし。

 だが、任意に物質を透過させれて、おそらく生体や霊気オーラだけは無理で干渉なんて――


 結果としてガード不能ではなかろうか?


 仮に霊気オーラの力比べを引き分けたとしても、『聖剣』の斬れ味と勝負になるからだ。

 つまり、適当な武器や防具では防ぎきれない。道具の優劣で負けてしまう。

 きっとは『全ての攻撃を避けきる』か『圧倒的な霊気オーラ出力で防ぐ』となり、もうラスボス先輩の名に恥じぬ鬼畜っぷりだ。

 でも、どうやって倒すの? 僕の考えた最強のボスとか、萎えるだけだよ!?


 目の前へと迫りくる死――『聖剣』を左に逆手持ちへ構えた小太刀写し・長久で受ける。

 ……火花が散った! さすが写し・長久! 『聖剣』の一撃すら耐えてくれた!

 そして『聖剣』と鍔迫り合ったまま、押し返すようにして相棒マイコゥで突破を図る!

 桜先輩は具現化を解いた。そうしなければ『聖剣』で運転手を斬ってしまうからだ!

 分業制の欠点が、やっと相手の足を引っ張ってくれた! 乗客に過ぎない桜先輩は、常に運転手を守らねばならない!


 商用車バンを抜き去る瞬間にタイヤを撃ち抜く。やはり運転手が邪魔となって、桜先輩からの妨害は無い。

 ……これで今夜の残り半分も作戦成功ミッションコンプリートだ。

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