第37話 千尋、悶絶す


『チビ助くん誘惑大作戦』



 ホワイトボードにデカデカと書かれたその文字は、言ってしまえば『いかに数馬を籠絡するか』という事に他ならなかった。



 書いた本人であるミリアは当然そのつもりで、普段から近しいものを考えていた千尋も同様だった。


 が、一香だけは違うようだ。


「説得するのと誘惑するのとは違うのでは!!?」


 と、当初の目的を律儀に守ろうとする、普段の彼女の真面目さが現れたのだから。


 しかし、それくらいの事でミリアは揺らぐことはない。


「いやいや、説得よりも誘惑の方が効果覿面てきめんだと思うわよ〜?」

「そうでしょうか……」

「その参考資料がこちらに」

「参考資料……?」


 不安そうな表情をする一香に反して、余裕綽々の表情のミリアは、手慣れた手つきで天井に設置されていたプロジェクターを起動させ、そのままホワイトボードに映像を投影する。


 そこにあったのは、薄く暗い部屋で肩紐が切られたスク水を身につける千尋の姿。


「これって……千尋ちゃん?」

「あ、……あぁ……あぁぁっ!!」


 胸元を抑え、無音ながらも必死に何かを伝えようとする千尋の姿に、一香は見入るように前のめりに、予想外の羞恥映像を見せられてる本人は前のめりに項垂れる。


 それでも映像は流れ続け、次第にミリアが聞かせたいシーンになったのだろうか、音量をオンにして部屋中に千尋の声が響き渡る。


『このチケットはまさか……! 天国への許可証の!!?』


 と、明らかに嬉しそうな千尋の声が。


 そしてその直後にプロジェクターの電源を切ると「どうだったかしら?」と二人に問いかけるミリア。

 不思議なこともなく、いつものように嬉しそうな表情をしていた。


 が、当然ながら千尋にとっては嬉しいものなんてなく


「部長! いつの間にこれを!!」


 と、項垂れていた体に鞭打ってミリアに飛びつく。

 そんな千尋に対して、ミリアは一層嬉しそうにするのだから、救えない。

「いつの間にも何も、ずっと棚にカメラを設置してたんだけど〜? もしかして気づかなかった〜?」

「気づくわけないじゃないですか! っていうよりこれ───」

「……もちろん、チビ助くんが出てくるところは編集済みよ。安心して」

 最低限、数馬への配慮がなされているだけ、まだマシだけども。


 いや、数馬を映してしまうとミリアにとって損があるからだろう。そう考えると、やはりミリアには困ったものがある。

 とはいえ、一香の視点からしてみれば映像にはチケットを欲しがる千尋とそれを見せびらかすミリアしか写っていないのだから、結果オーライというものだろう。


 それがわかっているからこそ、千尋はそれ以上ミリアに対して何も言えず

「それならいいんですが……いや、隠し撮りされてた事は何もよくないんですけどね?」

 徐々に力を抜いていく。


 やがて、千尋とミリアが落ち着いたのを見ると一香が心配そうに千尋へと駆け寄る。


「えっと……二人とも大丈夫? 特に千尋ちゃん、さっき悶絶してるようだったけど」

「え、あっはい! 大丈夫です! 私、元気!」

「……大丈夫じゃなさそうね」


 より一層不安な表情になる一香に、千尋は慌てて訂正する言葉を考え、それを口にする。


「あぁ、いえ。本当に大丈夫ですよ? ちょっと、心臓に悪い映像が流れただけなので」

「たしかにこれは心臓に悪いかもね。特に、水着の紐が切れてるところとか……。え、待って何で切れてるの?」

「あはは……どうしてでしょうね……」


 スク水の肩紐が切れている。

 千尋にとって、それは一番聞かれたくない事。


 ミリアが数馬に色仕掛けを千尋でもできるようにした工作だなんて、口にできるはずもなく、彼女は笑って誤魔化すしかなかった。


 そんな情緒不安定な後輩を不思議に思いながらも、映像の意味を聞かないわけにもいかず

「で、ミリア先輩? これは結局何が言いたいんですか? これだけだと、せいぜい千尋ちゃんをスイーツパラダイスのチケットで釣ったようにしか」

 そう言って、ミリアに顔を向ける。


「うん、その通りよ」

 胸を張ってミリアは一香の言葉に頷いた。


「そして、それを今度はチビ助くんに実行するって事よ」


 不穏な一言を添えて。

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