第36話 大丈夫と自覚

「そんなの……藤宮先輩が好きに決まってるじゃないですか!」


 ───うん、そうだね


 千尋からこの言葉を聞いた瞬間、一香の心は定まった。

 いやもう既にほぼ決まっていたようなものだったが、やはり言葉にしなければわからないものがある。


 例えば、千尋が如何に数馬の事を好いているか、とか。

 普段、どんな想いで千尋は数馬に強く接していたのか、とか。

 大きな恋敵の存在を知っても尚、その想いは続くのか、とか。


 つまりはそういう事だ。


 そして、一香が定めた心の内はというと

「うん、まぁ、大丈夫かな」

「えっと、一香先輩? あの、大丈夫とは……」

「明日の数馬とのデートの尾行の事。部活に来ない理由を突き止めるんでしょ?」

 ───尾行の許可だった。


「いいんですか? 私がいうのもあれなんですが、てっきり拒否するものかと」

「拒否なんてしないわよ。ただ、この機会に二人が数馬にどんな想いを抱いてるのか知りたかっただけ」

「そういう……事かぁ……」


 一切動じる様子を見せないミリアを目にしてようやく、事態を飲み込めたのか、途端に千尋は体の力を抜いてヘナヘナと床に腰を落としていく。

 千尋の中で相当クるものがあったのだろう。今にも泣きそうな表情を見せる。


 しかしそれは悲しさから出るものではなく、安堵から出るもので、それは千尋を眺める二人の表情から読み取れた。


 そんな千尋と、一切表情を変える事のないミリアに、一香は苦笑しながらその理由を口にする。

「だって二人ともわかりにくいんだもの。こうでもしないと、確かめられないじゃない」

 と。


 が、それならば、と千尋とミリアにも言い分があるようで

「それは……そうかもですが、それを言うなら一香先輩はわかりやすすぎです! 部長もそう思いますよね!?」

「確かに私たちのは分かりにくいけど、剣道ちゃんのは逆にわかりやすいのよね。特に、兼部してまで写真部に入っちゃうあたりが」

 と反撃する。


 千尋とミリアは互いに数馬へのアプローチがわかりにくい、もとい、下手くそなのは自覚しているが、それは一香にも言えた事だった。


 もっとも、一香はわかりやすい方で、アプローチが下手くそなわけなのだが。

 そして二人から指摘され、図星を突かれたのか、一香は途端に慌てふためく。

「それは、あれです! 数馬がどうしてもって言うから! それに女子だけの部活って聞いて数馬に変な虫がつかないか心配だっただけで」

「それがわかりやすいって言うんですよ」

「そうなの……!?」

「自覚なかったんですね……」


 普段は毅然として理路整然としている先輩が、恋愛沙汰になると途端にポンコツになっている。

 目の前の光景が信じられないと思いながらも、それが事実である事を認めざるを得ない事に千尋はただただ、ため息をつくように笑うしかなかった。


 そして一香もまた、恋愛沙汰における自分のポンコツさに呆れるのだった。


 そんな二人を前にしても、ミリアは一切動じることはなく、ただただ目の前のホワイトボードに文字を書き下していく。


「それじゃあ、剣道ちゃんが納得した事だし、明日の会議の続きをしましょうか」


 ───『チビ助くん誘惑大作戦』と。

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