第18話 漏れ出る声に擦れる布

「じゃあ、ゆっくり脱がすぞ」

 タンスの中から一香の着替えを取り出した数馬は、膝の横にそれを置くとそのまま脱ぎかけのブラウスに手を伸ばした。


 肩越しに数馬を見据える一香。その目は、恥ずかしさに満ちていた。

「いいけど、あんまりジロジロみないでね……? 今日、そんなに可愛いのじゃないから……」

「そんなの、無理に決まってるだろ。まぁ、見ないように努力はするけどさ」


 水色の下着が背中の汗で透けてしまっている事は口にせず、数馬はただただ見なかった事にして目を逸らす。

 そして恐る恐る首筋に手を伸ばし、襟を引っ張って脱がし始めた。

 汗でぴっとりと背中に張り付いたブラウスを。




 脱がせる、と言ってもTシャツを脱がせるよりは遥かに簡単である。

 前のボタンは本人に開けてもらい、袖のボタンも既に開いていた。

 あとはゆっくりと引っ張るだけで完了である。


 もっとも───


「んんぅ……うあっ……ふっ……」


 肌に擦れるブラウスの擽ったさに耐えきれず、一香の口から漏れ出す色っぽい声に数馬が耐えられればの話であるが。



「ちょっ……一香! 声! 声抑えてくれ!!」

「ごめ……んふぅ……っっ! わざとじゃ、無いのよ……」

「わざとだったら、問答無用でチョップだよ!!!」


 幼馴染の聞き馴染みのない声に、思わず大声を出して声を抑えるように言うが、彼女自身、望んで出している声で無いのだから無茶である。

 そんな事は数馬自身も分かっている。

 しかし、分かっていても口に出さずにはいられなかったようだ。


 そんな数馬に対して、一香はと言えば

「チョップしてきたら、滑り込み面……だから、ね?」

 と言って、ほぼ反射でチョップの構えをしていた。

「あー、はいはい……。しないから構えを解こうな。脱がせにくいから」

「んむぅ……」


 余程反撃をしたかったのか、それともチョップをされたかったのか、残念そうな声を出しながら腕を下げ、脱がされやすいように腕を伸ばす一香。


 それからしばらくは順調に着替えが進んでいた。

 脱がせた部分から、少しずつ水につけた手拭いで汗を拭き取っていく数馬。

 それに比例するようにスッキリしたような表情になっていく一香。



 とある一部分を除いては。


「それじゃあ……ここも、脱がすからな……?」

「絶対、見ないでよね……?」

「善処はするけど、絶対は難しいって」

「目瞑るくらいはしてよ」

「そんな事したら、変なところ触っちゃうかもしれないだろ」

「……えっち」

「絶対そう言うと思ったよ……」


 汗をたっぷり吸った事で水色だった彼女の下着が、すっかり青色になってしまっていた。

 そんな下着に手を伸ばしたのだから、それは“えっち”と言いたくなると言うものだ。

 だが、そんな事を言おうとも、汗をたっぷり吸い込んでいる彼女の下着は体調を悪化させる要因にもなり得る為、数馬も引き下がるわけにはいかなかった。



「一香〜? 帰ってきてるの? それに男の子の靴が玄関にあったけ……ど……」

「あ、えっと……お邪魔して、ます?」

「お楽しみのところ、邪魔してごめんなさいね」

「待ってお母さん、誤解なの!!!!」


 家族が帰ってくるまでは───。

 時刻は夕方の六時。パートや買い物に出かけていた母親が帰ってきてもおかしく無い時間。

 そんな時刻になってしまったのが運の尽き。

 半脱ぎの娘に、その背後には娘の幼馴染。その光景を見たお母さんの口から出た『お楽しみのところ、お邪魔してごめんなさいね』との言葉。


 この言葉に、当の本人たちが何も感じないわけもなく───

「……お邪魔、しましたーーーー!!!」

 そう言って、数馬は慌てて部屋を出て行ったのであった。




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