第18話 不思議な後輩とクリスマス①






そろそろ雪が降り始めるだろうか?ぐいと首元に軽く巻いたマフラーを引き上げ鼻先まですっぽりと覆う。


今年の冬はあまり寒くはないらしいがどうなのだろう?天候のことは誰にもわからない。専門家だって本当のことをわかっているのかはわからない。


ただ僕たちは雨にも負けず風にも負けず不思議な後輩にも負けぬ丈夫な体を持ち、耐えるしかないのだ。


「羽賀せんぱい!」


「うひゃあっ!?」


学校の玄関。掃除用ロッカーの物陰から伸びた白く細い腕が僕の腕を掴んだ。その異様な光景に僕の心臓は跳ねる。


「おはようございます!」


「お前普通に声かけられないのかよ!いつもいつも驚かしやがって!!」


「え〜驚かしてないですよぉ!」


「……はぁ。」


毎度毎度、物陰から細くて白い腕を伸ばし僕の袖や裾を引っ張ってくる妖怪少女、春日谷舞に僕の心臓は着実にダメージを負いつつある。


(いや、もう妖怪ではないのか。)


ゴツゴツしたヘッドフォンも、分厚い本も、重っ苦しい前髪も取っ払った彼女はただの不器用な女の子だ。


「羽賀先輩!今日も学校が始まりますね!」


「なんだよテンション高いな…」


「テンション上げなきゃやってらんないんですよ!」


「まぁ、頑張れよ。」



なんだかんだありつつも、彼女と共に変わることを決意しで一ヶ月半が経った。秋から冬へと季節は変わりゆく。


変わらないものはない。

とどのつまり、僕たちの周辺も変わりつつあるのだ。






「おまたせしました、先輩。」


「いや、僕も今来たところだ。」


午前の授業を終え迎えた昼休み。僕と春日谷はいつものように学食で待ち合わせをしていた。さすがにこの寒さでは屋上に行こうとは思えなかったのだ。


初めて学食に足を運んだときはそれはドギマギしたものだ。他の生徒の迷惑にならないように二人でヒソヒソと向かった。もっともすぐにバレてしまったのだが。 



春日谷が僕の向かい側に座る。学食に来て初めて気づいたが彼女は大の蕎麦好きのようだ。今日も蕎麦を乗せたお盆を両手に持っている。


「すいません、宮前がなかなか離してくれなくて…」


「いいや、いいことだと思うぞ?」


「…」


「多分な。」


約一ヶ月前、二人で電車に乗ったあの日から変わったことは多くあるが、その中でも一際大きい変化は春日谷舞に友達ができたことだろう。


いや、あれは友達と呼んでいいのだろうか?



宮前沙織。春日谷にできた初めての友達(?)であり、なんと彼女をいじめていた張本人でもある女生徒だ。


あの日以降春日谷に声をかけるようになったらしい。最初の頃は春日谷も困惑し、僕と会うたびに沈んだ顔をしていたのだが、今となってはよく話題に出すぐらいには親密になっているらしい。


だが、仲は良くないのかもしれない。女の友達付き合いはよくわからないが、宮前沙織にまつわる話題のほとんどが彼女への愚痴であることから仲良しではないのだろう。


いや、喧嘩するほど仲がいいというやつなのか?



「私は先輩がいればそれでいいんですけど…。」


「…僕は一年早く卒業しちゃうからな。友達はいたほうがいいと思うぜ?」


「友達じゃないです、あんなやつ。」


「ははは。」


確かに友達ではないのかもしれないが、僕と初めて出会った時よりも春日谷は活き活きとしているように見える。


いじめていた奴と親しくなるなんて普通の青春ではないだろうけど、それが逆に春日谷らしいのかもしれない。

第一、普通の青春なんてものは存在しない。人それぞれの青春があるだけなのだから。


そんなことを考えながら、軽い気持ちで春日谷に笑いかける。


「よかったら宮前と食べたらどうだ?僕は別にそれでも構わないけど。」


「え…」


「…春日谷?」


「冗談ですよね?」


「え?」


普段の気の弱いお調子者とは全く違うめちゃくちゃ冷たい声と共に春日谷が僕を見つめてきた。

その光のない目に僕のこめかみに冷や汗が伝う。


「本気でそんなこと言ってるんですか?」


「あ、いや僕は…」


「先輩は私と食べるのが嫌なんですか?」


「そんなことはないけど…な、なんだよさっきから。」


そんな凍えるような目で見られたらおいおいと飯も食えない。僕は頬を引きつらせながら彼女に問うが春日谷はため息をつきながら蕎麦を啜り始めた。


「別に…。」


「お、怒ったのか?怒ったなら謝る…ごめん。」


「!……ま、まあいいですけど…次はないですよ。」


僕が頭を下げると春日谷が渋々と言った様子でいつもの戯けたような調子を取り戻してくれた。


そんなに宮前のことが嫌なのだろうか?僕の方からも声をかけた方がいいのだろうか?いやそれは出過ぎた真似か?


「先輩、宮前に話しかけようとか思ってません?」


「え、なんでわかったんだ?」


「宮前は先輩のことめちゃくちゃ怖がってますよ?名前を出すと青ざめるぐらいに。話しかけるのは可哀想です。」


「あ、いや…」


そういえばと、春日谷がいじめられていると知った時に宮前沙織に感情のまま怒声を浴びせかけたことを思い出す。


「別に僕は気にしてないんだけどな。」


春日谷が許している以上僕が口を出すことでもない。


「まあまあ、このまま二人きりでいいじゃないですか!」


「え、まあなんでもいいけど。」


「羽賀先輩の素晴らしさは私だけが知っていればいいんですよ。あ、あはは!」


「…?」


何か誤魔化しているかのように必死に笑顔を繕っている春日谷に僕は疑問を感じた。


一体どうしたのだと口を開こうとしたとき、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。


「えぇ!?ま、まだ私食べ終わってないのに!」


春日谷がまだ多く残った蕎麦を抱えて涙目で僕を見上げてくる。僕はため息をついた。


「仕方ないな。半分よこせよ。」


「え?」


「なんだよ?」


「いや…ど、どうぞ。」


「?」



この一ヶ月で変わったことがもう一つ。


春日谷舞が時折顔を赤くしながら謎の素振りを見せるようになったことだ。






「間に合ったな。」


春日谷の蕎麦を片すのを手伝ったあとの四限目の授業。僕は始業のチャイムギリギリに教室に入り自席についた。


「ん?」


なんだ?何か様子がおかしい。皆がチラチラと僕を見ている気がする。


「あの…」


「!」


聞き慣れない女の声が隣から聞こえた。見てみると一人の女生徒が恐る恐ると言った風にこちらを見ていた。


(僕に言ったのか…。)


隣に座るこの女生徒はクラス委員長だったはずだ。気弱そうな人であり、僕に話しかけてくるような人には見えないがその目は明確に僕を見ていた。


「羽賀くんはその…」


「………」


ああそうかと僕は思った。勇気を出して僕に話しかけてくれたこの人も、そんな委員長を見守るクラスの皆も。


皆、僕に手を差し伸べてくれているのだ。僕がどんな人間なのか興味を持ってくれているのだ。

この手を掴んだら僕は変われるのだろうか?


「落ち着いて。」


「え?」


「ちゃんと聞くから落ち着いてよ委員長。」


なるべく優しい声で彼女に告げた。

僕はうまく笑えているのだろうか?



僕と春日谷の環境は目まぐるしく変わっていくようだ。

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