カムトゥギャザー②
「やっぱり今日は一緒に訓練しなさい」
翌日、中央へ向かう馬車の中でマドーシさんがぼくにそう切り出した。唐突だったのと、その声音には何か優しさのようなものを感じたから驚いた。
「どしたんすか急に」
「昨日のあんた……痛々しくて見てらんなかったわよ。寂しいならそうと言いなさいよ。ガキね」
「マジで何言ってんすか?」
「昨日、わたしたちの訓練じいっと見てたでしょ。独り言言いながら。だから一緒にやればって言ったのに……」
「独り言……」
あ。アクマとの会話か。
「覚えてないの? あんた、マジで大丈夫?」
「覚えてますよ、覚えてます……」
『迂闊だったな。そも、喋らなくても意思疎通はできるだろう。何故貴様は時々口に出すのだ』
『ううん……なんとなく、口に出した方が話してる感じがして楽なんだよな……』
『その感覚はわからん……』
人がいる所では控えていたけれど、そういえば昨日は人前でアクマと喋ってたな。遠くに座ってたし、訓練に集中してるだろうと油断していた。
「あの独り言って癖? あんまり人前ではやらない方がいいわよ。怪人だって思われるわ」
「怪人って、それは言い過ぎでしょ」
「……? あんた、怪人知らない?」
知らないってことはないけれど。映画に出てくる怪物的な要素を持つ人間みたいな意味かと思ったけど、どうもぼくとマドーシさんの認識に齟齬があるようだ。
マドーシさんはまあ珍しいといえば珍しい言葉か、と前置きをしてから話す。
「簡単に言えば頭のおかしいはぐれ者よ。言ってることもやってることも理解不能で、いっつも一人なのに側に誰かがいるみたいに喋ってる。魔人とも呼ばれてるわ」
「ああ……」
なるほど、精神異常者という意味で使っているのか。この世界では心理学の研究はそれほど進んでいないのだろう、しかも精神障害なんて特に理解されにくい障害だ。そう呼ばれるのもさほど変じゃない。
精神異常者。ぼくもかつて自分がそうじゃないかと思ったことがあった。だけど結局は、名前が付こうが付くまいがぼくの心根が変わることはないと悟ったんだっけな。
「あとは悪魔憑きとか。聞いたことない?」
「……はい?」
聞き捨てならない言葉を聞いた。
「悪魔憑きって……悪魔に憑かれてるってことですか?」
「まあ噂話程度だけど……悪魔を信じる変人の妄言よ」
マドーシさんは悪魔の存在を信じていないんだろう。簡単に話を切り上げてしまった。だけどぼくにとっては一番興味がある話題だった。
「どうして怪人が悪魔憑きって呼ばれてるんですか?」
「ん? ええと……確か、怪人を研究したどこかの学者が怪人から聞いたって話。自分は悪魔と契約している、悪魔は自分のすぐ側にいるって。元々怪人は何言ってるかわからない奴だらけだけど、複数の怪人が同じようなことを言っていたって記録にあったのよ」
「悪魔と契約……」
ぼくと一緒だ。すぐ側にいるっていうのはちょっと違う感じがするけど、悪魔との契約って言葉は間違いない。
怪人とは、悪魔憑きのことなのか?
「他の記録は? 怪人についての他の記録、何かありませんでした?」
「やけに食いついてくるな……ううん、あんまり覚えてない。そんな真剣に勉強しなかったし、その学者も早死にしたし」
「死んだ?」
「そ。だから怪人は嫌われるのよ。どういう理屈かわからないけど、怪人の周囲では変なことばかり起こる。怪人が発見された街で子供がいきなりたくさん消えたり、家畜が一晩で変死したり。その学者も怪人と接するうちに頭がおかしくなって、最終的に奇声を発しながら箒を振り回し往来で踊り続けた挙句突然倒れて死んだんだって。わけわからないわよね」
「うわ……怖いです」
「でも、その怪人が何かしたって訳じゃないですよね。たまたまじゃないですか」
「遥か昔から怪人の周囲では似たようなことが起こり続けてるのよ。だから知識のある教会関係者は頻繁に独り言をする人を嫌うの」
迷信っぽいけどね、と付け加えてマドーシさんは話を閉じた。しかしぼくは突然降ってきた情報に戸惑っていた。
怪人と呼ばれる精神異常者。悪魔と契約した悪魔憑き。側に誰もいないのに独り言を言っている変人。それらの特徴はぼくに当てはまるものが多いと感じた。悪魔はその契約者以外には感知できない。だからあまり詳しく実情が知られてなかっただけで、恐らく怪人の中にはぼくと同じ悪魔との契約者が何人かいるのだろう。
なら。その怪人が嫌われている理由である、周囲で変な事件が起こるというのは何なんだろう。もしその理由が本当に怪人と関係があるというのなら、ぼくにもそれは当てはまるかもしれない。ぼくの周囲で起こった異変……? 特には思い当たらないような……
「…………」
この現状は?
ぼくがアクマと契約してからのことを思い出す。
勇者として修行を積んだぼくが突然祝福を拒否して逃げ出して、道に迷った末に森の中で遭難。数ヶ月の遭難生活の後、お化け熊と出会い絶体絶命の所をたまたま通りがかった人族二位の実力を持つ戦士に助けてもらい、道を同じくする。
その後たどり着いた北の村で出会った新しい勇者はちょうどぼくの庇護欲を刺激する少女で、マドーシさんの勘違いの末に旅路を共にすることになって。
いざ向かった南の街にはなんと魔族がいてマドーシさんの危機にぼくが偶然居合わせて命がけの喧嘩に勝利する。
そして流されやすい性格そのままにぼくは勇者様ご一行に仲間入りして中央の街に向かっている……
前世今世含めて、これまでのぼくの人生からは考えられないほどドラマチックだ。悪くいえば尋常では無い出来事が連続している。これが怪人の周囲に起こる異変なのか?
元勇者だから、悪魔との契約者だから、なんとなくそういった普遍的でないことが起こるものかなと思っていた。それは本当にそうかもしれない。けど、そうじゃ無いかもしれない。
『おい、聞いてんだろ。お前なんか知らねえのかよ』
アクマに問いかけるも、何も返ってこない。だけどその心からは愉快そうな気持ちが伝わってくる。ぼくの苦悩をくふふと笑っている。なんにせよ今答える気はなさそうだ。
悪魔と契約したことでぼく自身が変わったことは特に無いと思っていた。せいぜい魔法を使えなくなったことと皮肉屋の知人が脳内に住むことになったくらい。だけどもしかして、それ以外にも何かしら影響があるのか?
今の混沌としたぼくの現状は、お前に由来するものなのか?
やっぱりアクマは声を押し殺して笑うのみだった。
「どしたのあんた。怪人に興味があるの? やめときなさい、良いことにならないわ」
「お兄さん、今度の敵は怪人ですか?」
黙ってしまったぼくを二人が訝しげに窺う。ユーシャちゃんはぼくに対する認識に大きな誤解がありそうだ。
「別に研究とかしたいわけじゃないですよ。ちょっと面白いなって思っただけです」
「……そ。それじゃ今夜からあんたも訓練に加わりなさい」
「や、ぼく魔法はマジで苦手で……」
「じゃあ街に着くまではセンシに剣の扱いでも教えてもらう?」
「戦いなんかぼくにはできませんよ」
「ツメエリを滅多打ちにした奴が何言ってんのよ」
「あれはまあ……精一杯ですよ」
「……? お兄さんって歴戦の勇士なんですよね。戦いは得意なんじゃ?」
そう言えば。この子には前にそんなことを言ったような……いや別に言ってはないな。勘違いさせただけ……
「甘いね、ユーシャちゃん。本当に強い者は戦う必要すらない……戦う前に、敵が己との実力差を悟って立ち去るからだ」
「実力差を、悟って……!」息を呑む音がした。
「誰から構わず剣を振り回すことだけが本当の強さじゃないってことさ……」
「流石です……! 真の英雄って感じがして格好良いです!」
「……あんた、この子からかうのもほどほどにしなよ」
呆れ顔でため息をつくマドーシさん。なら今度はマドーシさんをからかおう。
和やかな車内の会話につられ、怪人についての話は流れてしまった。今度アクマが起きてる時に聞いてみよう。
***
その日も野宿だった。簡単な食事を済ませた後、ぼくたちは焚き火を囲んで訓練に興じる。
「お、手入れもできるのか。なんだ兄ちゃん、どこかで習ってたんだな」
「……少しだけですけどね」
握ったり振り回したりする気にならなかったのでセンシさんの仕事道具の手入れを手伝うことにした。寝るまでの退屈しのぎには丁度良いかもしれない。
こういった細々としたことも昔はしていた。偏執狂のようだった勇者時代のぼくはどんな小さなことでもそれが勇者としての戦闘に関わることなら他人に任せなかった。その時に得た技能だ。使うことはないと思っていたけど。
砥石と布で磨き終えた片手半剣をセンシさんに返して一息つく。ユーシャちゃんが額に汗しながら剣を振っている。その横にはマドーシさんがいる。
「……そうそう。全身に漲らせて。今より少しだけ強くなればいいから。センシの動きをイメージして、同じことをしてる自分を想像しなさい」
レクチャーを受けて黙って頷いている。それほど集中しているのだろう。恐らくあれは身体能力を強化する魔術だろう。ぼくは使ったことがないからわからないけど、一歩間違えれば肉が裂けて死ぬらしい。簡単に行使できるものじゃあないはずだ。ユーシャちゃんはもうその段階まで行っているのか。
「大丈夫なんすか? 身体強化って結構難しいんでしょ? つい最近訓練始めたばかりなのに」
「外野は黙ってなさい。このわたしが一か八かで勇者に魔術を教えるわけないでしょ」
一睨みされてしまった。ということはユーシャちゃんはライバルくんが行使するのに三ヶ月かかった魔術を昨日今日で覚えてしまったらしい。
『ライバル小僧も悪くないが勇者娘は別だな。秀才と天才というやつだ。しかも努力する天才ときたものだ。全く、生まれる時代を間違えたな』
『おい! 起きてんなら怪人のこと教えろよ』
『くふふ』
また黙ってしまった。しばらくぼくをおちょくりたいらしい。
ユーシャちゃんは身の丈に合わない剣を振り回す。その動きは素人丸出しって感じだけど、きちんと獲物を自分の物にしている感じはする。きっと魔術行使に成功したのだろう。
「よし。なら次はセンシに動きを教わりなさい。そのうちに魔術のコントロールの仕方もわかってくるでしょう」
「わかりました、ありがとうございます!」
礼を言って今度はすぐにセンシさんの元へ。本当に忙しい子だ。何をそんなに焦ってるんだろう。
『多くの人族にとって魔王や魔族の侵略というのは大きな危機感を感じるに足る出来事なのだ。貴様の故郷辺りはまだ平和だったがな』
『あの子も近所だろ?』
『小娘には小娘の事情がある……聞きたいか?』
『……そんなに』
どうせ家族の死とか離別とかだろうし、聞いても面白くなさそうだ。アクマもそう話したがってるって感じじゃないし、聞かなくていいだろう。
「あんたは何してんのよ。訓練するんじゃないの?」だらっとユーシャちゃんのチャンバラを眺めているとマドーシさんが近づいてきた。
「するなんて言ってないっすよ最初から」
「勿体無い。あんたが本気で学べば……」
マドーシさんは口をつぐんだ。多分、ユーシャちゃんには聞かせられない言い方でぼくを煽ろうとしてしまったのだろう。
「……あんたが羨ましいわ」
「どこがすか」
「そんな規格外な才能があるのに、ぜんっぜん使おうとも威張ろうともしないなんて。あんたの側にいると、調子狂うわ。今までの自分なんだったんだろうって」
少しだけ目を細めている。ぼくはなんというか……悲しくなったというのか呆れたというのかムカついたというのか、ないまぜの感情を覚えた。
ぼくにとって、センシさんやマドーシさんは少しだけの忌避と嫌悪の対象であると同時に憧れだ。努力して成功して今の自分に自信を持っている。それは何者にも代えがたい価値あることだと思う。前世のぼくがちょっとだけ憧れて、ついになし得なかったしなし得ようとも思わなくなった存在。それがこの二人だ。
そんな人に羨ましがられるのは侮辱されてる気分になる。今ではもう目指すことはできないけれど、正道は確かにぼくの憧れだったのだ。それを手に入れた人が自分の道を軽んじるような言い方をするのを聞くのはなんちゅうか……ちょっとムカつく。
「自分のことをもっと評価するべきですよ。今まで口に出して言わなかったけど、結構すごい人なんだなって思ってるんですよ、ぼく」
「なぐさめありがと……意外ね。あんた、弱音吐く奴は嫌いなんじゃなかった?」
「なぐさめじゃないですよ。マジですごいと思ってます。南の街までおんぶしてもらったとき、ずっと考えてた。これだけ長いこと身体強化魔術を使いながら平然とぼくと会話するなんて、他の魔法士じゃあり得ないなって。流石魔導師様です」
「へえ……結構マジっぽい顔もできるじゃん」
それに驚いたような顔でぼくを見るマドーシさん。ますますイラっとした。
「おい! ぼくの言うこと聞けや根暗女! いい加減もっと自分認めねえとぶっ飛ばすぞ! そんなに信じらんねえならぼくの心の中覗いてみろよ」
「はあ? あんた何言ってんの?」
「覗いてぼくが何考えてるか見てみろよ。全部わかるだろそれで」
「そんなことで簡単に人の心覗けるわけないじゃない」
「だったら黙ってぼくの言葉に頷けや! ムカつくんだよ、お前の態度!」
「は、はい……?」
いきなりキレたぼくに困惑してる様。ぼくはぼくで今更少し恥ずかしくなってきた。なんでこんなにキレてんだ……?
訓練中の二人を見やる。つつがなく続けている。良かった、口論に気づかれてない。誤魔化すために咳払い一つ。
「……まああのですね。結局動いてる奴が一番偉いんですよ。いくらでかい馬でも寝そべって動こうとしなきゃ何にもならんでしょう。つまりそう言うことですわ……」
「はあ……そうですね」
「ぼくはマドーシさんのこと、尊敬してます。何かに向かって努力してきた人は素敵だと思います。誰も褒めてくれないならぼくが言いますよ。マドーシさんは凄いって」
「……そうかな」
「そうですよ」
「でもそう遠くない未来、あの子に確実に負ける時がくるし……」
「ユーシャちゃんがどれだけ凄くても、比べてマドーシさんが凄くなくなるなんてことないですよ」
「でもユーシャより大したことないくせに偉そうにはできないよ……。今まで馬鹿にしてきた連中にも笑われる……勇者様のおまけのくせに偉そうにしてるって」
意外とそういうの気にするタイプなんだ。だったら最初から人に尊大な態度取るのやめろよ、と思ったけど言うのは我慢。
「さっきも言ったでしょ? 周りが凄かろうが凄くなかろうが、マドーシさんの凄さが変わるわけじゃないですって。今まで通り、マドーシさんは偉そうに踏ん反り返ってりゃいいんすよ」
「……ほんと?」
「ほんとですよ。文句ある奴はぶっ飛ばしちゃえばいいんすよ」
何度もマドーシさんに殺されそうになったぼくの言葉だ。それなりに信用に足るものだろう。
マドーシさんはしばらく黙って俯いている。ぼくの言葉を咀嚼しているのか、何どか頷く仕草が見える。やがて顔を上げる。笑顔だった。
「そうよねえ。確かに文句言う奴全員口聞かないくらい痛めつけたらいいんじゃん。あんた、たまには頭回るわね」
そこまでは言ってないんだけど……
「お褒めに預かり光栄です」
「ユーシャにも今のうちから誰のおかげで立派になるのか教え込んどけばでかい口きかれないで済むしね」
「……ユーシャちゃんはわかってますよ」
「今はね。人間がいつ変わるかは誰もわからないわ。あんた、意外と甘ちゃんね」
ほっぺたを人差し指でつつかれる。さっきまで隣にいたしなびた女はどこに行ったんだろう。
「あんたも誰のおかげで魔導師になるのか今からちゃんと覚えときなさいよ。最高の魔導師たるわたしのおかげであんたの才は輝くのよ」
気分良いわ、と二人の方に鷹揚に歩むマドーシさん。ううん、なんだろうこの気持ち………通り雨に降られたけど、意外と涼しくて良い気分になったって感じ。
『貴様、あんなのが良いのか。変わってる』
『あの高飛車な感じと落ち込んだ時のギャップがさあ……わかんないかなあ悪魔には』
『被虐趣味か。気持ち悪い』
心底嫌そうにしてアクマは黙ってしまった。なにか忘れてるような。あ、怪人のこと。
問いかけても返事は相変わらず無い。またしても逃げられた。お喋りなアクマには珍しく、今回は本気で喋るつもりは無さそうだ。
それと。まだ一つ、考えたいことがあったような。なにか引っかかっていて、簡単なようで答えを出すのに苦労しそうなことを……
「まいっか」
思い出すべきことならまた頭を過ぎる機会もあるだろう。そう考えて頬杖をついて練習風景をぼんやりと眺めることにした。
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