男も不安定

 目が覚めた時側に温もりを感じたけど、それはすぐに無くなってしまった。


「起きた? さっさと行くわよ」


 目をこすりながらゆっくり立ち上がる。空は白んでいた。夜明け前かな。硬くなった体をほぐしぼくたちは旅路を再開した。


「……昨日聞きそびれましたけど、南の街の調査ってどうなったんですか?」


 ふと思い出して聞いてみる。昨日はツメエリと喧嘩して逃げるように街を去ったけど、調査の件を聞いてない。

 ツメエリといえば。ぼくはマドーシさんを盗み見た。迂闊な質問だったかな……


 そんなぼくの含みある視線を受けてマドーシさんは不服そうに眉をひそめた。


「生意気に気を遣おうとしてんじゃない。別に変なことなかったわ。ただ手負いの所を襲われただけ」


「そすか……」


「調査は……まあ概ね成功ね」


 マドーシさんの言によると、南の街の司祭さんやその周りにいた魔法士は全員捕縛されてしまっているらしい。恐らく街に勇者が来た時に傀儡かいらいとして利用するつもりなのだろう。ぼくはライバルくんのことを思い出す。元気してるかな。

 

「あの街にいた魔族のほとんどは暗殺したわ。街道で見つけた奴らと同じで、情報は得られなかったからね」


「へえ。なら何で手負いだったんですか?」


「……一人、面倒なのがいた」苦々しげに呟いた。


「そいつにちょっと手こずって身を隠した所を、たまたま出くわしたツメエリに見つかったのよ。後はあんたの知るとおり」


「ふうん」


 面倒な。手こずる。

 まるで時間をかければ自らの優位は揺るがないと言わんばかりの言い方だけど、ぼくが見つけた時マドーシさんはぼくがステゴロで倒せるくらいの奴に組み伏せられていた。オドがほとんど無かったんだろう。歯が立たなかったと言う言い方の方が正鵠を射ていると考えた方が良いかもしれない。


「無差別に住民を襲ってる、って訳じゃないんですよね?」


「うん。勇者一本に狙いを定めてる。勿論、虐殺もできないことじゃないと思うけど」


 とにかく。マドーシさんは指を立てる。


「今は二人と合流して中央に向かうのが先決よ。勇者を失う訳にはいかない。あんたの故郷のことは、悪いんだけど……」


「別にいいですよ。そんな気にしてませんし」


「……それはそれでどうなの」ため息を吐かれた。


「わたしが言うことでもないけどさあ、親とそんなに喧嘩しない方が将来のためよ?」


「や、喧嘩とかしてないですよ。ただまあ……大事の前の小事ってやつですよ」


「……反抗期もほどほどにしなさいよ」


 たしなめるような口ぶりが気になった。こいつ、ぼくが魔王じゃないと認めたら今度は年上ぶりたがるようになってきた。正直気分は悪くないけど……一度見下した奴に上から目線で話されるとちょっとムカつくぜ。


『照れ隠しはここだけに留めておくことだな。あまりに無様でますます侮られるぞ。いや、そっちの方が好みか?』


「とにかくさっさと二人と合流しましょう。今日中に北の街に着かないと置いてかれるし」


「合流……ぼくは勇者様一行に本格的に加わるつもりはないですよ」


「あんた、どこか目的地とかあんの? ないんでしょ? だったらちょっと付き合いなさいよ」


 確かに目的はないけれど……マドーシさんはともかく、あの二人と一緒に長いこと居るのは少し苦痛に感じる。


「ユーシャはあんたのこと気に入ってるみたいだし、あの子の修行が始まるまで一緒にいてあげなさい。人に好かれるのなんて滅多にない経験でしょ」


「そいつが居るから一緒に居たくないんですよ」


 と、言えるはずもなくぼくは曖昧に笑った。


「できれば修行が終わるまで側に居て欲しいんだけど……」


「やですって。その内なあなあにしてぼくも修行させる気でしょ」


 マドーシさんは微かに笑った。その表情は少し寂しそうに何か言いたげだった。初めて見る顔だ。ぼくはその笑みの意味がわからず、ただ黙って歩を進めることにした。



***



 他愛のない世間話にもならないようなことを時々話しながらぼくたちは街道を歩き続けた。途中何度かマドーシさんにおんぶしてもらいながらの旅は、昼下がりに終わりを迎える。何だか久しぶりに感じる北の街、ユーシャちゃんの村だ。早速二人が居るであろう村長さんの家に向かった。


 集会所としての機能もあるらしいこの家の一階に、センシさんは居た。あまり元気ではなさそうだ。村の住人らしき年寄りとなにやら話している。


「よっ」


 こちらを見向きもしないセンシさんの肩を、マドーシさんは軽く叩いた。一瞬眉根をひそめたが、すぐに誰か気づいたようだ。


「マドーシ! お前……ふざけた登場の仕方しやがって!」


「うるさいのよあんた……こっちは疲れてんの。寝床空いてる?」


「おい待て!」


 分け入るマドーシさんをセンシさんは止めた。


「調査はどうなったんだよ。やけに遅かったじゃねえか」


「……起きたら、ね。ああそれと」


 親指をぼくに向ける。


「……そいつは、もう大丈夫だから」


 そう言って階段を登って行ってしまった。センシさんはため息を一つ、ぼくへと目を向ける。


「無事で良かったぜ兄ちゃん。悪かったよ、あいつを止められなくて」


「いいっすよ。事情はある程度マドーシさんから聞きましたし」


「おお……そうか」センシさんは少し驚いた様子だ。


「あいつがそれを口にしたってことは……魔王だのなんだのはやっぱりあいつの勘違いだったってことだよな?」


「もちろん。こんな穏やかな魔王なんていませんよ」


「だよな! 早とちりだよな!」力強く肩を叩かれる。


「ちょっと考えりゃわかるだろうによ……学者筋の人間は頭が凝り固まってていけないぜ」


「疑いが晴れて良かったです」ぼくは家の出口を一瞥する。


「短い間お世話になりました。それじゃ、ぼくは旅に——」


「おいおい、一日歩いたばかりだろう? 今日くらい休んでいったらどうだ」


「……いやあ、でも——」


「急ぎの旅でもないんだろう? 出てく前に飯食べていけよ。旅に出るんなら、ちゃんとしたものばかり食べられるわけでもねえし、ここで食べてけ」


「……はあ」


 結局ぼくは流されて奥まで通されてしまった。木の床を踏みしめながら、どうしてぼくはこうも流されやすいのかその理由を自問自答する。

 晩餐まで時間があるらしく、ぼくは客間に通された。時間まで寝るように言われたのだ。正直疲れは隠せないので有り難くいただくことにする。


 カーテンの閉じられた暗い部屋のベッドの一つに身を投げ出す。すると溜め込んだ疲労がどっと押し寄せてくる。もう動けないな……


「……いっつもこんなことしてる気がする」


 前世の頃から流されてばかりのぼくだ。自分のその性質たちは嫌いじゃないしむしろ好ましく感じているはずなんだけど……何か現状に納得できない何かがある。大切なものを忘れているような……


『当てのない旅になど出るからこうなる。貴様の主体性の無さが、現状を呼び込んでいるのだ』


「そうは言ってもねえ……」


『どうせ目標など無いのだろう? ならしばらく勇者御一行について行ってはどうだ。歩いて移動せずに済むぞ』


 アクマにしては珍しい、ぼくの行動の提案をしてきた。と、思ったのが伝わったのだろう。含み笑いを一つ、


『あの勇者娘の側に居る時の貴様の胸中は面白い。優しい青年の面をしているが、心の中は親においたがバレやしないかびくびく怯えるいたずら小僧のようだ。くだらん孤独者気取りの貴様の醜態は我輩には大層愉悦に感じる』


「楽しそうだな、お前……」


 ぼくも他人の心の中を知れたらこいつと同じぐらい楽しめるだろうな。そう思うと責める気にはならない。


『その中でも貴様は特別だ。俗物の心を住処とするのは慣れたものだが、今の所貴様が一番楽しい。もっと無様にのたうち回る貴様の姿をこれからも楽しみにしているぞ』


「お前が楽しそうで、良かったよ……」


 特別だ、って言われたのは何度目だろう。覚えてないけど、特別扱いをされた覚えもないな……

 ぼくとアクマは繋がっている。お互いの表層部分を共有しているから、あいつの言葉の中にある感情はぼくに少し漏れてくる。特別だ、と言う言葉に確かにある特別。それが間違いなく嬉しかった。



***



 いつの間にか眠っていたらしい。目を覚ましたぼくの視界に最初に入ってきたのはユーシャちゃんの顔だった。心臓が大きく跳ねた感覚を覚える。


「あ、おはようございます」


「おはようございます……」


 どうしてこの部屋にいるんだろう。答えはすぐにわかった。寝る前は暗くてよく見えなかったけど、ぼくの隣のベッドの毛布がめくれ上がっている。恐らくさっきまでそこでユーシャちゃんが寝ていたのだろう。


「帰って来てたんですね、無事で良かったです」


 帰って来た、と言う言い方が少し気になった。どうしてぼくの拠り所がこの村だと思われているのだろう。

 ……もしかして、この村じゃなくて勇者様一行の仲間だと思われているのだろうか?


「南の街はどうなってました? 魔族が入り込んでると聞きましたけど……」


「ああ……まあ、そう心配ないよ。マドーシさんが粗方退治したらしい」


「お兄さんもお手伝いしたんですよね?」


「え? なんで?」


「マドーシさんがお兄さんの力が必要だって……」


 そう言えばそんな話だったような気もする。ぼくはツメエリとの喧嘩を思い出す。まああれは手伝いにカウントしてもいいよな。


「まあね……マドーシさんのピンチにちょっとだけ、ね」


「おお、流石です!」


「大したことじゃないよ」


「またまたあ。マドーシさんから聞きましたよ、助けられたって」


 ユーシャちゃんはにやにやしながらぼくの肩をはたく。


「いばらない所が格好良いですよね、お兄さんは」


「……ありがとう」


「あ、そうだ。もう食事の時間だってセンシさんが呼んでたんだ。行きましょう」


「……うん」


 ユーシャちゃんはぼくの手を取った。心底嫌だったけどそんな態度はおくびにも出さないよう気をつけた。


『つくづく愚かだな。になることぐらいわかっていたのだろう? ならそこな娘をからかわなければ良かったものを』


『……騙されやすい奴を見るとからかいたくて仕方なくなるんだ』


『悪癖極まれりだな。それで自分を傷つけているのだから手に負えん』


 アクマの言う通りだ。ぼくはこの子に尊敬の視線を向けられるたび目を背けたくなる。

 ぼくは勇者の修行が一体どのようなものなのか、知っている。あれは人間がすることじゃない。ぼくに言わせれば修行じゃない。ひたすらに戦争に特化した体と心を作るためのいわば“手入れ”だ。ぼく以外では右に出る者のいないほど優秀な身体能力とオドを持っていたライバルくんでさえ、途中で諦めざるを得ないほど過酷な修練。それをぼくは、この小さな手に投げ出して放蕩している。


『なら出会った時にからかわなければ良かったのだ』


『ここまで信じられて、かつ英雄視されるとは思ってなかったよ……』


 ぼくは一昨日の夜のちょっとした出来心を後悔した。


『度重なる軽率な行動のツケがいよいよ積み重なってきたな。行動の矛盾も。いつか精算を迫られる時がくるぞ』


『…………』


 矛盾してることなんてとっくに理解してる。ユーシャちゃんをからかうの好きだけどそれで自分を尊敬視されるのは嫌い。勇者の責任を投げ出して破滅の未来を決定付けた癖に、自分の手で人を殺めることはできない。子供に優しくしてしまう。心から側に居たくないのに、ユーシャちゃんを拒むことができない。

 漫画や小説の中のキャラクターじゃあるまいし、思考と言動の不一致とかは誰だってあるものだ。けど、それだけで簡単に片付けられるほどぼくとユーシャちゃんの因縁は軽くない。


 決断を迫られる時がくることをぼくはなんとなく感じていた。それがどういった形で行われるのかわからないけれど。


 


 


 


 


 


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