バックシートにのっかって①

 馬車はごとごととぼくたちに振動を与えながら森の中の道を走る。自動車だってこんなロクに整備されていない土の道を走れば揺れるだろうし、馬車なら況んやだ。ぼくはユーシャちゃんの若さあふれるエネルギーについていけず寝たふりをしようとしたが、馬車が許してくれなかった。引っ張られるのは嫌だったのでこれくらいならいいかと『いっせーので』を教えると、いたく気に入ってしまった。現在三人で終わらない周回に陥っている。


 そんな何十週目のことだ。


「——ん。ちょっとタイム」


 劣勢のマドーシさんがタイムを取った。劣勢故の長考にでも入るのかなと思ったけど違うらしい。御者席に通じる小窓を開け、


「センシ、すぐに止めなさい。三キロ先の森の中に誰か居るわ。数は五人」


 そう言って止まった馬車から出てしまった。ユーシャちゃんと顔を見合わせ、後からぼくたちも出てみる。


「どういう奴らなんだ?」


「まだわからないけど、少し調べてくるからあんたはここで待ってなさい。無いと思うけど、三十分経っても連絡が無ければ勇者を連れて逃げなさい。そこの間抜けは囮にでもしなさい」


「前者も後者もありえねえだろ……護衛はお前の方が向いてると思うんだけどな」


「わたしには全てが向いてるわ。殺すしか能が無いあんたは勇者に近づく全ての害意を殺してればいい。まずはそこの間抜けからね」


「よく一日足らずでそこまで仲が悪くなれるもんだぜ」


 マドーシさんは森の中へ入り、すぐに姿を消した。それは景色に溶け込むように自然で、何かしらの魔法なりを使ったのだと思う。詳しくないからわからないけど。


「全く……馬車の中でもああだったのか? 勇者様のお気を悪くするだろうに。言っとかなきゃな」


「や、さっきまで三人で仲良く遊んでましたよ? 多分素直になれないだけで結構ぼくのこと気に入ってますよ、あいつ」


「……お前はお前で、恐ろしいことを簡単に言ってくれるぜ」


 センシさんはため息をついて肩を落とす。その右手は愛用の片手半剣に添えられていた。


「なんか物騒なことでも起きてるんですか?」


「わからん……が、あいつが気になるってことは森に来たキノコ狩りの集団って訳じゃないんだろう」


「盗賊のアジトとかですかね」


「それくらいなら気にも留めない気がするが……」


「心配ですね……」


 眉を寄せて縮こまるユーシャちゃんと一緒にぼくは道端の切り株に座り込んでマドーシさんの帰りを待つ。草むらからは何かの虫の声、遠くから聞いたことのない鳴き声を放つ鳥。こんな人気のない街道沿いの森に、一体誰が居るんだろう……

 ん? あれ?

 明るいから気づかなかったけど、よくよく見るとここって……


 ぼくはセンシさんの方に寄り、


「……センシさん。関係ないかもしれないですけど、気になることがあるんです」


「なんだ、言ってみ」


「前この街道を通った時……どうだろ、一ヶ月か二ヶ月くらい前ですかね。この近くの草むらで死体を見つけたんです。殺されてました」


「死体……一体どんな?」


「商人ぽかったです。首を、頚動脈を切られてました。傷はそれだけ」


 ぼくの言葉を聞いたセンシさんは眉をひそめ口元に手を当てた。しばらく考え事をした後難しい顔のまま、


「ありがとう。マドーシにも伝えるよ」


 そう言って深い思索に陥ってしまった。


 しばらく後、街道の先から人影が見えた。数人の人影だ。センシさんが身構える。


 目視できる範囲に現れたそれを見たぼくの最初の感想は“乱痴気騒ぎ”だ。五人のボロのチェニックを着た男が前二人真ん中一人後ろ二人で隊列を組み、真ん中の腕と足を前後が支えることで真ん中の背を椅子にしている。その上に座るのは当然マドーシさんだ。確実に言えることはあそこに居る全員がいかれているということ。ぼくは急いでユーシャちゃんを背中に隠し教育に悪い光景から守った。


「おい馬鹿女。今すぐそのミニ組体操をやめさせろ」


「あら、どうして?」悪びれもせずにぼくを見下ろしてきた。


「ユーシャちゃんの教育に悪いからだよ! 人を足蹴にしてはいけないし、倒錯的な性的嗜好を目の当たりにするには若すぎんだよ! 他所で発散しろよ、この変態!」


「ちょ、誰が変態だ! それと馬鹿女も!」


「ぼくが言ったことの何が間違ってんだよ。久しぶりに誰からも認められることを言ってるぞぼくは。ですよねセンシさん」


 センシさんは普段見たことのない引きつった冷ややかな顔でマドーシさんを見ていた。


「マドーシ……いいから早く降りろ」


 言葉数少ないのが逆に万感の思いを感じさせたのか、マドーシさんは気まずそうに降りてきた。


「本当に何をやってるんだお前は……」センシさんの心からの質問にマドーシさんは鼻を鳴らした。


「そう言ってられるのも今のうちよ。聞いて驚きなさい。そこの五人、全員魔族よ」


 そう言って未だ隊列を崩さない男たちを指差した。この人たちはこの人たちで何してんだ?

 っていうか魔族?


「魔族って……ただの人じゃないですか」


「見た目はね。中身は『魔神』を信奉する狂信者よ。あんた、魔族見たことないの?」


「はい……」


 改めて魔族と呼ばれた男たちを見る。髪、肌、目、造形、体……

 全てがぼくにとって人間であって、人間でしかない。これが魔族? これが人族と争い続けている魔王の配下? これが……?


「ふうん……ま、今は全員操り人形だから身構えなくてもいいわよ」


「精神に干渉したんですか?」


「そ。生意気にもわたしに魔法遊びを仕掛けてきたから、カウンターで意識を奪ってやったわ」


 得意気に語るマドーシさん。それを黙って受け止めている魔族の男たち。その顔と態度に感情はない。こいつらに今、マドーシさんの声は届いているのだろうか。あまりに普通に立っているので、それはわからなかった。


「どうするんですか、その人ら」


「今から心を犯し尽くして、情報を引き出す。それから殺すわ」


 眉一つ動かさずそう言った。


「センシからの報告でこの地域に魔族が入り込んでるのはわかってたけど、これだけの数とは予想外だったわ。こいつらの実力から鑑みるに、更に実力者が上にいると考えていい。こいつらは多分北の街から来る旅人や商人を監視してるだけの下っ端ね。正直、後手後手だわ……なんでこんな簡単に人族の領土に入られたのか……」


「? こんなに人族と見た目似てるんだし普通に入ってこれるんじゃないですか?」


「あんた何も知らないのね……そうされないような仕掛けを頭が良い人は考えて実行してるのよ、これでいい?」


 呆れ顔で諭された。初めてこの女に負けた気がした。


「それなんだが、さっき兄ちゃんから興味深い話を聞いた。この街道で商人の死体を見たんだとよ。それも頚動脈を切られたな」


「……ほんと嫌になるわ」


 悪態をつきながらマドーシさんは魔族の男たちに近づき、その一人の頭を掴み地面に引き倒した。


「……! あ……がああ……!」


「うるさいな……閉じてなさい」


 突如苦悶の声をあげた男はマドーシさんの一声でまた黙ってしまう。しかし体はびくびくと痙攣を続けている。とても陰鬱な気分になる光景だ。ぼくはユーシャちゃんの正面に立ち、その光景をぼくの体で隠すとともに耳を塞いだ。男の震える音すらも、少女に聞かすには冒涜的に思えたからだ。ユーシャちゃんは不安気にぼくを見上げ、外套の袖をつまむ。


 やがて気分の悪くなる尋問の音が止んだ。ぼくは耳から手を離し、振り返る。

 マドーシさんは明らかに焦った表情で倒れ伏した男を見ている。


「そんな……こんなことって」


「おい、どうしたんだ」


 センシさんの声かけも上の空でずっと独り言でぶつぶつと呟いている。精神干渉をしたのはマドーシさんなのに、まるでマドーシさんが心を犯されたかのような有様だ。ややあって、マドーシさんはセンシさんに顔を向けた。


「わたしの魔法が通用しなかった……思いつく限りの魔術も試したけど、ダメだった」


「は? ありえねえだろそんなこと」


「わたしが一番そう思ってるわよ! あり得ない、そんなこと! このわたしが、今まで誰にも魔法で負けたことはないし、わからないことはなかったのに……こいつの頭の中の深層部分には入り込めない……くそが!」


 青筋を立て顔をくしゃくしゃにし倒れた男を力任せに蹴る。ぼくにからかわれた時以上、こんなに感情的なマドーシさんは初めて見た。ぼくは続く不健全映像にうんざりし、ユーシャちゃんの耳を塞ぎしばらく目を閉じるように言った。


 ややあって、疲れた様子のマドーシさんが地面にへたり込んだ。切らした息を整え、憎々し気に呟いた。


「……この近くにわたしより腕の良い魔法士がいるわ。魔族のね」


 


 


 


 


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