精悍


東京タワーを軸に、ふらふらと散歩すると緩やかな坂がひどく呼吸を荒くする。


大した運動もしていないと、この程度の坂であっても疲れが出るらしい。

革靴で踵も擦れる。なんと脆弱であろうか。







深夜二時頃、真夜中の散歩の途中で、俳優と女優の浮気現場に遭遇したこともあった。


ここでもしも写真を二、三枚手にして売り込めば確実に大金を手にできただろうか。


おそらくそれほど大きなゴシップだった。


だが、彼らは非常に自然であった。

普通であることがなんなのか、分からなくなってしまうほどに、

違和感というものを放棄していた。違和感のないものは恐ろしい。




この街では不自然が違和感にイコーリングされない。






東京タワーを組み敷くコンクリートは精悍で、非常にシックである。


モード的要素を持ちつつ、なにかを俯瞰している。




輝かしきものの周りはとても精悍である。




美しさは研ぎ澄まされる。美的センスに果てはない。


所詮は角度次第だからである。




途中で醒めてしまう明け方の夢、

またはグラスの中に注ぎ込んだ水に落とし込まれた瞬間。


居心地の悪さと引き換えに得られる恍惚を、

喉の奥に流し込むシャンパンとともに溶かした。


中途半端に溶けた飴は砕き方を知らず、破片をどこかで突き刺したまま痛んだ。






ある日、夢を見た。


青くて、光が回って、消える夢。




君にもそう説明した。バカじゃないの、とでも言いたげだった。


だけど、こちらの瞳の奥をじっと見透かすような鋭さもあった。


そんな瞳が雨粒とともに零れるように思えた。


焦燥感は拭えず、この夢に本当は続きがあるとは言えなかった。






君と僕の間には熱がない。



だが、君の瞳には温度があった。


それは凍るようにつめたいが、それには蕩けるような熱がある。

梅雨時期の雨のように。たぶん、その涙にも温度がある。




そんな視線がかなしくなるから、あの日フープピアスを外した。

ピアスの揺れる感覚が無くなるのは、ひどく寂寞である。


それに追い討ちをかけるように、最後の最後も、

秒針を逆に回すようにしてこちら瞳を射抜いた。そうやって琴線に触れた。





君と僕の間には凛とした狂おしさがある。








涙が枕を濡らす温度が夏の湿度に似ていると唱える女が居たが、

それが誰だったかは記憶の中で確定的なデータにならないし、

もしかすると自分の中に眠るデータにはヒットしないかもしれない。



どちらにしろ、その馬鹿げた意味を理解することは出来なかった。





でも、今ならわかる気がする。


夏という根源に浮かぶ焦燥も、揺らめく蜃気楼も、あの梅雨の雨には及ばない。


穿つのは雫と、透明な傘に埋まっていく水滴と邪念だけ。


この夜景の奥で空いた小さな穴に貫く金属の酷薄さの向こうに朝が見えた。


そんな朝を振り払うようにしてピアスを通した。





夜、地下鉄から外を眺めていると急にシャットダウンされる視界に孤独を感じる。

というのも、心地の悪い孤独ではなく、さみしさを感じない孤独。

そんな瞬間を君は持っていた。



影が現れては消え、像を見せてはまた消える。


おそらくあの日、無駄が君を連れてきた。








プラトニックには色がある。


透度は測れない。


だから僕は2乗する。


そうすれば、天の川は、消えるだろうか。




一瞬という寂寞は、記憶の中で生成されていく。だから長い。


ずっとずっと続く線路よりも長い。厄介にも長く、ふいに想起させる。


もはや永遠なのかもしれない。音、匂い、温度。


もしくは晴、雨、雪。または春、秋、冬。






洒涙雨に溶けたベガとアルタイルを


アイスピックでつないだら


日付変更線が世界のどこかで疼いた。













─── " 夏が、堕ちてゆく。"




fin.

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