第53話 領主として父として

 医療チームががっつり治療に勤しみ、回復系の魔法を施しているが一向に目を覚まさない次男エクリプスと三男ネアルコの姿だった。。


 しかしその身体は綺麗なものであり端から見るとただ寝ているだけのように映る。


 医療チームが何人も倒れている事から、それは過酷な医療戦線だった事が窺える。


 汗だくの回復術士、医師、それをサポートする看護師も衣服や化粧がどろどろになる事を厭わずに賢明に回復に努めている。


 「少し、良いか。」


 声を掛けてきたのは父レオナルド。その表情はとても険しかった。


 案内されてレティシアは別室でレオナルドから説明が入る。

 他の家族達は一度聞いているのか既に表情は暗かった。

 執事やメイド達も同様に沈んでいるようにレティシアの目には映っていた。


 紅茶を入れる手が小刻みにカクカクと少し震えている。



 「お父様……」

 おちゃらけていない時は流石のレティシアも普通の貴族令嬢のように振舞う。

 ぱぱんとは呼ばない。


 「西方無敵が現れた。魔物側の戦力として。」


 その言葉でレティシアは目を見開いた。


 少し前まで現在の壁よりも外側、森を切り開き外殻を広げるための工事を依頼していた。

 現状の工事は終了したため西方無敵はどこへと旅に出ていた。


 それが魔物との戦線に現れた。

 それも人に仇なす側に与する者として。


 「エクリプスもネアルコも今でこそただ寝ているように見えるが……」


 そこで一旦レオナルドは息を飲んだ。その先を口にするのを躊躇っているようにも見受けられる。


 「二人共四肢は千切れ、内臓は飛び出し、息があるのが不思議なくらいな状態だったという。」

 

 「ただ、レティシアの作ったポーションのおかげで身体は元通りになったらしい。」


 「前線で治療に当たった者は奇跡だと言っていたそうだ。実際話を聞いた我々もそう思う。」


 「二人の命はお前に救われた。そこには感謝しかない。しかし西方め……」


 ビアン王国には東西南北の守護神として地方を治め、方角を冠とする流派がある。

 フラベルにもナンポウムソウという流派がある。現代の師範は領主

 それぞれ人外染みた強さを持ち、それぞれの地域の楔となっている。

 魔物であったり他国であったり。


 西方はほぼ他重鎮に任せっきりである。


 レティシアは歯を食いしばる。

 


 「私自ら行かなければならない。同じ四方の長として。そして真実を知らねばならん。」


 「私もお供します。」

 長兄ライティースが立ち上がり拳を握り締める。


 「ならんっ。お前は万が一の時には私の跡を継がなければならない。それが貴族というものだ。」



 「西方が本当に人類の敵に回ったのならば……もう南しか長はいない事になる。」


 その言葉には一同が驚きの表情で固まっている。

 傾けたカップからは紅茶が小さな滝となり、テーブルに湖を形成していた。


 「五日前に東方、八日前に北方がそれぞれ落ちている。同じ勢力かはわからん。そちらの情報は他に入っていないからな。」

 「正確にはそれぞれの長が何者かに敗れた……という情報だけだけどな。生死は不明だ。」

 

 北方不敵と東方不敗はそれぞれ60中頃の年輩である。

 それぞれの流派を極めているため、一般の同年代とは比べるべくもなく、人外的な見た目能力ではあるが。


 北方は八日前を、東方は五日前を境にその姿を見た者はいない。

 その情報はごく一部の権力者が国から持たされている伝達方法にてもたされた情報のため、各当主くらいにしか伝わっていない。

 不用意に他国に知れ渡ると侵略の機会を与えるに過ぎないためだ。


 西方に隣接する獣人の国はともかく、北方の隣接する帝国や東方に隣接する神聖国あたりは隙があれば狙ってくる可能性は否定出来ない。

 帝国は統一のため、神聖国は宗教統一とビアン王国にも隣接している東の森と通称で呼んでる、人魔の森(人族と魔族の境になっている事から命名)の影響で貧困からの脱却のために。

 それぞれの思惑で少しでも国土や物資、人材を狙っている。

 広大な人魔の森がなければ、人同士の争いは絶えなかったかもしれない。


 本来であれば、勇者が魔族を含め魔物を一掃し森を開拓する事で国を豊かにし、他国への牽制をするつもりだった。

 少なくともこれまでの王はそのようにしようと、画策してきた。

 それを、魔族や魔物から押さえるための南方の辺境伯。

 代々の人並み外れた戦闘力を持つフラベル一族は国の楔であると同時に人類の楔とも足り得ていた。


 それが、今回主ではないとはいえ崩されかけていた。

 同じ四方の一角も加わる事で。



 「西方の考える事はわからん。人類最強の奴が何を以って魔物の見方をするのか。」


 「恐らくは……魔物というよりは、魔族が背後にいるものと想定している。それもただの魔族ではないだろう。」


 

 「私は四天王……最悪は魔王が絡んでいる可能性も視野にいれている。」

 ビアン王国四天王を指すなら四方の4人が当てはまる。

 生きとし生けるものは三人衆とか四天王とか七魔侯とかつけるのが好きである。

 魔族もそれに外れる事なく、重鎮たる役職は存在していた。

 それを何故人類が知っているかと言えば、そういった上位魔族との戦闘記録があるからだ。


 過去のモノとはいえ、そういった情報がある以上は現在も何かしらの形で代替わり等はあるにせよ、残っているに違いないだろう。



 「お兄さまが行けないのでしたら私が……」

 レティシアが名乗りを挙げるとレオナルドはそれを制し語り掛ける。


 「シアもならん。西方との戦いがあるとすれば、それは本気の殺し合いになる。恐らくは周辺は草の一本も残らないかもしれん。」


 家族が傷付いて黙っていられる者はこの場にはいない。

 誰もが仇を討ちたいと思っている。それは使用人に至るまで……


 レティシアを除くとフラベル最強はレオナルドなのは揺るぎない事実。

 ならばその最強で立ち向かわなければならない。


 「これ以上の家族が傷付くのは家長として耐えがたい。それに家長だからこそ、子供の仇を討たなければならんのだ。これは一種のケジメでもある。」


 それを言われてはレティシア含め一同は引かざるを得なくなる。

 残された者に出来る事は、無事を祈り待つ事だけだった。




 「ならば、お父様。これを持って行ってください。一度だけ死を肩代わりしてくれる指輪です。決して婚約指輪とか結婚指輪とかじゃないので勘違いして取り乱さないでください。」

 レティシアは空間収納から一つの指輪を取り出した。

 髑髏の形が彫ってあるその指輪は見た目からすると呪われるんじゃないの?と間違えてしまいかねない。


 「シアからの贈り物があればパパン百人力だよ。それと、流石に変に勘違いしたりはしゃいだりはしない。」

 流石に色々なモノを弁えてはいた。おふざけは流石のレオナルドでもしなかった。呼び方が愛称になったくらいだった。


 「あと、このシャツとコートを持って行ってください。防御力や状態異常に関して効果上がります。」

 ただの肌着にアダマンタイトの鎧よりも強固な付与がされてるとは想像も出来ない。

 支援魔法の最上級並の状態異常耐性が付与されてるとは思うまい。

 ついでに自動再生も付与されていたりもする。

 簡単な切り傷なら1秒も掛からず再生してしまうキチガイ付与である。


 「そういうわけで私は明日出発する。出来れば息子達が目覚めてから向かいたかったがそうも言ってはおれん。」


 西方無敵はエクリプス達を倒した後は森の奥へと消えていったという。

 いつまた前線に姿を現すかわからない。または二度と現さないかもしれない。

 痕跡の残る今追わなければ、領地を守る事も仇を取る事も出来ない。


 幸いマルデヴィエントの地は落ちていないし、弟であるライオットも健在である。


 

 その日は念話魔法でユーリに連絡し実家に泊まる旨を説明する。

 翌日父を見送った後帰宅すると伝えた。


 久しぶりの実家の自室は懐かしいものを感じてしまう。

 あの後はほどなくして一同は解散した。


 

 その後室内訓練場に行くと誰もおらず、レティシアは座禅を組んで瞑想する。

 レティシアは袴姿となっており、その姿は凛々しく工房でのおちゃらけたり女子達と戯れている時からは想像出来ない。


 いつにもなく、真面目な顔で目を閉じている様は武の女神といっても差し支えはない。

 大陸の別の国で信仰されている「シャカ」と見間違われてしまう程だった。


 1時間の瞑想の末、汗を流すために久しぶりの実家の風呂へと入る。

 使用人には手伝わせず、一人で入ったのが仇となる。


 「お兄様……」

 風呂上り、ショーツのみを穿いたレティシアはタオルを首から掛けて湯浴み処で休んでいると、これから入浴しようとやってきたライティースと鉢合わせする。


 「あ、あ、あ……」

 動揺しているのは何故か兄、ライティースの方だった。

 タオルで隠れてはいるものの、恥ずかしいのは見られているレティシアの方だというのに。


 「お兄さまぁ?ちょっといらっしゃい。」

 後からやってきたイリスの声が鬼のように恐ろしく、その背後には般若の顔が浮かんで……見えていた。 


 「シアもそんな恰好でそんなところにいないの。早く着替えなさい。」

 隙あらばスキンシップで触れてくるイリスではあったが、こういう時は流石に姉として適切に振舞おうとしていた。



 「あ、ハイ。」

 棒アイスを咥え、団扇で扇いでいたレティシアにも般若の姿は捉えていた。

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る