第4話 家族会議の前に

 「許嫁ってなに?」

 3歳の男の子が20代くらいの青年に尋ねる。


 「許嫁っていうのは婚約みたいなものだよ。」

 青年は答えるけれど男の子には難しいのか首を傾げて再度尋ねる。


 「婚約ってなーにー?」


 「婚約というのは結婚の約束という事だよ。二人は大きくなったら結婚して、パパとママになるんだよ。」


 「そうなんだ。ボクとシアは将来パパとママになるんだね。やったー、これでずっと一緒にいられるんだね。」

 男の子は女の子の両手を取ってジャンプして喜んだ。

 女の子も微笑みながらそれに合わせてジャンプしていた。


 

 それ以来、二人は同い年の友達から許嫁という関係になり、歳を重ねる毎に性別に合わせた教育が始まる。


 気が付けば、男の子は女の子を守るために強くなろうと必死に修行し、女の子は……


 「セイッ!」

 自分の身は自分で守れるようにと勉学や花嫁修業と呼ばれるもの以外に護身術を習っていた。


 「その歳で兄と互角ってなんだよー。これでもシアとは5つも離れてるのに、兄ちゃんカタナシだよ。」

 レティシアの兄、ライティースは5歳になる妹・レティシアと真剣勝負をして互角であった。

 実家に伝わる武術、流派ナンポウ・ムソウ。

 武器を失い、拳一つでも魔物を倒せるようにと何代か前の祖先が編み出したという。


 その祖先は、当時の魔王を勇者そっちのけで拳一つでKOしたと言い伝えが残っている。


 その後負けた魔王は、何度も何度も拝み倒してどうにかその祖先と結ばれたとかなんとか……

 嘘か本当かわからないけれど、そのような言い伝えがフラベルの歴史にはあった。



 「そんな事は……お兄さまは手加減なさってくださいますもの。」

 とても5歳の女の子の返しではない。達観しているようにも感じるその言動。


 「いやいや。本気だよ。俺、この歳で周囲からは一目置かれているんだけど、自身なくなっちゃうよ。」

 この時のライティースは10歳にして神童と呼ばれるほどの実力者であった。

 同い年になら負ける事はない程に。

 20歳を超えた大人であっても引けを取らない程に。

 

 その神童と5歳の女の子が互角。神超えとでもいうのか。

 神という言葉がインフレを起こしてしまいそうではある。


 学園に通い始めてからも、兄達を練習相手に流派ナンポウ・ムソウを習熟していく。


 兄が10歳でオークを単独で倒せるのに対し、シアは6歳でもうオークを倒せていた。

 兄が15歳でミノタウロスを単独で倒せるようになったのに対し、シアは8歳で倒せていた。


 神童超えと呼ぶべきか、化け物と呼ぶべきか。

 しかしそれらの事実を当時ユータ達は知らない。

 護身術を習ってる程度の認識でしかなかった。


 兄姉を除けばレティシアの化け物染みた強さはごく少数しか知らないのだ。


 

 だからこそ、天啓を得て一緒に冒険者になってからのユータのレティシアを見る目が変わるのも無理はない。

 

 しかし、そうは言ってもその前からユータとアリシアはデキていた。

 初めこそシアに悪いなと思いながらも始めていた浮気も、気付けばそちらが本命となっていく。

 そんな時に王達の命で冒険者となってレベルアップを図ろうとしても、勇者である自分より簡単に魔物を倒されては面白くない。

 シアから気が遠くなっていったとしても、プライド高い勇者であれば仕方のない事なのかもしれない。


 余談ではあるが、初めての行為の時押し倒したのはアリシアである。

 当人同士しか知らない事であるし、どうでも良いかもしれないけれど。


 元々魔法使いの素質のあったアリシア。天啓も魔法に関する何かであると予測し研鑽に努めていた。

 後に大魔法使いの天啓を得るとは言っても、ユータと関係を持ったのは学園に通っているいち生徒だった頃。


 「魔法使いの捌きを味わって。」

 と、怪しい指の動きを見せながらアリシアが言ったとか。

 杖とは比喩でもあり、ユータの股間の杖の事を指しているのだけれど、それもどうでも良い話であった。


 



 「お前このパーティを辞めてくれないか?」

 「実は俺、学園に通ってる時からアリシアと付き合ってるんだよね。」

 「3年前にはとっくに童貞卒業してたんだわ。」

 唐突にユータの言葉が頭の中で木霊すると、レティシアはうなされ始めた。

 ヒールで治そうという意識は欠如しており、その言葉達だけがレティシアの脳にダメージを与える。



 「うぅッ。うぅっうあぁ。そ、そんなに……そんなに偽乳ぎにゅうが良いのかあぁぁあああああぁ」

 王国と言わず世界中にはたまに存在しているらしい。

 小さい胸でも大きい胸でもない、何かで盛った偽物の乳が好きな人が。


 実を言うと、アリシアは偽乳特戦隊という組織の一員という噂もあるが真偽は定かではない。

 後に忍者としてパーティの斥候を担う事になるユーグが、本気で探った事があるのだが、ついに確認する事は出来なかったという。

 

 学園に通っていた頃、裏路地にある怪しい店で不定期に売っていたらしい……「パット」という装備品が。

 アリシアはFカップちゃんと一部男子に呼ばれている事もあるのだが、その実際は誰もわからない。

 誰も本当の中身を見たことがなかったからだ。

 

 「良いのかあぁぁあああああぁ……」

 絶叫と共に顔を上げるレティシア。

 「ど、どうしました?ぐっすり眠っておられたようでしたが何かにうなされましたか?」


 レティシアの壮大な寝言に、それを心配そうに語り掛けるユーリ。

 先程まで風呂上りに、ユーリはうつ伏せに寝るレティシアの身体を跨りマッサージをしていた。

 最初こそ嬌声に似た声をあげていたのだが、気持ち良かったのかリラックス出来てきたのか、いつの間にか眠っていたようだ。


 そして過去を回想するかのようにユータとの出会いや修行の日々、先日の別離の言葉が夢の中で鮮明に再現されたために、流れ思わず叫んだ。


 


 「マッサージ気持ち良かったですか?」

 最初は凝りを解すために痛かったりくすぐったかったりするが、40分も続けていればいつのまにか眠ってしまう。

 それが風呂上がりのマッサージというものである。

 ちなみにレティシアは薄布一枚羽織っただけの状態である。


 

 「あ、うん。寝ちゃうくらいには。」


 「良かった。ダンジョンではシア一人戦ってましたしね。ボス部屋以外は魔物避けの魔法で精神使ってましたし。」

 修行のために潜ったダンジョンで敵を最大限スルーするというのも、冒涜と言わざるを得ない。

 しかしなるべく戦いたくな~い、でも魔法ばぶっぱなした~いというアリシアの我儘をユータが強要してきたので行った処置だ。

 

 だからフラストレーションが溜まってボスを一発殴りたくなるレティシアの気持ちもユーリは理解していた。

 その一発で果てるボス達が悪いと。


 「私はシアのささやかな胸、綺麗で可愛くてですよ。」


 ユーリはとんでもない爆弾を落としていきました。

 

 



 

☆ ☆ ☆


 テーブルの周りにはフラベル家の者が集まっていた。

 現当主たるレティシアの父、レオナルド・ディ・フラベル・ウェルアージュが最奥に。


 その妻・正室でもあるマリアベル・フラベル・ウェルアージュが右側に、第二夫人であるリーリエ・フラベル・ウェルアージュが左に座っている。


 長兄・ライティース(23)、長女・イリス(22)三男・ネアルコ(16)はマリアベルとの子であり全員が母に似て金髪である。

 次男・エクリプス(20)、次女レティシア(18)、三女アイゼンフート(15)はリーリエの子であり母に似て全員が銀髪である。


 当主であるレオナルドはパゲ……てはおらず、見事なまでの金髪である。

 下の方は……恐らく同じ色である。


 


 「それでこれだけの人数が集まって何の報告だ?」

 当主であるレオナルドが発すると、その場に存在する全ての者が気を引き締める。

 使用人達も少し離れて同室に控えている。

 三男と三女は王都にいるため本日は出席していない。


 ライティースは跡を継ぐために父の補佐をしており、イリスは父の支援の元、小さな商会を営んでいる。


 貴族社会で20を超えて未婚どころか、婚約者すらいないのは行かず後家も良い所ではあるのだが、イリスは嫁ごうとはしない。

 父の持ってくる見合い話は全て断っている。

 他家ではこうはいかないのだろうが、単純にレオナルドが娘に甘いだけである。

 娘に嫌われるくらいなら、言う事は殆どなんでも聞いてしまうという性格であった。

 尤も、公事は別であるが……


 すっと右手を上げるレティシア。その横には友人であり客人のユーリの姿もある。

 ユーリの事は何度か報告を上げているし、レオナルドが同席を許している。

 「シアか。そういやお前は勇者達とダンジョンに行っていたのではないのか?それもフラベル領から大分離れたフォルセティ公爵領ではなかったか?」

 

 フォルセティ領は単純計算で馬車を一日10時間定常速度で移動して2週間はかかる。

 途中の街へ寄ったり補充したり、休憩したり盗賊や魔物が出現すればもっとかかる。


 「あぁ。帰還か転移を使ったのか。」

 レオナルドは一人勝手に自問自答し納得していた。


 「ぱ……お父様、私はダンジョン最奥のボス部屋で、ユータからパーティ追放と婚約破棄されました。その時にユーリもパーティ追放されました。」

 一瞬ぱぱんと言いそうになったレティシアはすぐさま言い直して、端的にユータにされた事を報告した。

 ついでの事のようになってしまったが、ユーリの事も付け加えた。

 

 横で聞いていたユーリは、今の報告に対して少し意地が悪いかなと感じたのはボス討伐後と言わなかった事。

 しかしそんなことはレティシアの知った事ではない。

 ユータに様をつけているのも、本来であれば未来の旦那様になる予定の男性だからだ。 


 ユータのしてきた事を考えれば、少しくらい悪く言っても、嫌味を言ってもバチは当たるまいと思っての事だ。

 3年も前から裏切っていたのだ。思い出したら悲しみよりも怒りの方が込み上げているレティシア。


 「その時にユータ様がおっしゃるには、3年も前から……冒険者パーティを組む前から同級生で大魔導士のアリシア様と懇意にしていたそうですわ。」

 ついでにユータの不義の事も報告しておく。

 

  

 「オンドゥルルラギッタンディスカー!!」

 レオナルドは娘の言葉に激高し、言葉がおかしくなっていた。



―――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 回想2やユーリのちょっとエロマッサージはともかく、レティシア母ちゃんと妹の名前がやべぇ。

 特に妹のは改名する可能性あるかも。

 

 ユーリが同席しているのは、これから始まる報告の補足のためも含めての事です。

余談ですが、トウホウフハイ、セイホウムテキ、ホッポウムハイという流派がある。

 

 

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