「神様お願いします」『ヨロコンデー!』

トマト屋

第1話 本編

『神様、お願いします。どうか────』


「くそっ、またマルオか!」

 雲の上で神は毒づき、薄くなった頭髪をかきむしった。神らしからぬ行動だが、それだけ神はマルオを嫌っているのだ。

 神がマルオを嫌うには理由がある。それはマルオが、とにかく神頼みな人間だからだ。


 数学のテストで赤点をとった時も。

『神様、お願いします。どうか数学の天才にしてください』


 体育で走るのが遅いとからかわれた時も。

『神様、お願いします。どうか走るのを速くしてください』


 クラスの女子が恋バナで盛り上がった時、「マルオ君だけはないよねー」と言われた時も。

『神様、お願いします。どうか女の子にモテるようにしてください』


 少しでも努力をしての願いならば、神もないがしろにはしなかっただろう。

 だがマルオは二言目には「神様、お願いします」とくるのだ。神はそんなマルオを嫌った。

「決めた、ワシはマルオを助けぬ。願いなどきいてやるものか」

 そう決意していた。

 無論、そんな神の決意など知るよしもなく、マルオは相変わらず神に祈ってきた。


『神様、お願いします。どうか僕に……僕に勇気をください』


「ヨロコンデー!」

 決意を簡単に翻し、神はマルオの願いを叶えてやった。



         ◆   ◆   ◆



 マルオは不運な男だった。なにをやってもうまくいかず、長続きせず、得た物は簡単に掌からこぼれ落ちていく。それは神に見捨てられた結果なのだが、マルオにそれを知るすべはない。

 結果、明日の生活もままならないところまで追い込まれてしまった。

 マルオが自殺を決意するのに、それほど時間はかからなかった。


 今、マルオは崖の上に立っている。某サスペンスで被害者が突き落されるか、犯人が追い詰められるような崖だ。はるか下方では荒波が岸壁に打ちつけ、渦を巻いている。落ちればまず助からないだろう。

 その崖の上にあって、マルオは動けなくなっていた。

 あと一歩。それが踏み出せずにいるのだ。

 そしてやはり、マルオは神に祈った。

「神様、お願いします。どうか僕に……僕に勇気をください」


『ヨロコンデー!』


 まるで祈りに応えるように、妙にノリの軽い声がマルオの脳裏に響いた。するとどうだろう、マルオの心からみるみる恐怖心が消えていった。

 マルオは勢いよく、最後の一歩を踏み出した。



         ◆   ◆   ◆



 神はすべての人間の祈りの声を聞けるわけではない。

 どれだけ熱心に祈りを捧げても。

 どれだけ心から神の助けを求めていても。

 神に必ず届くという保証はない。

 だがどういうことだろうか、マルオの祈りの力は人一倍強いのか、それとも運が強いのか。とにかくマルオの願いは「必ず」神の耳に届いたのだ。

 ここを読んでくれている、そこの君。ひとつ想像してほしい。


 『大嫌いな相手の声が、いついかなる時も必ず耳に届く』


 という状況を。

 そう、マルオの祈りは神にとって耐えがたいストレスになっていたのだ。


 ハゲてしまうほどにっ!!


 落下していくマルオを遠くに見ながら神は安堵の息を吐いた。

 この日、神はストレスから解放されたのだ。

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「神様お願いします」『ヨロコンデー!』 トマト屋 @nagisawa-awayuki

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