12 上洛
城間千沙都と出会ったのは、オープンスクールまで話がさかのぼる。
マップを見てまごついていた千沙都を美織が見かけ、一緒に校舎の中を探検したのがきっかけで打ち解け、帰る頃には互いの連絡先まで交換して知っていた。
「でも千沙都ちゃんの凄いところは、わざわざ沖縄から京都までオープンスクールを見に来たとこやもんねぇ」
その割には。
いわゆる、うちなーぐちと呼ばれる独特のアクセントがない。
「それは直しました」
千沙都いわく、差別に遭うかも知れないからとオバアに言われ直したのだ──というのである。
「なんか、それは分かる」
余談ながら他日──入学後の話であるが──その話を聞いたカンナは、自分もたどたどしい日本語を使っただけで、いじめられたことがあったのを打ち明けてから、
「だから千沙都って、それだけで努力を惜しまないってのが分かる」
カンナは直感で、千沙都を理解したようであった。
話を戻す。
宥が初めて千沙都に会った際に楽器を尋ねると、
「アコースティックギターが弾けます」
カンナはエレキギターなので、アコースティックギターが弾ける千沙都は魅力的でもあろう。
その他に千沙都は、
「オバアが三線の先生だったので」
この日は三線を持参しており、その場でサラリと『
「凄いよ千沙都ちゃん…」
宥は驚きのあまり、口をぽかんと開けたまま茫然とした。
「いや…沖縄は昔から歌や踊りが盛んなところなので」
それは琉球王府が軍事ではなく外交を得意とし、扁額に「
それはともかく。
千沙都が鳳翔女学院に入学し、美織や薫子とともに軽音楽部へ入部すると、アコースティックギターの千沙都とエレキギターのカンナのどちらもリードギターに据えられるようになったところから、サウンドに厚みが増したのは言うまでもない。
さて。
その軽音楽部の部室にノンタン先生こと東久保
「これから顧問になる東久保です」
見たところ小柄で地味な普通の先生だが、さきに触れた通り、スクバン界では知らぬ者なしの人物でもある。
「よろしくお願いしますね」
もう少し傲岸で不遜なのかと思いきや、ノンタン先生は穏やかで物腰のやわらかい性質であるらしい。
「動画で見たんだけど、ギターのカンナちゃんは?」
「はい」
「もう少し背筋を伸ばすと、もっとカッコよくなるし音が良くなるよ」
楽器は正しい姿勢で弾くと、人体が共鳴板のような役割を果たしてよく響く──というのである。
カンナが試すと確かにその通りで、
「何か音変わったな」
敏感な桜花はすぐに分かった。
そうしてノンタン先生から指摘された箇所をそれぞれ直していくと、音の質が格段に変わった。
「姿勢を良くしろってのは、私も松浦先生から教わって受け売りなんだけどね」
照れ臭そうにノンタン先生は言った。
松浦先生、というのはかつて神居別高校の顧問であった松浦勲のことで、もともとが甲子園球児で基礎体力の向上やフォームの見直し、データ蓄積など高校野球のノウハウをスクバンに持ち込み、北海道の無名の公立校を全国制覇に導いた名伯楽である。
「だから私の指導法はオリジナルというより松浦先生から教わったことだけなんだけど、でも結果的にそれは間違ってなかったから、今度はそれをあなたたちに伝えてゆこうかなって」
ノンタン先生は穏やかに述べた。
練習のメニューも体力をつけるためのトレーニングが強化され、走り込みや姿見を使った演奏フォームの修整といった新しい練習も加わった。
「このトレーニングは私が学生コーチをしてた頃からのものなんだけど、やっぱり客観視って大事だと思う」
と、ノンタン先生は言う。
「これをしてるから桜城は強かったんや…」
宥のマネジメントも内容が変わり、事務的な手続きはそれまでユズ先生がしていたのを、宥が担当することとなった。
「今のうちに交渉とか身につけておけば、社会に出てから役立つでしょ?」
ノンタン先生は部長時代、ほとんどの交渉にはデビュー後ついたマネージャーと一緒に当たっていた…という。
「あのおかげで面接とか平気だったし」
宥のこともノンタン先生は頭に入れてあるようであった。
このノンタン先生が来てから、軽音楽部は明らかに意識が変わったようで、
「このぐらいやらないと、全国レベルにはなれへんのやね」
貴子が言ったのはそれで、それでもユズ先生の「何でも楽しむ」という基礎だけは、ノンタン先生も同じことを考えていたようで、
「ユズ先生の指導が良かったから、いい生徒に出会えた」
後日、ノンタン先生は述懐している。
通常引き継ぎがうまくいくとは限らず、中には文系の顧問から体育会系の顧問に変わって、方針が真逆になり方向性を見失ってしまう例もあった。
その中で。
このときの引き継ぎが比較的スムーズであったのは、たまたまユズ先生もノンタン先生も体育会系ではなくともに文系であったこと、鳳翔女学院がスクバンの強豪校でなく新規の部活動で歴史が浅かったこと、新たに来たノンタン先生がそもそも、しがらみのないポジションにいたこと──という条件が偶然にも揃ったことによる。
それは稀有であった──といえよう。
ノンタン先生の発案でゴールデンウィークに軽音楽部で合宿をすることとなり、宥を含め新入部員の美織、薫子、千沙都を入れた8人の部員は、
「ここ、私の母校だから借りやすくて」
図書館の学芸員を目指していたノンタン先生であったが、松浦先生と同じ教師の道を選んだのは、多分にこのキャンパスで過ごした時期によるものであったらしいが、それはこの本題ではない。
施設はキャンパスから道を一本挟んだ山側にあって、遠くには金閣寺の杜や左大文字の山が窓から見渡せる、とても京都の市内とは思えない静けさがある。
「近所やのに全然知らんかった」
美織の部屋から歩いて来られる距離であったが、当の美織は来るまで気づかなかったらしい。
この年は間の平日をつなぐと10連休になったので、ここでメンバーは10日間ばかりみっちりと練習をしたのであるが、この間のトレーニングのメニューはすべて、ノンタン先生が組んでくれたものであった。
フォーメーションも、7人になったことで変更。
ドラムの桜花とキーボードボーカルの江梨加をセンターバックに据え、左右をビオラの薫子とトランペットの美織が固め、前列にはギターボーカルの千沙都を挟んで、リードギターのカンナとベースの貴子が陣取る──という新たなスタイルと変わったのである。
「2-2-3の3列にすることで、音の渋滞を減らす」
この発想は、なかったものである。
「ちょっと慣れるまで時間かかるかも知らんけど、でも慣れたらこれでえぇのかも分からへんね」
江梨加の隣に来た桜花は、まるで席替えで新しい場所が良い位置に来たときのような上機嫌ぶりであった。
他方で江梨加は、千沙都という新たなボーカルが来たことで、もしかすると自分がリードボーカルでなくなるかも知れないというような一抹の不安を抱えていたらしい。
江梨加は、桜花を見た。
鼻歌まじりにドラムセットに座り、機嫌よく練習をしている桜花を眺めているうち、不安はあるにはあったが桜花に打ち明けることも何となくではあるが憚られたのか、目線を切ってキーボードを弾き始めた。
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