Episode2

9 学舎

 オープンスクールの日。


 一足先にスクバン最終予選の会場に来ていた宥は、新島実穂子のいる今出川女子大学付属高校がトリで登場することを確認すると、まず貴子とカンナの2年生2人に、


「最後やから、もしかしたら見られるかも」


 とLINEを入れた。


 すぐに既読がつき、カンナからは可愛らしいブラウンのスタンプが返ってきた。


 貴子からも少し間があって、


「分かったよ〜」


 と、文字だけの武骨なスタンプが来た。





 他方で。


 オープンスクールは好調な出足で、生徒会長の葉月が朝から走り回っていたほどである。


「まさかこんなに来るとは思わへんかった」


 もともと前会長の雪菜があちこち連絡を入れたりメールを出したり…と手を打てるだけ打ったのもあるが、雪菜のアドバイスで宥が部活動紹介のホームページに、学園祭ライブの動画をアップロードしたことも、多少は影響があったようである。


「ねぇねぇかおる、校舎こっちやってさ!」


 威勢よく校門へやってきたのは、市立の等持院とうじいん中学の制服を着た笹森ささもり美織みおりという女子生徒であった。


「ミーちゃん、危ないって…」


 美織に引っ張られながら連れて来られたのは、鳳翔女学院中等部の制服を着た海士部あまべ薫子で、美織と薫子は同じ音楽教室に小学校低学年から通う幼なじみでもある。


「でもスゴいなぁ、薫子のお姉ちゃんスクールバンドやってるんやろ?」


 話には聞いてたけど身近にいたのは初めてや──美織はそれだけでテンションが上がっていたようで、


「そらぁ観に行かな損やろ!」


 美織がやや前のめり気味なのが、薫子は気がかりなようであった。





 軽音楽部の部室に美織と薫子が来ると、カンナが薫子に気づいた。


「あ、薫子ちゃーん!」


「カンナさーんっ!」


「…顔見知り?」


 桜花が尋ねると、


「あ、紹介するね。貴子ちゃんの妹の薫子ちゃん」


「へぇ…貴子先輩に妹いたんや」


 桜花のところは二卵性ながら双生児で、姉妹というよりはライバルに近い。


「わざわざ来てくれるなんて」


 ようこそオープンスクールへ──カンナは諸手を広げて歓迎の意をあらわした。





 訊くとそもそも美織がスクールバンドに興味があって、薫子についてきてもらったのだという。


「美織ちゃんは楽器は?」


「トランペットとサックスが吹けます」


「確か薫子ちゃんはビオラだもんね」


 カンナは薫子がビオラを習い、将来はオーケストラに入るのが夢で音大受験を目指している話も聞いている。


「でも私はバンドは遠慮しようかなって…」


「それは賢明かもよ…お姉ちゃんと同じ道は比較されるから大変やで」


「桜花が言うたら洒落ならへんやないの」


 桜花の一言に江梨加がすかさず突っ込んだ。


「私は一般論を言うただけやけどね」


 桜花は江梨加と話すときだけは遠慮がない。





 カンナはしばらくもだを貫いていたが、


「でも薫子ちゃんが入ってくれると、サウンドが厚くなってプラスになるって、私は思う」


 カンナが例にあげたのは、かつてフィーバーを巻き起こした傳教館でんきょうかん高校の〈AIRSHIP〉という兵庫のスクールバンドの話である。


「そこはストリングスとブラスがいて、繰り出してくる曲がキレイで、それで5位まで行ったって」


 桜花に教えてもらうなどして、スクバンの事情に詳しくなっていたカンナは、江梨加のボーカルに華やかさを足せば強くなるように思っていたらしく、


「まぁ無理にとは言わないけど、薫子ちゃん…考えてくれない?」


「うーん…」


 薫子は戸惑いを隠さなかった。





 ライブは午後からで、MCはキーボードでボーカルの江梨加がつとめた。


「今日はみなさん、鳳翔女学院高等部のオープンスクールに来ていただいてありがとうございます! この学校には私たち軽音楽部〈West Camp〉を始め様々な部活があって、いつも楽しく活動しています。そんな気取りのない大らかな気風を育てる鳳翔女学院を、みなさんよろしくおねがいします!」


 日ごろ路上ライブで鍛えられていただけあって、江梨加はMCも上手い。


 ライブが始まるとオリジナルを始め、約7曲ほどを披露。


「このぐらいの曲数のほうが飽きひんし、それでいて楽しめる」


 これも江梨加が、路上ライブで学んだことらしい。


 無事にライブがハネて、貴子が宥に連絡をつけると、ほどなく宥からは予想外の返信が来た。


「今出川…敗けちゃった」


 これには貴子も、すぐに打ち返すことができなかった。





 ──宥は今出川女子大学付属高校〈八重桜〉のを目撃することとなったのであるが、それには少し解説が要る。


 最終予選に残ったのは12校。


 そのうち優勝の大本命は今出川、次に綾部東、さらに可能性があるのが宇治北陵…という予想で、誰もが今出川の13年ぶりの全国大会行きであろうことを下馬評として疑う者がなかったぐらいであった。


 そうした中あらわれたのが12校目、最後の今出川である。


 ボーカルでギターの新島実穂子が出てくると場の空気が変わった。


「実穂子ちゃーんっ!!」


 すでにファンがいて、黄色い歓声が飛ぶ。


「それでは聴いてください、『あの頃の僕らへ』」


 ピアノとスネアドラムから始まる大人っぽい曲で、レベルが一人だけ違っていた。


 宥は総身に雷を浴びたような、鳥肌とショックが走って止まらなかった。


 ──音楽を聞いてこんな体験をしたことがない。


 これだけのパフォーマンスをして、誰もが優勝は今出川だと疑わなかった。





 ところが、である。


 結果発表で、事件は起きた。


 今出川が「失格」と書かれ、最下位にいたのである。


「…えぇーっ!!」


「嘘やろ?!」


 悲鳴や怒声、驚愕が飛び交う中、初の全国大会行きを決めたのは宇治北陵である。


 詳細が明らかになったのはこの直後で、


「今出川女子大学付属高校〈八重桜〉は、制限時間をオーバーしたため、失格となりました」


 という場内アナウンスがあった。


 後に判明したところでは、ドラムの小さなテンポミスで制限時間5分を僅かに6秒上回ったためであった──との由であった。


 宥は席を立つと、廊下を控室へと駆け出した。


 控室へ飛び込むように入ると、


「…新島さん!」


 声高に呼ばわった。


「あの…今出川の皆さんは、先ほど早めに帰られました」


 同席していた他校のバンドの生徒に教えられると、宥はその場でへたり込んでしまった。


 顔を覆った。


 もれてくる嗚咽に、誰もなすすべはなかった。

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