8 戦果

 結果は、言うを俟たず〈West Camp〉は3位敗退であった。


 1位通過は今出川の〈八重桜〉で、控室の溜で宥は実穂子を見つけると、


「あの…これ!」


 手には、例の千羽鶴がある。


「…ありがとう。あなたたちの分まで頑張るね」


 実穂子は心底から嬉しそうに受け取り、軽やかに去っていった。


「…あんな素敵な先輩になれるかなぁ」


 宥は来年は3年生で、受験も控えている。


 そこへカンナがやってきた。


「宥、帰ろう」


 日頃は口下手で、宥と二人でいるときでさえなかなか話さないカンナだが、どういう訳か宥が心細く感じられたとき、そばに来ては何も言わずに寄り添ってくれる。


「いつもありがとね」


「だって私たち、仲間でしょ?」


 カンナは無邪気に言ってみせた。


 その邪気のなさが、重く感じるときもなくはない。


 それでも宥を信じてカンナはいつも、かたわらにいてくれるのである。


「カンナちゃん、帰ろう」


 宥とカンナは再び歩き始めた。





 3次予選まで勝ち上がりながら勝てなかったのは、目眩を起こした自分にあるように貴子は思っていたようで、宥はそれを把握していたのか、


「貴子ちゃん、変な気起こさんといてや」


 あれはタイミング悪かっただけやから──宥は責めない。


「まーたアンタも、間ぁ悪かっただけやもんなぁ」


 江梨加がときにイジるが、却ってそれは貴子にすれば救いであった。


 下手に優しくされるとツラくなることもあるのである。


 予選が終わって、メンバーは変わらなかったが、新しく来シーズンに向けた練習が始まって程なく、生徒会長の代替わりの挨拶で堺雪菜が部室にやって来た。


「彼女が新しく生徒会長になった2年生の西葉月はづきちゃんね」


 葉月はお辞儀をし、


「西葉月です、よろしくおねがいします」


「葉月ちゃんね、江梨加ちゃんのファンなんやて」


「…ちょっ、雪菜先輩こんなところで言わんかったかてえぇやないですか!」


 顔を真っ赤にする葉月を見て、部室にはコロコロとした笑い声が溢れかえった。





 雪菜が部室に来たのはそれだけではなかったようで、


「それでね篠藤ちゃん、今度オープンスクールの話は聞いてる?」


「はい、学校紹介のためのライブの話ですよね」


 宥はユズ先生から、聞き知っている。


「予選のあとでバタバタしてるときに頼んでホントに心苦しいんやけど、うちの学校だんだん生徒減ってきてる感じやしね」


 まだ閉鎖や廃校の話が出るようなレベルではないものの、鳳翔女学院のように系列校のない私学は、他の法人に買われたりすることもあるのである。


「それなら早いうちに先手回りして、鳳翔なりのカラーを出さなあかんかなって」


 オープンスクールのライブは、雪菜の発案らしかった。


「まぁうちの部にしても新入部員入ってもらうために、ここでフンドシ締め直してビシッと行かなアカンですもんね」


 江梨加が言うと桜花が、


「江梨加ちゃん、フンドシはちょっと…」


「でもパンツでは締まらんで、馬鹿エロ男子あたりに脱がされたら投了やし」


 江梨加には身も蓋もないところがあるらしい。





 が。


 オープンスクールの日取りを見て、江梨加が思わず悲鳴を上げた。


「最終予選の日と丸かぶりやん!」


 桜花は気づいていたが、どうしようもなかったので黙っていたのであるが、


「いや…私だけ代表で行けばいいかなって」


 宥はそんな考えでいたらしい。


 というのも。


「カンナ副部長に自覚持ってもらわんとあかんかなって」


 宥がカンナを副部長に据えたのは、メンバーの中で最も沈着で、感情に流されないところがあったからである。


「でもカンナ先輩はリーダー気質ってより、背中で引っ張る職人さんみたいな人やから、何か遭ったとき指示がないから困るっていうか…」


 江梨加に言わせるとそうしたことらしい。





 ところが、である。


「せやけど」


 こんな時にあまり発言しない桜花が口を開いた。


「カンナ先輩っていざというとき必ずいてくれるやん? あの頼もしさはなかなかあらへんよ」


 事実、桜花が帰省したときにいちばんこまめにメールを寄越したのは宥よりカンナで、カンナがいることの安心感を桜花は理解していた。


「それなら今回のライブは、カンナをメインで組み立ててみるってのはどう?」


 貴子の案に、桜花は乗った。


 江梨加は少し不満げであったが、


「…しゃあないなぁ」


 最後は何とか納得をしたようであった。





 オープンスクールに向けた練習が始まると、江梨加はたびたび貴子や桜花と言い合うようになった。


「あんたが間違うから、こっちまで調子狂うねん!」


 もともとが完璧主義者のがある江梨加であるから、いつかこうなることを桜花には予想されていたらしかったものの、その桜花にすれば、


「江梨加ちゃん、ちょっと言い過ぎなんとちゃう?」


 ときに返して口論となる日すらあった。


 この日もやはりそういった瑣細なところからちょっとした物言いとなり、少しピリついた空気の中で練習は再開し、カンナがめずらしく音をわずかに外した。


「カンナ先輩…もう!」


 江梨加は思わずムカついたのか、カンナを睨み据えた。






 するとカンナはそれまで何も言わなかったのが、


「じゃあ、江梨加が弾いてみて」


 いきなりギターを渡すと、江梨加に弾いてみろと言わんばかりの顔をしてみせたのである。


「えっ…」


 戸惑う江梨加のことなどカンナは意識にすらなく、


「今ここで弾きなさい」


 と言ったまま身動ぎすらしない。


 江梨加はピアノはお手の物たが、ギターはほとんど触ったことすらない。


「当然そこまで言うなら弾けるよね?」


 さすがに江梨加は弾くことが出来ないまま、立ち尽くしている。


「カンナ先輩…もう許してあげて」


 桜花が間に入った。


「…弾けないなら、二度と言わないで」


 悲しみと、怒りと、そして僅かな侮蔑を含んだ、それでいて大声はあげず冷徹そのものといった、穏やかでありながら妥協を許さない言い方をした。


 それきりカンナは怒ることもなかったのであるが、江梨加もそれを機に苛つくことがなくなった。





 練習後、カンナは江梨加を呼び出した。


「江梨加は間違ってないけど」


 カンナは江梨加が実は焦っていたことを見抜いていたらしい。


「焦るのは分かる。でも、怒るのは違う」


 スキルアップをしないとスクバンで勝てないのも、オープンスクールで恥をかくのも、カンナは江梨加と底辺では同じところを共有できていたようである。


「間違えたら、次に間違えなければいい」


 人間はミスをする──カンナのどこか悟ったような言い回しに、気がつけば江梨加はみずからの頬を涙が伝っていた。


「江梨加、don't mind」


 カンナは江梨加にハグをした。


 女子高校生にしてはまぁまぁ背のある江梨加──160センチある──だが、さらに10センチ近く背丈のあるカンナにハグをされると、まるで彼氏にでも抱きすくめられたようで、それでいてカンナの豊満な胸が江梨加の鼻に当たるので、何やら気恥ずかしかったが、江梨加は耳まで赤くしながら、動けずにいた。


「カンナ先輩、苦しいって…」


「あっ…ごめんごめん」


 我に返ったカンナは身を離してくれたが、江梨加はしばらく感触が身体から離れなかった。


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