episode5 知られたくない秘密

 柚凪は帰る気がないと言わんばかりにオレの膝の上に顔をうずめ、寝てしまった。

でも確かに、女を家に連れ込み娘を放り出すような父親が一晩帰ってこなかっただけで心配するはずもない。

 女が帰った後は鍵が開いているようだがどうせそのまま酒でも飲んで寝てしまっていることが容易に想像がつく。

いくら血が繋がってないとはいえ酷すぎないか。

 毎晩、とまではいかないようだが柚凪の父親は一週間で4、5回のペースで女を連れ込み、その間は邪魔だからでてけと放り出される。

 最初の方は仲のいい友達の家に『家出』という名目でお邪魔していたそうだが、さすがに頻度が多くなると迷惑にもなるし、理由も話さなければいけなくなるので、最近はここら辺の公園を転々としていたと、晩飯を食べてるときに柚凪は教えてくれた。


 いっそのこと児童相談所に相談してみるべきではないかと思ったが、これに関しては柚凪自身の問題なのでオレが口を出すような事ではないと思った。

────だが。

今からオレが確かめることが"そうであった場合"オレはどうするべきかはわからない。

きっと、なにもできずその現状を見て終ってしまうかもしれない。

たがここで確かめないと、このままずるずるといってしまってからでは遅い。


「ふぅ…」

オレは一つ息を吐いた。

そして意を決して、オレの膝で眠る柚凪の服を勢いよくめくった。

目に広がってくるのは白く透き通った細身の綺麗な肌。

そして…………

その綺麗な肌に似つかない紫色の無数の痣。

それが背中から脇腹まで、見た限り7、8個ほど大きいのから小さいのまで痛々しい痣が残っている。

「やっぱり………か。」

大体予想はついていた。

家に入り、電気をつけた時に目立った膝辺りの痣。

更には風呂からバスタオルで出てきたときに肩辺りからちらりと見えた痣。

そして今確信を得た。

この子は父親に暴力までをも振るわれている。

最悪の結果だった。


「えっ、うわっ、なにっ」

服をめくられたことに気づいた柚凪は勢いよく飛び起きた。

そして現状を把握しすぐさま服を下ろした。

「な、なにすんのよ!」

そう怒気のこもった声で言い放った。

そして、自分の体を両腕でクロスになるようにガードして後ろへとのけぞった。


「誰にやられたんだ」

言わずもがなわかっている。

だが念の為聞いておく。

「こ、転んだのよ、階段で。」

そんな言葉を無視し、さらに質問をぶつける。

「いつ頃からやられているんだ」

気づくとオレは癖の敬語もやめていた。

「……」

柚凪はなにも喋らず、ただ下を俯く。

「警察に行こう、オレもついていくから」

あの現状を見てしまえばオレの口から出てくるのはそんな言葉でしかなかった。

同情でも慰めでもなく根本的に問題を解決するような、そんな言葉。

「け、けいさ……つ」

そう口ごもるように言った。

「ああ」


 すると柚凪は突如立ち上がり、脇に置いてあった自分の制服を手に取った。

「わ、私、帰るね。いろいろと迷惑かけてごめん、この服も明日には洗って返すね、それじゃ。」

 そう言うとリビングの扉を開け、勢いよく玄関へと走っていった。

「ちょ、ちょっと待ってよ、柚凪」

 そんなオレの呼び止めにも答えることなく玄関の扉を開け外へと出ていった。

オレは追いかけることをしなかった。

オレは彼女の踏み入れてほしくない部分に土足で踏み入ってしまったのだろうか。

そう思うと自分の無神経さが更に嫌になった。





─柚凪視点─


 見られてしまった………

誰にも見せたことのない私の秘密を。

でも、私が迂闊だったと思う。

 堪のいい人なら家を追い出されるって話をした時点で暴力も受けてるって気づくかもしれない。

そして彼は言っていた。

『「やっぱり………か」』と。

恐らく、あの話をして膝辺りにある痣を見た時点で気づいていたんだろう。

そして………

結局逃げてきてしまった。


──私の好きな人から。


─────


 最初は宮島翔という人のことなんて気にもとめてなかった。

ただ一緒のクラスメイト。

喋ったこともないし、2年になって同じクラスになった、ただのクラスメイト。

それだけにしか過ぎなかった。

だが、宮島が意外とモテてるということに気がついた。

 私のまわりの友達は男子の話となると宮島翔の話題だけだった。

かっこいいだの、大人っぽいだの、優しいだの、おまけに勉強もできるだの。

だけど私にはさっぱりわからなかった。

そして私はみんなが話題にするので、なんとなしに宮島を見てみることにした。


 私が宮島翔に興味を持つのには時間はかからなかった。

確かに彼はよく目鼻立ちがよく端正な顔立ちをしていた。

 性格は遠目で見るに、何人かの輪に入り優しく笑っている。

そしてたまに喋ると、友達からの共感を得て肩を叩かれ笑いが起こる。

そして優しさもあった、勉強で分からない部分を教えているのもよく見かけるし、体育で怪我をした人のもとに真っ先に駆け寄って介抱していた。

 今まで気にしてなかっただけで確かに彼は魅力的だった。

でも、魅力的なだけでその時はまだ"好き"という感情はなかった。


────


 誰かの声で目が覚めた、穏やかで優しい声だったが、なにやら気持ち悪い事を言っていた。

誰かと思い、寝返りをうって目を開けた。

すると、そこには最近私がよく見ている顔がいた。

髪型とかはちょっと違ったが、確実に宮島翔だった。

私は驚きと嬉しさのあまり、やや大声で名字を呼んでしまった。

彼は優しく答えてくれたが、私は動揺を悟られないように、あえて下の名前を聞いた。


 少しだけ会話をしたあと、私には目もくれずスマホをいじりだし、帰ると告げた。

さっきからちらちら見ていたのがバレたのだろうか。

居心地が悪そうに彼は立ち上がった。

踵を返し、歩き出した時、私は呼び止めた。

気づいたら呼び止めていたのだ。

そしてある条件をだされたが、それはたばこを黙っておいてほしいというものだった。

学校では優等生ぽいけどこんな一面もあるんだなぁと思った。

ピアスもつけてるし。


 数分後、たばこを吸い終えた彼はまた帰ろうとした。

気づくと次は腕を掴んで呼び止めていた。

いつもは別に一人でも平気なのになぜか今日は一人が寂しく感じた。

 彼はなぜか敬語を使うがその中にも底しれぬ安心感があった。

理由も話すからと、なんとか彼を食い止めることができた。

彼は再度ベンチに座り、私は帰れない理由を正直に話した。


 理由を話すと彼は難しそうな顔をして、

毎晩、家に来ていい。と言ってくれた。

期待してたわけじゃないけど胸が張り裂けるほど嬉しかった。

毎晩、彼と一緒にいられる。

家を追い出されない日も行きたいと思った。


 そして帰り道、彼は寒がっている私に優しく自分のブレザーをかけてくれた。

素直じゃない私は「余計なお世話よ」なんて言ったが、すごく嬉しかった。

気づくと私は彼が好きになっていた。

彼の優しさを目の当たりにして心がさらに揺らいだ。

 彼女がいないか確かめるべく言葉を濁すようにして、経験人数を聞いてみた。

彼の返答を聞いて、まあ納得した。

こんなに、かっこよくて優しかったら4,5人くらい普通か、と。


 帰り道、警察に追いかけられるという出来事があったがなんとか逃げ切り、彼の家までついた。

 家につくなりシャワーあびる?なんて言われて臭いのかななんて思ったけど私の勘違いで彼の優しさだった。

そしてカップメンを食べゲームをして眠くなった私は甘えるように彼の膝下で寝てしまった。

 彼にどう思われるか怖かったけど久しぶりに人に甘えて見たくなった。

帰りたくないと駄々をこね、彼の膝にうずまり眠りに落ちた。

全てが彼の匂いに包まれている。


上半身がいきなり寒くなった。

「やっぱり………か」と言う言葉がうっすら聞こえたので、まだ眠りが浅かった私は慌てて飛び起きた。

すると胸元くらいまで上の服が上げられていた。


 彼は私の動揺に目もくれず誰にやられたか聞いてきた。

多分、もうわかってるんだろうけど嘘をついて誤魔化した。

当然嘘は見抜かれ、いつ頃からやられていたのかと聞かれ口ごもってしまった。

そして彼は警察に行こうと提案してきたが私は勢いよく、彼の家から飛び出してきてしまった。


───そして今に至る。


 街灯も少ない帰り道、私は走って帰った。

家まで走れば15分くらいでつく。

時間は深夜の1時も過ぎてるし、多分鍵も開いてるだろう。 開いてなかったらその脇でそのまま待とう。

 走ってる間、目からぽつりぽつりと涙が落ちてさくる。

なんで私は幸せになれないんだろう。

なんで近くにいる唯一の家族があんなやつなんだろう。

辛くてしかたがなかった。


 家につくと鍵は開いていた。

翔が住んでいるアパートよりも見た目はボロくて、みすぼらしい。

中に入ると、一瞬で強烈な香水の臭いが漂ってくる。

父親の連れてくる女がつけてる香水だ。

おまけに酒臭さとたばこ臭さが漂う。

私は我慢しきれずキッチン側にある窓を開けた。


 リビングのテーブルには灰皿とチューハイの缶が散らばっている。

そして隣の和室を見ると父親が寝ていた。

その寝顔見ると毎度、嫌悪感がわく。

度重なる暴言、暴力、夜には家を追い出される。

果たしてあの時の父親が言ってくれた言葉は本当なのだろうか。

私はあの言葉だけを信じて今を我慢している。


 テーブルを片付け、私はソファに横たわった。

この服、明日朝一でコインランドリーで洗濯して持っていこう。

そんなことを思い、翔の匂いに包まれながら眠りについた。



























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