第3話 白の騎士隊

 斥候ディグの事件は、どこからどう漏れたものか、あっという間に冒険者たちの集う酒場に広まった。この数日酒場の話題はサムライ一色であり、冒険者たちは口々に、きっと怨恨だ、いや物盗りだ、快楽殺人かもしれない、などと、サムライの犯行動機を予想して、果ては金を賭け始める者まで現れ始めた。

 そんな酒場に噂の当事者であるタロス達が近寄るはずもなく、三人はサリヤナ正教会の好意で教会の客室に匿ってもらっていた。

 迷宮で倒れて以降、ルーシアが目を覚ます気配はなく、ダウはそんな彼女につきっきりだった。タロスは何もしないと体が鈍る、と言って教会の力仕事をすすんで手伝った。「世話になっている三人分の労働をしているだけだ」とタロスは言ったが、実際には三人分どころかそれ以上の働きぶりであり、この無口なドワーフは教会の人々から大いに感謝された。

 カイルはいつの間にか姿が見えなくなっていたが、タロスもダウもそのことに関しては何も言わなかった。おそらくはディグを殺したサムライを探して、迷宮か酒場に単身飛び込んでいるのだろう。カイルの気持ちもわかるが、今の彼は完全に周りが見えなくなって暴走している。次に迷宮で首無しゾンビとして発見されるのがカイルであっても、そう驚くこともないだろう、そうタロスは考えていた。

 教会の窓から薄曇りの空を見上げて、タロスが髭の下で今日何度目かのため息をついたとき、急に教会の正面入り口の方が騒がしくなった。



 迷宮の地下三階を主に探索していた六人パーティが、帰還予定の日を三日過ぎても戻らなかった。そのパーティの留守を預かる司教は、仲間内での取り決め通り、教会に捜索隊の派遣を依頼する。教会所属の僧侶や司教たちをメインに編制された捜索隊だ。全員が銀のハルバードを模した図柄の刺繍入りの白のサーコートを制服としているため、『白の騎士隊』とも呼ばれている。迷宮を巡回し、負傷者の救助や不運にも力尽きた死者を回収するのが主な役目である。

 そして地下三階にたどり着いた捜索隊が見たものは、地面の下から土と共に起き上がってくる、捜索対象の六人パーティの死体だった──


「埋められていました。ええ、六人ともです。地面に妙な盛り上がりが六つあるのを見つけて、近づいてみたら、中から」


 教会の裏手にある騎士隊の詰所で報告をしているのは、刺繍入りの白いサーコートを土や血で汚した隊長だ。「完全にアンデッド化していました。回復は不可能と判断し、勝手ながら我々で浄化した次第です」

 後ろに控えていた隊員が、布に包まれた荷物を机に乗せた。中身は剣や盾、首飾りなど。

 

「せめて形見となればと思い、持ち帰りました」

「わかりました、これは私の方から、依頼主にお返しします。今回もご苦労様でした」


 隊長の報告を記録し終えた神父が、丁重に荷物を受け取る。「それと……浄化の際に、彼らから何か聞き出せましたか?」

 わざわざ改まって聞くのは、酒場で話題になっているディグの一件があるからだった。もちろん教会にも話は入ってきている。


「六人中五人は、単に魔物と戦って死んだだけのようです。実際に浄化した後の遺体を調べましたが、爪や牙の傷以外はありませんでした。ただ一人、パーティの殿だった魔術師だけは、まだわずかに息があったようです」


 隊長が一つ大きく息をついた。「そしてやはり、『サムライ』に殺されたようです。その証拠に、彼の胸にだけ、背に貫通するように、鋭い刃物の傷がありました。おそらく、刀で心臓を一突きにされたかと」


 神父は大きく息を吐き出すと、ゆっくりと口を開いた。


「……どこかから迷い込んで来た者の可能性がありますね。迷宮での”やり方”を知らないまま、死体を埋葬したり、瀕死の冒険者をこれ以上苦しまないようにしている。結果不幸な犠牲は出てしまっていますが、私はその者が根っからの悪人だとは思いません。

「サムライは自身が善いと思ったことをしているだけ。なら、そのやり方がこの街に合っていないことを伝えねばなりません。早急に、捜索隊を編成しましょう。できるだけ早く、サムライをここに連れてこなければ」




 



 ファランドゥール迷宮の入り口は、兵士の監視のある門一か所ではない。他にも何箇所か、監視らしい監視もなく野ざらしになっている入り口がある。

 もっとも、そこから出入りできるのは蛇や蜥蜴や小動物といったものくらいで、人間はそもそも頭すら穴に通らない。

 それは細く長い縦穴で、迷宮の地下一階から地上に繋がった空気穴だった。この穴を全て塞ぐと地下一階の風通しが悪くなり、さらには迷宮を構成する魔力や瘴気が篭ってしまい、探索に様々な弊害が起こることが予想される。そのため、何ヶ月かに一回兵士がたらたらと見回りにくるくらいで、それ以外はずっとほったらかしにされているのだった。

 その穴の一つは、街の南の草原の中にひっそりと開いていた。すぐそばに子供の頭ほどの大きさの石が顔を覗かせていて、そこに長方形の札が貼り付けてあった。札の表面に描かれた丸い紋様が大きく波打ったかと思うと、円の中央から大量の煙を噴き出したではないか。

 煙が晴れると、そこに立っていたのはヒサメとイルマの二人。

 東の国にはファランドゥールやその近隣の国で使われているような魔法は存在しないが、超常の力を持つ術そのものは発明されていた。シノビの使う”忍術”もそのひとつである。印と印の間を障害物を無視して移動するこの術は、シノビの間で"影跳びの術"と呼ばれていた。


「まったく、手助けは無用と言うたのに」

「このくらいはお許しください。戦いには決して口出し致しませぬゆえ。それにこの術を使わないとなると、毎回あの門から忍び込む羽目になりますぞ」


 イルマにそう言われては、ヒサメも引き下がるしかなかった。ギルドの登録証を持ってない以上、迷宮への出入りに関しては、イルマに頼る他ない。街の裏道に行けば、登録証の偽造を請け負う悪徳業者もいるが、そんなことをヒサメが知るはずもなかった。


「それに、こうして時々外の空気を吸っておかねば。あの迷宮と言うところ、どうにも空気が異質に思えます。籠もり続けるうちに、気が違ってしまいそうになる。ヒサメ様がそのようなことになってしまっては、このイルマ生きてはおれませぬ」


 イルマが迷宮に感じた漠然とした不安は正しかった。東国出身の二人は知るはずもないが、『迷宮病』と呼ばれる病が地下迷宮にはある。長期間迷宮に篭り続けたり、適度に外に戻っていても、短いスパンで迷宮に潜る生活を何年も続けた者が発症する。外の光が眩しいと感じるところから始まり、それでも迷宮に潜り続けると、迷宮の瘴気に身体が侵されはじめ、さまざまな幻覚や思考力の低下などを招き、最後には人の姿をした魔物『魔人』となる。そうなるともはや人の住む地上に帰ることはかなわない。迷宮に囚われたまま、長い時を魔人として過ごすことになるのだ。



 二人は草原を下り、小さな浜辺に向かった。そこにある打ち捨てられた漁師小屋が、今の二人の拠点だった。部屋の一角に釣竿やら網やらなにやら漁の道具が積み上がっている以外は、何もないがらんどうの小屋であり、今は二人分の毛布が床に敷かれている。迷宮の粗大ゴミ置き場のようなところから、適当に見繕って持ってきたやつだ。


「イルマよ、お前さっき私の気が狂えば生きてはおれんとか言っていたが、もし私が迷宮の中で死んだならどうする」

「そのような不覚をヒサメ様がとるとは思えませぬが」「もしそうなったなら、亡骸をお父上のもとに持ち帰った後、私も腹を切ります」

「物騒だな」

「そうでもありませぬ。我ら忍は主の影。影だけでは生きてはいけませぬ」 

「そういうものなのか」

「そういうものなのなのです」






 

 白の騎士隊が埋められた死体と遭遇した日から数日が経った。今日のサリヤナ正教会の中庭には、真新しい白のサーコートを着た十数人の人だかりがあった。本来の騎士隊の業務とは別に、特別に編成されたサムライ捜索隊である。瀕死の冒険者を殺害し、あまつさえその死体を土に埋めゾンビに変える。そんな奇怪かつ死者を冒涜するような行動をとるサムライを捕らえるべく、白の騎士隊に所属する聖職の冒険者が中庭に集合していた。

 その中には戦士タロスの姿もあった。真新しい白のサーコートを不用意に汚さないようにと、人混みの中をできるだけ中庭の人のいない方にいない方にと移動している。教会でサムライ捜索隊を編成すると聞いて、すぐさま志願したのだ。しかし騎士隊がサムライの説得を目的としているのに対して、タロスはせめて一太刀でもサムライに浴びせてやりたいという気持ちだった。

 タロスの肩を誰かが叩いた。振り返ると、そこにはかつての仲間、カイルと仲違いして別のパーティに移籍した魔術師が立っていた。


「……サラ! こんなところで何してるんだ」

「私も捜索隊に志願してるのよ。ほら、お揃いの制服」


 そう言うと、魔術師サラはサーコートの裾を軽く持ち上げた。


「ディグの話は酒場で聞いたわ。まさかあんなことになるなんて思いもしなかった。あなた達を探して教会に顔を出したら、サムライの捜索隊を集めてるって聞いてね。今のパーティに脱退願い出してここに来たのよ。カイルに腹を立てて衝動的にパーティを抜けたこと、後悔してる」

「……あれはカイルも悪かった。あまり思い詰めないでくれ」


 捜索隊に集合の号令がかかった。ゾロゾロと移動していく人々の最後尾にくっついて、サラとタロスも歩き始めた。


「他のみんなは?」

「ルーシアはショックで寝込んだまま、ダウはその看病だ。この教会の客室にいる。よかったらあとで寄ってやってくれ。カイルはどっかに行ったっきり名前も聞かん」

「死んでるかしらね」

「たぶんな」


 

 サムライ捜索隊は、二つのグループに分けられた。一つは迷宮を巡回して、埋められた死体を見つけ、回収もしくは浄化するグループ。もう一つは、サムライを探し、見つけ次第交戦、そののちに捕獲するグループ。それぞれ三パーティずつ、合計六パーティが組まれた。

 捕獲グループには経験豊富な熟練の冒険者が編成され、まだまだ駆け出しのタロスやサラは当然ながら巡回グループに入れられた。


「死体の回収側だからといって安全とは限らん。死体がアンデッド化していれば当然戦闘になる。気を抜くなよ!」


 タロスとサラの所属するリーダーが迷宮の門の前で喝を入れる。リーダーは先日埋められた死体を浄化した探索隊の隊長でもあった。回収側の各パーティのリーダーを務めるのは、教会に所属する死体探索隊の隊員達だ。死体の回収にあたって細かい指示を出し、また、既にアンデッド化してしまった死体に対しては浄化を行う。

 リーダーの出発の号令と共に、タロス達のパーティも迷宮に入っていった。白いサーコートの厳めしい集団が次々迷宮に降りていくのを、他の冒険者が興味津々な目つきで見ていた。これで噂のサムライとやらが捕まるぞ、と。


「ディグの仇だ、待ってろよサムライ」


 迷宮の門を潜りながら、タロスはぽつりと呟いた。サムライの最初の被害者は俺の仲間だ。なら俺がサムライを捕らえて事件に蹴りをつけたい。

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