『AH-project』

AH-project #1 「平凡平日」

「おーいヒラダ。ちょっと来てくれぇ。」

またアイツに呼ばれた。

俺は渋々、ハゲ課長の元へ向かう。


「…何でしょうか?」

「俺忙しいから。

この書類、明日の9時までにやってくれないか?」


この状況下に拒否権など存在しない事はずうずう承知している。

「…わかりました。」

典型的でシンプルなパワハラ課長。

そんな事はわかっている。


いつの間にか、こんな立場になってしまっていた。



そんなレッテルが課長、そして俺の中に出来上がっていた。


「ありがとな、ツンツン」


子供の時からいじられる自分の癖毛。

昔はこの事で友達と沢山笑えてた。

でも今はクソも面白くない。

むしろウザかった。


自分の席に戻るとため息が出てくる。

"ため息と一緒に幸福も出ていく"

と聞くけど、今はため息でも出しとかなきゃやってられない。


「…また課長か?」


隣の尾崎オザキが作業の手を止めてこちらを心配そうな顔で見てきた。


「またアイツ。仕事俺に押し付けやがった」

「今日中に終わりそうか?」

「…まぁ頑張るよ。」

「ちょっと待ってろ、すぐこっちの片付けてそっち手伝うから」

「…本当にありがとう。今度おごるよ」

「高いもん頼んだろ」


俺がここでやっていけてるのはオザキの存在が大きい。

オザキというのは茶髪天然パーマの同期。

童顔でヒョロ長という見た目。

要領が良く、人当たりも良いという、良い男だ。

課長にいじめられてる俺を心配してくれる。

そんなオザキという味方の存在はいつも偉大だ。


「…やっぱり課長の事、上に報告した方がいいんじゃないか?」

「大丈夫だよ。俺はもう慣れてそんな辛いとも思わなくなったし。」

「本当?」

「ホントホント。大丈夫大丈夫。」

そう誤魔化して仕事に戻った。


この会社は"絶対定時 残業断固拒否"をスローガンとしていて、それはどんな時でも全社員に該当する。

さすがの課長もここは破らない。

その上での、自分の分+課長から来た大量の仕事。

これを一日で全部片付けるのは、目に見えて不可能だった。


そして時計は業務終了の時刻を指さした。

オザキにも少し手伝って貰ったが、全部は終わらなかった。

善人オザキは

「俺もその仕事持ち帰ってやる」

と言ってきたが流石に申し訳なさ過ぎる。

この残った仕事は、俺が家に持ち帰ってやることにした。


今日もこんな感じで終わっていく。


会社から駅までの間はいつも嫌な事しか考えられない。


自分のやっている事は一体誰の為なのか?

なんで課長は俺に当たってくるのか?

とか


心の中で自問自答しても

「社会なんてクソくらえだ!!」

的な結論しか出てこない。

そういう曖昧な回答しか出せない自分も、かっこ悪いと思ってしまう。

自分でも分かる、めんどくさい男だと。


そんな事を考えていても、ヒラダの体は帰路を順調に進む。


駅に着き、改札を通り、いつもの車両の、いつものシートに座った。


ポケットからスマホを取り出して、ニュースを読もうとした。

だが仕事でブルーライトを浴び続け酷使した目ん玉は、画面からの光を不愉快に感じさせた。

精神的にも身体的にも疲弊していた。


目を瞑り、鼻筋を引っ張って疲れを和らげた。

そしてゆっくりと瞼を開け、上を見上る。

するとヒラダの目は止まった。


自分の前に立っている女性と目があった。

セーラー服を着ている所を見るに女子高校生だろうか。

その女子高生は凛とした目で、じっと俺のことを見てくる。

そしてヒラダと目が合った後も目を逸らすことはなく、ずっと見つめてきた。

ビビったヒラダはすぐに目をスマホへと逸らす。

電源の入っていないスマホの暗い画面を見つめながら今の状況を整理しようとする。


(なんでこの子ずっと俺の方見てくるんだよ…!)

もちろん、この子と接点なんてものは無い。


(多分、まだ俺の事見つめてる…)

一度意識してしまうと視線を感じずにはいられなかった。


(もしかしてなにか変な物でも体に付いてる?)

自身の体を触ってチェックしたが、そんなことは無かった。


(…何やってんだ俺。)

と思い恥ずかしくなるだけだった。


そんなこんなしてる間に、目的の駅に着いた。

結局なんで見つめてきたにかは不明だ。


下車をすると、人の流れにヒラダは飲まれ、人で満ちた駅に沈んでいった。


さっきまで"見つめてくる女子高生"で頭を悩ましたが、

息苦しいほどの混雑具合はそんな些細なことすぐに忘れさせた。


駅を出て帰路につく。

最初はまあまあの人がヒラダの周りにいた。

だが家に近づくにつれ、それは散りぢりになっていく。

そして自宅であるマンションが目と鼻の先になった時には、自分一人なる。

これが普段の流れだ。


しかし今回は齟齬そごが発生した。


「あのすいません!」


後ろから声をかけられ、ヒラダは反射的に振り返った。


そこに居たのはさっきの女子高生だった。

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