第31話 王への懇願(2)

「王弟一家を処分したところで、彼が復讐心など抱こうはずもないと、お分かり頂けましたか?ディウラートは密告者である点から、この事件に関与したとは考えにくいと思われます」

わたしは、静かにそう口にした。

降り積もった雪が全ての音を吸い取り奪うかのように、芯から凍えそうに冷たい静寂が、この場を包む。

「まさか、我が子にこの様な仕打ちをするとは……信じられぬ」

静けさを破ったのは、お父様の掠れた声だった。

「もっと早くに、事件の起こる前に知っていれば……保護することも容易かったはずだ。これは、私の責任だ」

沈痛なその顔は、子を持つ一人の父親のそれだった。

「ええ。王家の保護で、虐待から逃れさせることもできたでしょう」

宰相の言葉に、皆が視線を落とす。

「しかし、もう遅い。密告者として尽力したため、死刑は逃れられよう。けれど王弟一家である以上、王家での彼の保護は不可能だ。そうするだけの価値が、意義がない」

「陛下の仰る通りですわ。わたくしとて、本当は救ってあげたい。けれど、わたくしたちはヴィデーンの姓を持つ者。この国の統治者であり、守護者です。私情を挟んではならないのです」

お母様が哀れむような苦しげな面持ちで、諭すようにそう言った。

同情を込めた視線がわたしに注がれ、わたしを介してディウラートに注がれた。

それは、わかっている。だからこそ、用意してきた物があるのだ。

「私情を挟むつもりはありません。王家が保護するに値する価値が彼にあると、わたくしは証明できます」

力を込めてわたしは訴えた。

お父様が、はっとしたようにこちらを見る。

王としての判断を下したお父様だけれど、本当は虐待を受ける子供を見放せるような人ではない。

わたしの発言に、希望を見いだしたようだった。

「それは、本当か?」

お父様だけではない。皆も期待をするようにわたしに注目する。

「本当です」

わたしは自信を持って頷き、エマとリュークに指示を出して資料を配った。

「まず、一番上にある資料をご覧下さい。ディウラートがこれまでに読んできた学術書や魔術書の一覧です。その次にある資料は、わたくしが彼に課した課題と、その答案でございます」

わたしは、勉強を教えはじめた頃に彼の学力を把握するために用意させた読書記録と、学院に居る間に定期的に出していた彼への課題を示した。

「ディウラートは、とても優秀な若者です。彼の学力はすでに、魔術学院最高学年のそれを越えていますから」

配布した資料に目を通していた皆が、次々に驚いた様子で目を見張っていく。

「おお!最も難解とされるテュコ・バーリの理論に対し、これほど優秀な解答をするとは!高等魔法の自然への反発と影響の定理についての解答は目を見張ります」

「サムエル・タウベの戦術的魔法術の応用についても、素晴らしい解答です……!」

宰相と騎士団長は、興奮しきって資料をくいいるように見た。

お父様とお母様も、それに同調するように頷きあって言葉を交わす。

「それに、魔力量も豊富です」

リュークから箱を受け取ったわたしは、その蓋をそっと外し、中を見易いように掲げる。

そこには、漆黒の魔法石が輝いていた。

「それは……?」

お父様が問う。

わたしは深く呼吸をして、心を落ち着ける。

「これは、ディウラートの染めた星重ねの魔法石の原石です。混じりけのない、美しい漆黒でしょう?」

星重ねの魔法石は、持ち主の魔力量によってその色を変える。

混じりけのない漆黒は、魔力量の豊富な王族であっても、なかなか染める事ができない色だ。

全員が、得体の知れない物を見るように硬直して、星重ねの魔法石を凝視している。

「何を言うのです。今この国には、陛下と貴女以外に漆黒に染められるだけの魔力を持った者はいないわ」

お母様がかぶりを振って言う。

確かにそう言われてきた。けれど、違ったのだ。

「お父様。お父様とわたくしの星重ねの魔法石を使い、わたくしたち以外に漆黒に染められる人物が居ることを証明したく思います」

お父様は戸惑う様子を見せながら、わたしを手招いた。

一度誰かの魔力に染まった魔法石は、他人の染めた魔法石と反発しあう。

つまり、わたしとお父様の魔法石がディウラートの魔法石と反発しあえば、わたしたち親子以外に漆黒に染められる人物が居ると証明することになるのだ。

「失礼致します」

お父様の側に寄ったわたしを囲うように、皆も此方に近付いて来る。

お父様とわたしは自分の魔法石を用意し、まずはお父様がそっと魔法石を近付けた。

キィィン――。

金属音のような高音が小さく響き、お父様の魔法石とディウラートの魔法石が反発しあう。

続いてわたしも、お父様と同じように魔法石同士を近付ける。

キィン――。

またもや反発しあう音が響き、おぉ、と感嘆の声がどこからか漏れる。

「ご覧の通り、この星重ねの魔法石はディウラートが豊富な魔力を持っているという証拠です」

わたしの主張に、皆が納得した様子を見せた。

概ね予想通りに事が進んでいることに胸を撫で下ろしつつ、わたしは問た。

「ディウラートの優秀さは、ご理解頂けましたか?彼は、失われてよい存在ではありません」

順に、目を合わせていく。語りかけるように、説くように。

「……それからもう一つ。わたくしが、彼を保護するべきだと感じた事柄がございます」

ざわりと、小さな波紋が広がる。

リュークとエマは、心なしか緊張した面持ちで目配せし合う。

「こちらは、ノーラ・ヒュニネン教師からの書状です。ご覧下さい」

書状を受け取ったお父様は、文章を読み進めるごとにじわじわと表情を変えて行った。

「……少し時間をくれ。内容を、上手く理解できぬ」

目を泳がせながらぽつりと呟くその姿は、どう見ても異常だった。

ノーラ先生の書状に書かれている内容を簡潔に言うとこうだ。

『様々な証拠を元に、研究者としてディウラートをハーフ(アールヴと人間の混血)と認める』

わたしに刻まれたアールヴの印。トゥーラ・ハーツェ女史の手記。その他の、様々な事柄を元に、ノーラ先生はそう結論付けたそうだ。

数日前、何かの役にたてばと、わざわざ王城に届けてくれていたのだ。

書状には、その結論至った経緯を事細かに書いた資料も添えられている。

かつてこの国から失われたとされていた、神聖な妖精・アールヴ。

その生き残りが居た。

ディウラートこそが、アールヴであった。

そう証言する、証明する、確固たる物証だった。

どくどくと、激しく心臓が拍動する。お父様の瞬きひとつで、息が止まりそうに緊張していた。

お父様は、どう結論を出すだろうか?

アールヴは伝説の妖精だ。千年も昔の言い伝えなのだ。

十二分に、突っぱねれる可能性がある。

けれどどうか、ディウラートを助けて。

ディウラートが人でも妖精でも、ハーフでも構わない。

彼が苦しみから逃れ、幸せを手に入れられるなら、それでいい。

そう思い、この書状をこの場で示す決意をしたのだ。

お父様が、ゆっくりと顔を上げた。

ばちりと目が合い、息が止まる。

まるで時が止まったように、しばらくの間互いに目を逸らせないでいた。

「事実とは、思えぬ……。しかし、ノーラ教師は研究者としても優れた人物。結論に至る経緯も、納得するものがある。けれどこれは……」

お父様は深く唸り、背もたれに背を預けて瞑目した。

お父様が思考に身を沈める間に、皆も書状に目を通していく。

反応はそれぞれだった。

声を上げて驚きを露にする者。こめかみを押さえて顔をしかめる者。力なく深いため息をつく者。

「アールヴの血を引く彼は、王家で保護すべき人物のはずです!彼はもう十分に苦しみました。皆様もご覧になったはずです。どうか、どうかディウラートをお救い下さい……!」

わたしは、必死に懇願した。

彼がこれ以上苦しむ姿は見たくない。もう十分だ。刑に処す必要など、無いではないか。

わたしは膝をつき、幾度となく言葉を重ねる。

できることは、全てした。

後は、どのような判断が下るかだ。

「其方の主張はよく理解した」

「では、ディウラートは……」

期待を込めて聞けば、お父様は眉間に皺を寄せた。

「密告者として尽力した点。虐待を受けており、一族の復讐のために反旗を翻すとは考え難い点。魔力が多く優秀で、才能ある若者である点。これらにおいては、私も納得した。できれば、ディウラートを刑に処すことなく王家で保護したいとも……一個人としては考える。しかし、無理なのだ」

「何故ですか!?」

愕然とするわたしに、お父様の補足をする形で、宰相が説明をしてくれた。

「ディウラート様がどのような方であろうと、大多数の貴族達は彼の王家での保護を認めないでしょう。何故なら彼は、犯罪者一族の者だからです。これまで、犯罪者一族は平等に皆処罰を受けてきました。だからこそ、不平不満は出なかった。けれど例外が生じればどうです?直接王家への不信感となってかえってくるでしょう。そして、伝説の妖精であるアールヴの血を引くという点もまた、問題です。それが本当であるなら、人智を越えた力で、我々人間に危害を加える可能性も考えられます。妖精信仰の形が崩れる可能性も危惧されますし……」

目の前が、真っ暗になった。

ぐわんぐわんと、反響するように宰相の言葉が頭の中に何度も響く。酷く頭が痛み、わたしは膝を折った。

「王女様……」

手を貸してくれようとする騎士団長にかぶりを振って、きつく唇を噛んだ。

彼を救うために収集し示した情報だった。それが、今では彼の保護を妨げる障害になってしまっている。

それが悔しくて、情けなくて、涙が止まらなかった。

死刑は逃れられたけれど、彼に待っているのは今よりも酷いであろう、流刑地での厳しい生活。

頭ではわかっている。宰相の言うことは正しいし、この場に居る皆も子供の不運を望んでいる訳ではない。

ただ、仕方のないことなのだ。

けれど、それを認めることはできない。

よろよろと立ち上がるわたしに、たまらないというようにお母様が駆け寄って支えて下さった。

「……お母様。わたくし、わたくしは……どうすればよいのです?」

優しく抱き寄せられ、お母様の鼓動と体温にそっと包まれる。

せきを切ったようにどっと涙が溢れだし、いよいよ止まらなくなった。

泣きじゃくるわたしの頭を、お母様がゆっくりと撫でた。

「ディウラートが、犯罪者一族の者で無くなればよいのですけれど……ねぇ、マリエラ?そうなれば、貴族からの反発も抑えられるわ」

「え?」

「そして、アールヴの血を引こうと、危険でない事を示さなければならないわ。できるわね?」

小さな声で囁かれるお母様の言葉に、わたしははっとした。

お母様は、わたしの味方で居てくれるのだ。

その事実が嬉しかった。そして徐々に、泣いている場合ではないと思えてきた。

必死に考える。どうすればそうできるのかを。

「養子……」

呟いたわたしに、お母様が僅かに頷く。

「もう、大丈夫ね?」

お母様の問いに、わたしは大きく頷いて涙を拭った。

背中を押され、わたしは意を決して前へ進み出る。

怖い。本当に、今出した答えで合っているのか。

けれど、やるしかないのだ。

涙で声は震えるけれど、もう心は揺らがない。

「皆様、わたくしに提案があります。これで、宰相の示して下さった問題点を全て解決できるはずです」

わたしは、自分の考えを話した。

自分でも大胆だとは思うが、他に考え付かなかったのだ。

お父様、宰相、騎士団長がわたしの話をじっと聞き、何を見出だしたように表情を変えていった。

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