第29話 王女の涙と決意(2)
わたしはまず、お父様からの命でもあるセルバーとの婚約について話し合うため、セルバーが療養している部屋へと足を運んだ。
「セルバー、体調はいかが?容態が落ち着いたと聞き、お見舞いに参りました」
「ええ、お陰さまで随分と回復致しました。王女様も、体調が不安定で寝込んでいらっしゃると伺いましたが、その後いかがお過ごしでしたか?」
「一時的に体調を崩したに過ぎません。今は大丈夫ですわ」
寝台の上で上半身を起こしているセルバーの側に座り、形式的な言葉を交わす。
回復していると聞いていたが、まだ上半身を起こして会話するのが精一杯の様だった。頬に残る傷痕や、身体中を覆う包帯が痛々しい。
それでも、穏やかな微笑みは普段のそれで、わたしは心の中で安堵のため息をついた。
「こちらへいらっしゃった理由は存じております。側近たちを下がらせてお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
セルバーが、そう言って首を傾いだ。
こちらとしても、その方が何かと都合がいい。わたしは頷いて命じ、部屋の中は二人きりとなった。
「婚約の話だね、マリエラ?」
「はい」
わたしが頷くと、セルバーは砕けた様子で笑う。
「そんなに固くならないで、気軽に話そう」
わたしは少し肩の力を抜いて、改めてセルバーと向き合った。
セルバーはにこりと笑って、けれど何処までも真摯な瞳を向けてくる。
「マリエラ。改めて、あの夜会でしたのと同じ質問をしよう。私との婚約は、君の望むものへの妨げとならないかい?」
わたしは、唇をきゅっと引き結んだ。
「わたくしには、大切に想う方がおります。ですから……セルバー兄様とは婚約をしたくありません」
情けなく震えたわたしの声に、セルバーは穏やかに微笑んだ。まるでわたしを、勇気付けるように。
わたしは一呼吸を置いて、けれど、と続けた。
「わたくしはきっと、その方と結ばれることはないでしょう。……セルバー兄様。他の誰かを想いながら貴方と婚約を結ぶわたくしを、どうか受け入れて下さいませ」
膝をつき、わたしはセルバーに頭を下げた。少しだけ、身を固くしてセルバーの言葉を待つ。
最低なことを言っている自覚はある。いくら優しいセルバーでも、怒るに決まっている。
けれどわたしは、ディウラートのことが、どうしようもなく好きなのだ。
わたしはこれから、彼を救うために動く。結果が、どうなるにせよ。
けれどそれは、賭けに近い。
少なくとも、彼が何の罪にも問われない確率は恐ろしく低いのだ。その上、罪に問われなかったとして、ディウラートがわたしを受け入れてくれる可能性も、周りがわたしたちの婚約を認める可能性も未知数。
わたしがディウラートと婚約を結ぶのは、ほぼ不可能だ。
けれどそうなると、セルバーと婚約することになるだろう。
当事者であるわたしたちがどう思うにせよ、周りはそうなることを望むだろうから。
そんなセルバーに、彼を想う気持いを打ち明けないままで居るのは、どうにも不誠実な気がしたのだ。
だから、伝えようと決心した。
どんな刺のある言葉でも、受ける覚悟がある。
けれどセルバーは、そんなわたしの予想に反し、柔らかな声をかけてきた。
「そんな風に謝らないで、椅子にかけて。大丈夫。こうなる事は予想していたんだ」
セルバーは申し訳なさそうに椅子をすすめて、そう言った。
「けれど、本当にいいのかい?私と婚約をして。マリエラ、君は、もっと我が儘になってもいいんじゃないかな?他の事を考えなくてもいいんだ。共に在りたいと思う人物を、素直に選んでもいいんだよ。無理に私と婚約せず、最後の最後までもがいてごらんよ」
あまりの予想外に動揺している中、優しい声音が鋭く胸を刺す。
ただ、ディウラートに生きていて欲しい。共に居られずとも、彼に平穏が訪れたなら、それでいい。
そう思う心に嘘はないけれど、何処かではやはり、共に在りたいと思っている自分が居た。
「……セルバー兄様」
「実はね、気が付いていたんだよ。学院が始まる前、まだこちらに居た頃。マリエラが十日に一度、王城の外に出掛けていること」
思いがけないことを言われ、わたしは固まった。セルバーは更に言葉を重ねる。
「それから、近衛騎士団長から聞いた話でピンと来てね。君は謁見の際、王弟殿下の末子である、ディウラート様の処刑決定を聞いて倒れたんだってね?つまり、ディウラート様の処刑に衝撃を受けた訳だ」
血の気が引いていくのを感じながら、わたしはセルバーの話を聞いた。何て察しがよく、頭の回転が速いのだろう。
「君の想い人。十日に一度の外出。ディウラート様の処刑。何となく、察しはつくよね?何なら、私への襲撃を君に密告したのも、彼ではないかと思うんだ。ディウラート様は王弟の子であり、君と関係が深いとすれば、辻褄が合うどころか自然な成り行きだから。まあ、ただの予想だけれど。君の側近に鎌をかけて聞き出そうとしたりしたけれど、流石、そんな素振りを一切見せなかったよ。マリエラ本人の方が、よっぽど分かりやすいね」
声を上げて笑いながら、セルバーはそう言った。
生まれて初めて、この人を恐ろしいと思ったかも知れない。否、元から恐ろしいほど頭のいい人ではあったのだけれど。
わたしは、怒濤の攻めに頭がついてこずに焦る。
「セルバー兄様……あの、えぇっと」
しどろもどろになるわたしに、セルバーは慌てて言った。
「ああ、違うんだ。ただ私は、君に協力をしたいと思ったんだ。襲撃の時、私は君を守れなかった。だから今回は、力を貸したいんだ。それくらいさせて欲しい。私の予想は、当たっているかい?」
「……はい」
わたしは、こくりと頷いた。
セルバーが味方なら、更にディウラートを救える可能性が上がるかもしれないと思ったのだ。それに何より、セルバーは信用できる人物だ。今も、真剣な表情で協力を申し出てくれている。
「そうか……。それなら、急がないとね。処刑日まで日がない。君のことだから、助けようとしているんだろう?私も最善を尽くそう」
勇気付けるように伸べられた手に、わたしは涙をぐっと堪えて応えた。
きっと、ディウラートは大丈夫だ。
セルバーも協力してくれるのだ、何も心配いらない。
わたしはそう自分に言い聞かせ、セルバーの手をぎゅっと握った。
「ええ。……ですが、良いのですか?こんなことをしても、セルバー兄様に利はありませんし」
「そうだね。けれど、マリエラが傷付くのは不本意だし、兄としては、妹の恋を応援したい気持ちがあったんだ。それに、君が庇おうとしているのだから、ディウラート様のお人柄も想像に容易い」
そこまで言うと、セルバーは口角をにやりと上げて言った。
「それに私は、王弟一家をきちんと裁きたいんだ。散々、酷いことをされてきたからね。それに、君に加担したとして、私には何の不利益もないんだ。ディウラート様を救えれば万々歳。もし君との婚約が破綻したとして、私と君の婚約は今現在、公にはただの噂でしかないから、改めて否定し直せばいいだけだし」
セルバーの達観した洞察力と思いやりに、改めて感心した。
その後、一旦婚約の話は後回しにすることが決まった。ディウラートについての細かい話をすると、セルバーは王弟一家への怒りを爆発させ、よりディウラート救出へ意欲的になってくれた。
しばらくの間、ディウラート救出作戦を練る。
「ときに、占いを使うのはどうだろう?」
セルバーが突然言い出し、わたしは首を捻る。
「占い、ですか?」
「ああ。実は、陛下から占いの腕をかわれ、宮廷占師にならないかと、直接お声がけ頂いているんだ。この国において、占いは重要視されることが多い。そして、私は国内屈指の占師だ。何、嘘は言わないさ。ほんの少し、こちらに有利な占いをするだけで」
セルバーは、にこにこと楽しげに言った。
何だか、この短時間でセルバーの印象が大きく変わってしまった気がする。純粋で嘘をつけない誠実な兄のイメージが、わたしの中で少しだけ変化した。
けれど、彼が頼もしい兄であることに変わりはない。
こうしてわたしは、協力者を増やしてディウラート救出作戦へ挑むことになったのだった。
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