第21話 学院生活

目覚めてすぐ、わたしは首を傾げた。

やや時間をあけて、ようやく魔術学院に居ることを思い出す。

朝の支度を整え、わたしは寮の広間へ向かう。

部屋で食べるより広間で食べる生徒の方が多いため、そちらに顔を出しておきたい。

王女として王領地寮の生徒をまとめ、彼らの様子をみることもわたしの仕事だった。

「おはようございます、皆様。今日から講義がはじまりますね。入学生はまだ不馴れかと存じますが、上級生と共にお勉強を頑張って下さいませ」

激励の言葉をかけると、広間にいる全生徒が真剣な面持ちで耳を傾けてくれる。

なかなか顔を合わせる機会のない下流貴族たちの中には、緊張で固まっている生徒もいた。

「さあ、食事の続きをなさって下さいね」

わたしが促すと、生徒たちはそれぞれの食事へ戻っていった。

そしてすぐに、ブローシスたちが周りへと集まってくる。学院では、ブローシスと食事を取ることが多い。


朝食が終われば、講義の時間だ。

「テレーシア。午前に魔法印適応術式学の講義がありましたね?」

「はい。受講なさいますよね?」

勿論だと頷けば、リオルが手元の予定表を見ながら言う。

「でしたら、午前の護衛騎士は私、文官はテレーシアですね。クリスタ、アデラ、午後は頼めるか?」

「ええ」

「大丈夫です」

「あ、午後は後半から講義がない。私も遅れて合流するよ」

「わかりましたわ、ラーシェ」

ブローシスたちが手早く予定をたてていくのを、いつものように聞く。

この五人は、その優秀さをかい、わたしが自ら口説いてブローシスに加えた精鋭たちだ。

その仕事ぶりは、見ていて飽きない。

ブローシスは、最低二人は常に主につく形になる。

そのため不備がないように、数日の間に全く同じ講義が複数回行われ、勉学に支障がないよう工夫されている。

今日は誰が側に付くのか、わたしもしっかりと把握しておく。

「統制コースの科目は、必修科目以外、四年分全ての科目を学習しおえてしまいましたからね。今年は、文官コースや騎士コースの講義を多く取ろうと思っているのです」

わたしが意気込んで言うと、ブローシスたちは可笑しそうに笑った。

「マリエラ様の優秀さには、頭がさがりますね。さすが、わたくしたちの主です」

「本当に。領主一族や王族の集まる統制コースではそうそう珍しい話でもありません。それでも、一年時に最終学年までとなると、聞いたことがありませんからね」

クリスタとテレーシアが、しきりにわたしを褒めながら話している。

魔術学院では必修科目以外、自分の学年やコースに関わらず、様々な講義を自由に受けることができる。

わたしの場合、他のコースの科目に興味があり、学院貯蔵の貴重な魔術書を読み漁る時間も欲しかったため、入学前に詰め込み学習をした。

そのお陰か、気付けば一年時で統制コース四年分を学習し終えていたのだが、確かにこれは異例かもしれなかった。

けれど、一番重要である必修科目は自由に講義を受けることが禁止されているので、全てを学び終えた訳ではない。

統制コースの講義は所属生徒以外立ち入り禁止だが、騎士や文官のコースは、他コース他学年の立ち入りが自由だ。

今日も早速、文官コースの科目である魔法印適応術式学の講義を受けに行く。

クリスタ、ラーシェ、アデラと別れたわたしたちは、講義室へ向かう。

「リオルは、この講義を受けるのですか?」

テレーシアはもともと文官なので、わたしと共にこの講義を受けると聞いている。

幾つか文官コースの科目も取っているリオルは、どうするのだろうか?

「まさか。私は護衛に徹していようと思っております。座学が苦手で騎士になったのですから」

「自分の至らぬ点を理解しているのなら、克服する努力をすればよいでしょう?」

わざとらしく嫌そうな顔をしておどけてみせるリオルに、テレーシアが厳しい突っ込みを入れる。

苦手といいつつ座学も優秀なのだから、この講義も受ければいいのに。

結局リオルは側に控えているだけと決まり、わたしはテレーシアと共に席につく。

座席は指定されていないので、皆自由に友人などと隣り合っている。

間もなくして、黒衣を身に纏った一人の女性が姿を現した。

この講義の担当教諭で、魔法印適応術式学教諭のノーラ・ヒュニネン先生だ。

彼女は、魔法印やより規模の大きい魔法陣を専門として研究している研究者でもある。

たまたま彼女の講義を取ったことがきっかけで、一年生の時から個人的に交流を持つようになった先生だ。

ノーラ先生は、研究室として使っている自分の教員部屋にわたしを招き、様々なことを教えてくれる。

ノーラ先生が講義をはじめ、わたしは自らの手の甲をちらりと一瞥して、再び先生を見る。

ノーラ先生ならきっと。

はやる思いを抑え、講義終了を心待ちにペンを走らせた。


「ノーラ先生。少々お時間よろしいでしょうか?」

講義終了後、わたしはテレーシアとリオルと共にノーラ先生のもとへ向かった。

「あら、マリエラ様。勿論いいですよ。お話が長いようでしたら、わたくしの研究室でお茶でもいかが?」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

ノーラ先生が、トレードマークの黒衣を翻して軽やかな足取りで研究室へ向かう。

先生曰く、難解さを極める魔法印の研究を嬉々として手伝っているわたしは、貴重な存在なのだとか。

お陰でとても可愛がってもらっている。

「二人だけでお話できますか?ノーラ先生にのみ、お話を聞いて欲しいのです」

研究室に着き、わたしはそう切り出した。

ノーラ先生は勿論、テレーシアやリオルも驚いている。

「わたくしは構いませんが」

ちら、と後ろに控える二人を見てノーラ先生が言った。わたしは振り返って言う。

「テレーシア、リオル。少し席を外していただけますか?」

「承知致しました。お話が終われば、すぐにわたくしたちをお呼び下さい」

「扉の前は私が守っておりますので、どうかご安心下さい」

訝しんでいた二人だったが、快くこたえてくれた。

人払いをするということは、それだけ話の内容が重大であるということ。

わたしの意を汲み、二人はすぐに下がっていった。

「それで、どういたしましたか?」

二人きりになったことを確認し、ノーラ先生が聞いてくる。

わたしは、他言無用であるこのを言い置いて、意を決して口を開いた。

「実はわたくし、ある魔法印について調べているのです。その印を見たとき、何処かで見たことがあるような気がして。きっと昔読んだ魔術書に載っていたのだと思うのですが、見つからないのです」

「なるほど。それで、魔法印の研究者であるわたくしを頼ってこられたのですね?けれどそれなら、ブローシスをさげさせなくとも、良かったのではありませんか?」

首を傾いで扉の方に視線を投げたノーラ先生に、わたしは眉を下げる。

「もし、万が一にでもわたくしの予想が当たっていたのなら、その印については、広く口外すべきではないと判断いたしました。いくらブローシスといえど、話せる内容ではないのです」

わたしの言葉に、それまで穏やかだったノーラ先生の表情が固くなる。

吸い込まれそうな濃い色合の瞳が、真摯にわたしを見つめた。

「それは、どういう意味でしょうか?まさか、禁忌とされている印を見つけてしまったと?」

わたしは慌てて首を振る。

「いいえ、まさか。そうではないのです。ただ、それに劣らぬほど、重大なものかもしれないのです」

慎重に言葉を選びながら伝えると、ノーラ先生はひとつ頷いて、印を見せるよう促した。

一気に緊張が高まり、肌が粟立つ。

もしも、光の印が本当にあの印なら、ディウラートは……。

大きく深呼吸し、ノーラ先生に見やすいよう、手の甲を机の上に差し出す。

あの時から、自分の魔力をこめるだけでも、印は浮かぶようになっている。

魔力をこめていくと、手は光を帯び、やがてあの光の印を浮かび上がらせる。

「っ!これはっ……」

ノーラ先生が目を見開いて、わたしの手を凝視した。

あまりの気迫に思わず引こうとした手を、ノーラ先生は引き留めてまじまじと観察する。

「マリエラ様。なぜそのような物がマリエラ様のお手に?きっかけとなるような事柄があったのではありませんか?よければ、お聞かせ願いたいのですけれど」

わたしはそう問われ、逡巡してから口を開いた。

大丈夫、ノーラ先生は信用できる人物だ。話しても問題ない。

「誰とは言えませんが、ある少年の歌を聞いていて、この印が浮かんできたのです。その少年の一族に受け継がれている歌らしく、彼の手にも同じ印が浮かびました。けれど、彼はこの印について、何も知らなかったのです。ですから、調べていたのですけれど」

ノーラ先生はなにか思うところがあったらしく、「歌ですか……」と呟いてなにやら考え込んでいる様子だった。

「何か、お心当たりがおありなのですか?」

「そうですね……。もしもマリエラ様がわたくしと同じ予想をしているのなら、他言無用であることも頷けますわ」

そう言うノーラ先生の表情は、どこか固い。

「マリエラ様は、この印を何だとお思いになったのですか?人払いをするくらいです。この印の正体にお気付きでしょう?」

不意に問いかけられ、わたしは少し躊躇う。

ここで口にしてしまえば、後戻りできないような気がしたのだ。それでも、言わなければ何も進まない。

わたしがおずおずと口にした予想に、ノーラ先生はひとつ頷く。

「ええ。わたくしも、その可能性が高いと存じます」

そのこたえに、わたしはやはりそうかとどこかで冷静に考えつつ、うるさく鼓動する胸元を手で押さえる。

魔法印の研究者の言葉のため信憑性は高いだろうが、心のどこかでそれを否定したい自分がいた。

「けれど、証拠もなしに決めつけてしまってはいけませんもの。どうしても、証拠が欲しいのです」

「そうですわね。わたくしたちの予想があっているとすれば、その事実は慎重に取り扱わねばなりません。その少年の存在が、大きく揺るぎなねませんから」

ディウラートの存在が、大きく揺るぎかねない。その言葉に、呼吸が止まる。

もしかするとこの印によって、ディウラートはさらに過酷な道を歩まなければならないかもしれない。

予想が外れていればいいのに、と心の中で独りごちる。間違いだったとわかる文献が、どこからか出てくればいい。

けれど対照的に、予想が当たっていればいいと思う自分もいた。

「学院の図書館に関連の文献があったはずですし、わたくしの蔵書の中にある可能性があります。証拠となる文献を探すお手伝いを、させていただけますか?」

ノーラ先生の申し出に、複雑な気持ちで頷く。リュークにも探させているし、三人がかりでなら必ず何か見つかるはずだ。

「はい。ぜひよろしくお願いします。ノーラ先生」

わたしは、深く頭を下げた。

予想があっているにしろいないにしろ、わたしは、ディウラートをあの離宮から救い出したいと思っている。

そして予想があっていたなら、ディウラートを救い出せる可能性が上がるかもしれないと、わたしはそう考えていた。

イルハルドへ対抗するために必要となる情報なのだ。

一刻も早くあの最悪の状況から彼を解放してあげたい。

焦る思いを笑顔の下に隠し、わたしはノーラ先生の研究室を後にした。

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