第2話 ビフォー・アフター

 方向性の違いという解散したバンドのような理由で両親が離婚したのは、小学校に上がる直前のことだった。

 引っ越しなんてしたくなかったのに諸事情から父方の祖母の家に移り住むことになり、泣く泣く引っ越しをしたのが転落の始まりだった。


 もともと超がつくほどおとなしい性格だったこともあり、新しい環境に一向に慣れないまま小学校生活はあっという間に終了した。


 そして中学二年のとき、とうとういじめのターゲットになってしまった。


 このころのことは死にたくなるので思い出したくない。けど忘れることもできないやっかいな記憶だ。


 心の異変に対し、まず身体が敏感に反応した。家の外に出ると呼吸が荒くなり、ひどいと過呼吸状態になってしまった。心理カウンセラーにもかかっていたが効果は感じられず、すっかり外出恐怖症になったわたしは、そこからひきこもり状態が続くようになった。


 お父さんやお祖母ちゃんは、無理に学校へ行く必要はないとして、わたしのひきこもり生活を容認している感じだ。でもそれはあくまで表面上で、本心では早く普通の生活に戻ってほしいと思っていることは会話の端々から伝わってきた。それが辛かった。


 当時のわたしの心の支えは、好きな女性アイドルグループの動画を観ることだった。


 きらびやかなステージに立つ彼女たちは、格好よくて、素敵で、輝いていて、今のわたしが持っていないすべてを持っていた。彼女たちを見ていると、わたしもいつかあんな風になりたいと思えたし、瑞季くんと交わした幼稚園のころの約束を思い出すこともできた。


 しかし、外出しない生活が長くなると、今度はアイドルの動画を意識的に避けるようになっていった。

 彼女たちの中には自分と同じ学年の子もいた。彼女たちのいる世界と自分の置かれた環境が違いすぎて、観ていると逆に絶望感を感じるようになってしまったのだ。


 その後のわたしは、オンラインゲームの世界に逃げ込むことでなんとか正気を保つことができたのだけれど、ひきこもり生活から抜け出すことはできず、そのまま中学校を卒業することとなってしまった。


 状況が大きく変わったのは高校一年生の秋を迎えた頃、ユウナさんからメイクの仕方をレクチャーされたことが転機だった。


「こんなに垢抜けるとは。我ながらびっくりだな」と撮影したメイク後のわたしの写真画像を見せられたときは、自分でも驚いたものだった。

 これはかなりいけているのでは? と思ったけど、ユウナさんに勘違い女と思われたくなかったから言葉には出さなかった。


 ビフォーとアフターの写真を見比べたら一目瞭然だった。

 メイクによって眉から目元にかけてと口元の印象が見違えるほど変わっていた。でもそれだけじゃない。メイクをすることによってわたしの表情自体も自信に満ちたものに変化し、総合的に垢抜けたイメージを持たせることなっていた。


 自分の新しい一面を発見してうれしくなったわたしは、家に帰ってからも自分の部屋でメイク後の画像を見ながら練習するようになり、ある程度メイクの仕方に慣れてきたら今度は外に出たいという気になってきたので、思い切って街中に行ってみたところ、驚いたことに気分が悪くなったり過呼吸になったりすることもなく歩けるようになっていた。


 たぶんメイクが本来の自分を隠す仮面のような役割をしているのではないかと、お父さんが言った。メイクをすることでわたしではない何者かに変身した気持ちになっているのだという。

 確かに、メイクをした後は本来の自分というよりかは、オンラインゲームの中の『カスミ』というキャラクターで街を歩くイメージに近い感じがする。


 外出できるようになったことを、お父さんもお祖母ちゃんもすごく喜んでくれた。


 ただ一度、メイクの練習中にかなり濃いメイクになったときにお祖母ちゃんから「スミちゃんがスケバンになってしまった」と心配されたことがあったが、今はもうそんな失敗はなくなり、自分らしいナチュラルメイクができるようになった。


 国の定義によると、仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、六ヶ月以上続けて自宅にひきこもっている状態のことを「ひきこもり」と呼ぶらしい。

 その定義に合わせたら、外出を続けているわたしはもう「ひきこもり」ではなくなっていた。

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