17.「女の子がデスメタルなんて」


 放課後の訪れ、いそいそと帰り支度を始めていた私……、城井奈緒の耳に、分量を間違えたココアの如く甘ったるい声が流れた。


「ナヲ~! さっき皆と話しててさ、たまには新宿まで行って買い物でもしない? 久しぶりに、カラオケも行きたいし――」


 言わずもがな、声の主は中学からの悪友、ヒカル。

 声をかけられた私はというと、何かをごまかすようにあさっての方向へ視線を逸らして――


「……あ~、え~っと、ですねぇ~……、今日は、予定がありまして、ですねぇ~……」


 煮え切らない私の態度に何かを察したヒカルが、はは~んと嫌らしい笑みを浮かべる。


「――あっ、ナヲ、そういや、またバンド始めたんだっけ、愛しのシン君と一緒に」

「……『愛しの』は余計だっつーの!」


 ――ちなみに、先日の新からの急な呼びつけが、愛の告白の類でなかったコトは彼女たちに報告済だ。ついでに新たちとバンドをやることになった事案も伝えると、ヒカルは何故だか嬉しそうに「よかったじゃん!」など宣っていた。……なんでだろ。


「……そっか、じゃあしばらくナヲとは遊べないのか~、寂しいな~」

「……っざーとらしいっつーの、その言い方」


 無駄に身体をくねらせるヒカルに心底辟易しながら、「それじゃあ」と漏らしてクルリと背を向ける。

 背後ろから、「ナヲ」と私の名前を呼ぶ声が首根っこを掴んで、


「ライブ、楽しみにしてるねっ」


 首だけで振り向くと、無邪気に笑うヒカルの顔が、中学のころ、化粧っ気のなかった彼女のソレとボンヤリ重なった。



 今更なんだという話かもしれないが、私、城井奈緒は極度のメタルヲタクである。……高校ではひた隠しにしているので、その事実を知っているのは新やヒカルくらいだけど。


 きっかけは両親。メタルの音源集めに人生を捧げている父親のDNAを受け継いだ私が、バンドに興味を示さないワケもなく、中学一年の時、初めて聴いたメタリカに雷を撃たれたような衝撃を覚えたその日から、私は重低音とツーバスの虜になった。


 新と仲が良くなったのも、メタルがきっかけ。最初はただのクラスメートで、お互い異性の友達は決して多い方ではなく、そんな二人の人生が交錯したのはとある中古のCDショップ。休日に一人でブラリ立ち寄ったその場所に、何やら見覚えのあるヤサ男が、やや緊張した様子で私に話しかけてきて――


「城井さんだよね、同じクラスの、……もしかして、メタル好きなの?」


 当時の私は、「女の子がデスメタルなんて……」、など恥じらう乙女の羞恥心をあいにく持ち合わせてはおらず、むしろマニアックな趣味について語り合える友達ができたことを心底喜んでいた。その日をきっかけに新と私は学校でもよく話す様になり、彼を家に招いて父の秘蔵のコレクション音源を二人で聴き漁るのが日課となった。


 私にドラムをやってみないかと提案したのも、何を隠そう新である。家族ぐるみで音楽に傾倒している新は、小学生の時からスタジオでよく兄弟とセッションを興じていたらしい。而して、家族の中でもメタル愛があるのは彼一人で……、メタルバンドのセッション相手を探していた所、白羽の矢が立ったのが私ってワケ。かくいう私も、自分がプレイヤーになるコトに興味を持っており、二つ返事で「いいよ」と言った。


 二人でスタジオにこもって、私たちは音を重ねていった。バンド初心者の私にいきなりBPM200越えのメタルなんか叩けるはずがなく、最初は簡単なパンクバンドのコピーから始めた。ドラムは私の性に合っていたらしい、無心で爆音を叩き鳴らしていると、なんだかすべてを忘れられて、なんともいえない高揚感が脳に溢れて……、気づけば私はドラムに夢中になっていた。


 ライブ演奏……、人前でドラムを叩いたことが一度だけあった。例のスタジオ『チューンラボ』のオーナー、新の親戚の伯父さんが開催したライブイベントに出演させてもらえる機会があったのだ。出番の直前、緊張の余りエヅキが止まらなかった私だったが、ひとたび演奏が始まってしまえば頭に駆け巡るアドレナリンを抑える方がむしろ大変だった。大勢の人の前で、開放感のある空間で、思いっきりドラムを叩き鳴らすのは快感以外の何物でもなかった。


 ……ああ、ドラムって、なんでこんなに楽しいんだろう、ずっと、続けていたい――

 この時の私は、強くそう思っていた。そう願っていた。……而して。


 とある日を境に、とある男のとある発言を皮切りに、私がドラムスティックを握るコトはなくなった。新との仲は疎遠になり、二人でスタジオにこもることもパタリとなくなり、

 そのまま、私たちは高校生になって――

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