16.「本物の、メタルってやつ」
すぐ傍から聴こえてきた雄たけびに私の肩がビクリと震え、
ギョッと目を向けると、ワナワナと身体を震わせている雷太くんの姿。
「……速さを極限まで追い求めたスラッシュビートのドラム、全身を震わすベースの重低音、耳がつんざかれるようなギターの歪音、それに……、聴いた奴の心を地の底に突き落とす、本物の『デス声』――」
クルリとこちらを振り向いた雷太くんが、私たち三人の顔を順繰りに見やる。
「……コレだよ、コレだったんだよ……、俺がやりたかった……、本物の、『メタル』ってやつ!」
大きなカブト虫を捕まえた時の小学生児童のように、雷太くんの目はキラキラと輝いていた。その表情には一切の陰りがなく、彼は心の底からワクワクしているように見えた。
「イケる。俺たち四人なら、今年の学祭……、サイコーにかっこいいライブ、絶対演れる……ッ!」
キョトンと。
幼子のような表情で、首を斜め四十五度に傾けたのは、今度は城井さんで――
「学祭のライブって……、何のコト?」
「あー……」
ポリポリと、新くんが罰の悪そうに頬をかいて、あさっての方向に目をやって。
「……いや、チャットで、話したいコトあるって言ってたじゃん。……その、ナヲが良かったらなんだけど――」
「シロイッ! ゴソーッ!」
雷太くんの大声はいつだって唐突だ。
彼の行動はいつだって突拍子がない。
四つん這いになって、地面に頭をこすりつけて、
ものの見事な土下座を披露した雷太くんの姿に、私たち三人の目が点になるのは必然で――
「改めて、頼む……、俺と一緒に……、メタルバンドを組んでくれッ!」
クワッと顔をあげた雷太くんの目は、鬼気迫ったようにギラギラと充血していた。
「ちょ……、やめてよ。ライタくん、そんなキャラじゃ、ないじゃん」
慌てて立ち上がった城井さんが、ドラムセットの脇を抜けて雷太くんに近づく。新くんもギョッと驚いた表情を見せて固まっている。雷太くんの行動が、普段の彼からすると信じられないような奇行だということは、二人の様子から容易に想像できた。
「頼む……、今年で、最後だから……、高校の学園祭で、一回でいいからメタル、演ってみたいんだよ……、だから――」
「……ったく、わかったわよ」
雷太くんの悲痛にも近いしゃがれ声を、
観念したような城井さんの声が包んで――
「……ホントに、いいの、ナヲ?」
「――ただし、ゴソーさんもやるなら、だけど」
「――えっ……?」
突然の指名。
彼女の視線と私の視線が、再び、交錯して――
「……いやさ、さっきみたいな台詞調のアドリブもいいけど、ちゃんとした歌のメロディで、さっきのデス声、四人で合わせたら、なんか、凄いコトになりそうだなって――」
額に浮かんだ汗はまだ乾ききっておらず、前髪がオデコに張り付いてる彼女の表情には一切の屈託がなかった。彼女の言葉にウソがないことは、誰の耳で聞いても明白だった。
「ゴソー……」
私以外の三人の視線が一点、
再び、私の顔に、向けられて――
「わ、私はッ――」
大嫌いな自分の声……、でも以前のように、喉が塞がれているような感覚はなかった。少しだけ力を込めると、外の世界に声を飛ばすコトができた。
たどたどしく、よちよち歩きの雛のように、
私は、自分の気持ちを、感じているコトを、
なんとしてでも、みんなに伝えたくて――
「私……、自分の声、嫌いで、今まで、ずっと黙って、人と、喋るコトから、逃げてて――」
ふいに、三人の顔を窺い見る。
滑稽な私を、笑うことなどしようともせず、
彼らは、真剣な表情で、私の声に耳を傾けてくれた。
「だからっ、だからっ、私の声が、必要とされるなんて、そんなコト、考えたコトもなくて――」
言わなきゃ。
そう思った。強く、そう思ったんだ。
……自分の気持ち、したいと思ってるコト。
……ちゃんと、伝えなきゃ、って――
「その、私……、やって……、みたい……、バンドの、ボーカル――」
いつ以来かな。
自分の心を手放しで、えいやっと、人に放り投げること。
受け入れてくれるかどうかも、わからないのに――
「ゴソーッ!?」
「……は、はいぃッ!?」
雷太くんの大声はいつだって唐突だ。
……彼の行動は、いつだって私を驚かせる。
無骨な両掌で、ガシッ――、と。
雷太くんが私の両肩を掴んで、私の全身がビクリと震えて。
鼻先十センチメートルの距離。
私の視界いっぱいに広がる雷太くんが、ニヤリと、ひまわりみたいな顔で笑う。
「ありがとよ……、後悔は、させねぇから!」
心臓をぐるぐる巻きにしていた細い糸が、徐々に、ほころんでいくような感覚。
――本当に、何年振りだろうか。
人前で、笑うことなんて、
人に対して、笑顔を向けるコトなんて――
「あと、さっきはスカートめくって、悪かったな」
「――ッ!?」
而して。
雷太くんが、そんな余計なヒトコトを言うもんだから、
「……バカッ! 死ねッ!」
条件反射で彼の頬を平手打ちしていた事案には、
私自身も驚愕を禁じていないワケで――
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