13
いや、そうでもなかった。
「まずはその教会から破壊して……ん? 吾輩の手は……」
死霊騎士が手を振り上げようとしたその時、鎧の腕が音を立てて地面に落下した。
「丁度焼却し切ったところです。死霊騎士とは言えやはり死体はよく燃えます」
これで知識が一つ増えた、と言わんばかりに賢者は頷いた。
「なっ……この高貴な吾輩をそこらの死体と同一視するとは何事!」
「まあ正確に言うと魔物は魔力なので生物の死体とは別物ですが」
「そういう問題ではないぞ!」
なにこれ死霊騎士が完全に賢者のペースに飲まれている。
「舐めた真似を、まあ腕などなくとも吾輩は足からも魔法が」
「あ、それならもう火の海になってる……」
「何だと、あ、吾輩の高貴な体が崩れて……っ」
作戦B決行直後に死霊騎士の足目掛けて火を放ったら想像以上に燃え上がったせいで、今私の目の前は火の海になっている。とにかく熱いので氷魔法でバリアを作っている状態だ。
「にしても酷い臭い。燃えて一層臭さが増してる気がするよ」
美女が鼻を押さえながら屋根の上で言った。
「これはまた服を洗うのが面倒そうですね」
「賢者君は良いよ男子だもん。女子は髪の毛長いから倍はめんどくさいって」
「お前らそれを言ってやるなよ……あいつあれでも体臭気にしてたんだぞ」
そうだったんだ。なんか皆で臭い臭い言ってたのが申し訳なくなってきた。
「勝手なことをペチャクチャと……戦うなら誠意を持たぬか」
「お前が言うな、説得力皆無だよアホ」
猫と死霊騎士って友達だったのかな。
「阿保とはよく言えたものだ。お前は吾輩より試験の結果も……って今は関係無いな。それよりそろそろ反撃させてもらうぞ。残念だが吾輩は顔からも魔法が」
「成程、つまり頭もやっちゃえばいいってことだねっ」
「な、んな馬鹿な。吾輩の頭は鉄球よりも硬」
言い終わる前に死霊騎士の頭部は吹っ飛んだ。顔からも魔法は流石にダサいのでは。ていうか猫友達居たじゃん。……いや今まさに倒す直前だけど。
「何と言うかその……緊張感ゼロのまま倒しちゃった感じがする。こんなことでいいのかな……」
広場の焦げあとには巨大な死霊騎士の胴体だけが残った。絶妙にグロい。
想像以上にあっけなく倒してしまった。もっと苦戦すると思っていた。ただ最後に足を燃やした時、訓練前だったらあの温度を出す前に魔力切れになっていたと思う。こうもあっけなかったのは訓練の成果なのだろう。
「胴体だけですがまだ生きてます。せっかくなのでこのまま宿に持って帰って今夜は実験に」
「やめろ! 宿主からクレームが来るっつの」
が、その胴体も猫が手で切り裂いた。その爪そんな破壊力あったのか。
いつの間にか空は明るくなっていた。風が寒くて風邪をひきそうだ。
朝の港町は海が輝いて綺麗なのにどうも素直に感動できない。
「猫、良かったの? せっかく生きてたのに……」
「あんな状態で生きてても仕方がないだろ。つーか何で俺があいつに同情するんだよ」
魔物の友情はシビアらしい。猫が森で魔物ではないただの猫の幻覚を見たのは、絶対に失わない友人が欲しかったのだろうか。
間もなくして灰の山になった死霊騎士を眺める猫を見ていたら、魔王を倒すのが本当にいいことなのか分からなくなってきた。
魔王を倒すということ、それはつまりこの世のすべての魔物を消すことだ。まだ一度も倒されたことが無いから確証はないけど、今最有力な学説の通り魔物が魔王の魔力の塊だとすれば……つまりそういうことになる。
「おお、魔物を倒したのは旅の冒険者だと聞いたが……やはりそち等だったのじゃな」
聞き覚えのある幼女声。
「あ、エルフのおばあちゃん! 一週間ぶり!」
「金髪娘何度言ったら分かる。我は老婆ではない、ピチピチのセブンティーンじゃ」
あのエルフの貴族の女性だ。ていうかまだそのサバ読むんだ。
「申し訳ないのですが魔物の体ならもう灰になりました」
賢者は風に飛ばされていく灰に目をやって言った。
「我を何だと思っておるのじゃ。そんな悪趣味なことはせん」
そして悪趣味と言ってのけられた。感覚がマヒしてたけど確かにそうかもしれない。全国の研究者を敵に回しそうな発言だけど。
「そち等は国を救った英雄じゃ。故に国王として食事にでも誘わせてもらおうと思ったのじゃよ」
あ、なるほど。それはこちらとしても食費が浮いて助かるし、是非……
「国王!? つまりおばあちゃんはこの国の女王様ってこと?」
「おばあちゃんではないが……まあそういうじゃ。なんじゃ、知らなかったのか?」
マジか。と言うことは私たちは女王様に訓練を……見られたのか。何かショックだ。
知らなかったも何もまさかこんな幼女が国を治めてるとは思いもしないよ。
「ということで付いてまいれ。我が城まで案内するぞ」
エルフ女性、港の国の女王様はしてやったりと言うような表情でにっと笑った。これ絶対ワザと騙すつもりで隠してたな、充分悪趣味だよ……。
城内は私が住んでいた国、中央国と比べてシンプルで装飾の少ないがおしゃれな内装で、いかにも港の国らしい青を基調とした色合いが落ち着いていて素敵だ。
けど人まで落ち着いているかと言われるとそうでもないらしい。
「こ、これはどういうことじゃ……?」
「おっ、女王様のお出ましだ! 皆、席について何事もなかったふりをするんだ」
大広間は床にテーブルクロスや食器が散乱し、壁の各所に泡のついた酒のシミが出来ている。男性の掛け声を合図にそこにいた数十人の兵士たちはのそのそと動き出した。
「遅いわ馬鹿垂れ! 我がこんなことで騙されると思ったか。これは何じゃ!」
「荒れ果てた宴会場でーす」
兵士の一人が声を上げた。
「『でーす』じゃないわっ。すぐに片付けるのじゃ、でなければクビにするぞ」
「えー」
「えーとは何事じゃ! つべこべ言わずに早よせんか!」
そこまで言われてやっと会場にいた兵士らは動き出した。ていうかクビで済むんだ、こんなことうちの国でやったら同じ首でも全員まとめて打ち首確定じゃないかな……。
「まあ、こうなることは想像しておったわ。別室にも用意してある故そっちへ参るぞ」
想像してたのか。いや、もうここまで来ると兵士たちもそれを知っての上でやったんじゃないかと疑えてくる。
女王も苦労人なんだなぁ……。
別室。
「さ……さっきは見苦しいものを見せたの。改めて乾杯じゃ」
机の上には豪勢な食事が並んでいる。
「片っ端から食うぜっ!」
そして美女は相変わらずだ。何でホントにあんなテンション上げられるんだろう。本当に一人で全部食べられちゃいそうな勢いだ。
「じゃあちょっと寝てます」
こっちは流石に低すぎないかな。賢者、何故女王様の食事会で眠れるんだ。
食事に手を伸ばそうとした時部屋の入口のドアが開いた。
入ってきたのは鎧姿の男性、
「おう、あの戦いで無傷だったのか。それは良かった」
あのうさ耳……魔法軍隊長だ。
「ん、知らないのが二人いるな。俺のこれは自前であってうさ耳ではない」
早い。自己紹介より先にうさ耳の話した。
「うさ耳のおじさんも一緒にご飯食べよう!」
「だからうさ耳ではない、自前だ」
美女はいつの間にか一皿空にしている。ていうかその手の空瓶は……。
しかし魔法軍隊長、よくあの死亡フラグ避けたなあ。て、今思い返すとその感想はシャレにならないけど。
「ん? 死亡フラグ?」
「美女、絶対私の心読んでるよね」
彼女本当に何者なんだろう。そういえば人外ということ以外まともな説明聞いてないな。……でも聞いたらビームかまされる気がするからやめとこう。
「かまさないよ! 私は短気か!」
「死亡フラグとは何ですか? 聞いたことが無いです」
「あ、賢者もしかしてラノベとか読んだことないのか」
「無視なの!?」
まあ確かにそれでビーム受けるほど美女は短気……というか暴力ツンデレって感じでは無いな。いやそもそもツンデレって何。
「死亡フラグってのは……かなり不謹慎な話なんだけど、そのセリフを言ったりその行動をとると高確率で死ぬ、ってやつ……かな」
「成程、今のわ……我々に死亡フラグは立ってますか?」
「我々? 立ってないと思う」
不思議そうな顔のまま賢者は頷いた。多分分かっていない。ていうか我々ってそんなわざわざ硬い言い回しを。
「今度、そのラノベ……というやつを読んでたいです」
「あ、じゃあここの国の本屋を帰りに見て行こう」
賢者……なんかかわいい所もあるな。普段はあんな悪魔のようなのに。
「羨ましいのう、青春。ところでその手に持っておる干物は何じゃ?」
「これは猫です」
前言撤回、やっぱり悪魔だ。
結局食事は美女がほとんど一人で食べた。まあそれは想定していたけど。
宿に戻るなり賢者は爆睡した。というか帰り道ですでに寝てた。
一方酔った美女は道中で魔法を放って魔力欠乏で倒れた。ということで私が二人を抱えて帰ることになった。もう絶対宿以外で飲酒させないようにしよう。
城内で救護班の人に聞いた話だと、あの怪我していた女性も猫耳の兄弟も無事だったらしい。エルフの少女も病院で目を覚ましたらしく、体調がよくなったらリハビリに入ると聞いた。機械製の義肢の存在を知ったのはこれが初めてだった。
それより一つ気が付いたことがある。
賢者の一人称って、何……?
【 第一部 選ばれし魔王討伐メンバー 完 】
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