ギター6弦に生まれて

メンタル弱男

ギター6弦に生まれて




 俺の寿命は短い。


 封を開けたら、せいぜいもって1、2ヶ月といったところだ。


 そして、その儚い命を音に昇華してきた。


 そう。ギターの6弦としての命を……。


          ○


 俺達ギターの弦は、主人が決まるまでの長い間、丸められ、小さな袋に押し込まれ、沸騰寸前のエネルギーを溜め込みながら、悶々とした日々を楽器屋で過ごす。

 

 外の景色が見えないから、やはりやる事と言えば、一緒にパッケージされた他の弦達とのおしゃべりだ。


 ギターは6本の弦からなり、俺達のようにセットで売られている事が多い。特別な事情が無ければ、この袋の中のメンバーは同じタイミングで同じギターに張られることになる。


 何の巡り合わせか、ここで同じ道を歩むことになった仲間だから、自然と団結力が生まれてくる。


『なぁ、俺らの主人はどんな人やろう?ストロークかき鳴らす、ワイルド系がいいなぁ』


 1弦が呟いた。


『そうだねえ。でも僕はもうちょっと柔らかく単音を弾いてくれる人もいいと思うな!』


『私も3弦君と同じで、優しい感じの方がいいかな……』


 2弦が遠慮しながら言うと、4、5弦が大きな声で、『アルペジオ多用する人がいい!』と、ハモってきた。


 そして狭い袋の中に笑顔が溢れる。


『6弦君は?』


 2弦が聞いてきたので、俺は天を仰ぐような仕草で言った。


『俺は外の景色が見れたら、何でもいいよ』


『さすが、ずっしりくる言葉を言ってくれるねぇ!』


『せやな!頼りになるわ!』


 俺達は毎日毎日、土の中で孵化を夢見る蝉のように、ギターに張られる日を、そして主人を待っていたのだ。


          ○


 楽器屋に来てから初めて、目が回るように袋が揺れた。そして、レジでの会計の音。


『おい……、これって……!』


『あぁ、間違いない!!』


『主人だあぁぁ!!やったーーー!!』


 歓喜の渦が、袋の端から端までを巻き込んでいく。体の芯から熱く込み上げる、音の創造への欲求。『とうとう俺達が音を鳴らすのだ』という期待は、不安が入る余地などないほどに膨れ上がっていた。


 だが主人が見つかったということは、俺達の命に、とうとうタイムリミットが生じたという事だった。


 みんなその事は頭の片隅にあったのかもしれない。でもあの時、誰もそれを口にしなかったのだ。


          ○


 俺達の主人は、大学のサークルでバンドを組んでいる、橋本という男だった。


 彼はとても温厚で、優しく、とても繊細な心の持ち主だった。ギターの練習が終われば、じっくりと入念に手入れをする。俺達についた汚れも綺麗に拭き取ってくれた。


 その中でも一番感動したのは、俺達をギターにいざ張ろうかという時、前任者である弦をゆっくりと優しく外した事だ。

 弦にとっての最期の瞬間。命の灯火が小さくなり、やがて消える。その時彼らは俺達に『橋本をよろしくな。そしてみんなありがとう……』と、笑顔で果てた。俺は橋本がどんな人間か、その刹那に理解できたと言っても過言ではない。


 そして主人と共に重要になってくるのが、一心同体の相棒として存在するギター。彼は木目の入った黄色のテレキャスターで、何年も使い込まれてきたのか、貫禄があった。そして、初めて出会った俺達にこう言った。


『この橋本っちゅう男は天才や。ここに来たからには、何としてでも橋本が描く音の世界を作らなあかんで!』


 そして俺達は、普段の橋本からは想像もできないほどの超絶ギタープレイに呼応するため、必死に絶叫を繰り返した。


 彼が必死に求めているのは、孤高の音だったのである。


          ○


 そして、そろそろ俺達の寿命が残り少なくなった。


 彼との2ヶ月間、家やスタジオ、ライブハウスで夢のような体験をしてきた。これは決して、これまでの小さな袋の中では体験できなかった事である。俺達を選んでくれた橋本に感謝しなければならない。


 もうすぐお別れかと呟くと、たくさんの思い出がめぐる。俺は彼の目指す夢に少しでも貢献できたのだろうか?


『ごめんよ』

 

 不意に、橋本が俺を指で挟みながら口にした言葉。彼は泣いているではないか。


『もう弦交換なんだよ。でもさ、6弦はあまり使わなかったよなぁ……』


 彼はそんな事を気にしてくれていたのか。


 ギターの弦は1弦から6弦へと太くなり、音は低くなる。和音を鳴らしたり、ベースを意識したような音作りでは、俺は最重要のポジションだと言えるが、彼はどちらかと言うとリードギターでソロなどを担当していたから高い音をキュイーンと鳴らして、酔わせるタイプだった。低いところから盛り上がる時も5弦からいくのが彼の特徴だ。


 つまり俺の出番は、他のみんなに比べて極端に少なかったのだ。


 正直に、隠さずに告白すると、俺は他の弦に嫉妬していた。特に、『生まれ変わるなら2、3弦になりたい…』と一人静かな夜に涙を流したこともある。有り余るエネルギーで、曲と曲の間にフィードバックを起こしてしまったこともある。


 たくさん空回りした俺の一生。


 それでも橋本が、潤んだ瞳で俺をかき鳴らした。俺は彼の全てのピッキングに応えた。


『うおおぉぉぉーーーー!!』


 これで本当に最期なのだと悟れるほど、それは命を音にした叫びだった。


『ありがとう』


 最後の余韻が、全ての感情を含んでいる。

 新しい弦が、期待の目を俺達に向けている。


『みんな!俺達は消えるが、この魂は!熱く燃えるこの魂だけは、橋本の胸に残り続けるのだ!そして……』


 俺は最後に息を呑む。


『彼の目指す音楽のために、みんなの思いを繋いでいってくれ!!』


 そして俺は、深い眠りの中へと足を踏み入れた……。



          ○


        あとがき


 この作品は著者による、完全なる偏見によって作られたものです。


 果たして6弦が2、3弦に対して、劣等感を抱いているのかどうか、私は全く分かりません。


 ましてや、6弦の中には『俺が一番だ!この低音に酔いしれろ!』と態度が大きいものもあるかもしれません。


 要は全て、著者の勝手な妄想なのです。


 末筆ではございますが、私は決して高い音に対して贔屓している訳ではない事を明記させていただきます。


 


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ギター6弦に生まれて メンタル弱男 @mizumarukun

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