第13話 

 あれからはや2週間経ち、僕はあの一件から周囲からじろじろと観察される立場となった。今までは自分が見てる側であったのに、される立場になると針の筵状態である。学校に来て教室に入るまでも学校中の生徒から視線を送られている。自分に興味ありげに視線を飛ばされたり、ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。

 それとは裏腹に当事者の一人であろう彼女は知らぬ存ぜぬといった感じで、のらりくらりと周りから上手く立ち回っており、整った顔で笑顔で対応している。それとうってかわり僕は机に突っ伏しながらどうにかこうにか耐えている状況だ。

 あれからというものの、多少、いや多数の男子生徒から話を聞かれたり、人気のない場所に連れて行かれ、根掘り葉掘り少しでも情報を聞き出そうとする輩に、肉体的ー精神的にかなりの疲労が全身に覆う。 一方で、あの時の事を思い出して浮ついている自分もいる。彼女の長い髪が触れた瞬間や彼女にされた事など、頭に焼き付いている。男の性なのかそういった事は直ぐには忘れない。困ったものだ。

 島崎さんは島崎さんで、コロコロとその場その場で雰囲気が違う。僕をからかって遊んでいるのか。それともなんだ、彼女は彼女で僕で試しているのか。考えれば考えるほどに分からなくなってくる。

 机に突っ伏していた顔を彼女がいない空白の席に目を向ける。大きく溜息を吐き出した。

「おーい。」

 放っておいてほしい。

「おい、孝」

 声を聞くと勢いよく前の座席に座り込んで僕に裕也我話かけてくる。

「あのな、お前何やってんだ?みんなすげーお前の事見てるぞ。」

「裕也もしってるんじゃないのか。」

 んーと唸りながら話を続けた。

「周りの奴らからまーなんとなく話は聞いたけどさ。」

「じゃあ聞くなよ。」 

「いや、直接聞かなきゃじじょーなんて分からんし。」

 僕はゆっくり顔を持ち上げて裕也に視線を向けるとニカニカ笑いながら、「じゃあ聞くけど、」と僕の耳元に手と顔を近づけて、ボソリと一言呟いた。

「お前周りに見られると燃える〜ってタイプの人種か。」

「馬鹿いってんな!!なわけないだろ!!」

 思わず、大きい声で裕也に怒鳴り返した。一斉に僕らにクラスに残っていた連中はこちらを見た。

 僕は身をかがめて、ひそりと裕也にとっついた。

「島崎さんがしてきたんだ。」

「お前、島崎と接点あったんだな。」へぇと目を大開いて興味ありげに話を続けた。

「いや、今まであんまりなかったけど最近。」

へぇと、僕をみてニヤッと笑いながら「そんで、ベタベタくっつく中になったのか。」

「ベタベタくっつくって。別に」

そんな仲になった訳ではない。まだ。はぁと溜息をついて再度机に突っ伏したら、僕の背中をバンバンと叩いて、元気づけてくれているのか「まあ、あんまり気にすんなよ。」と言っている。

 そのまま、「お前らの事情は分からないけど、何かあったら相談しろよ。」とさらっと告げて席から裕也は立ち上がった。

 僕は裕也が立ち上がった際に再度裕也に顔を向けたら、振り返りながら真顔で僕に言った。

「島崎には気を付けろよ。」

「どこいくんだよ。」

「んーちょいと野暮用。そんで、部活。」

じゃあな、と手をひらひら振りながら教室を裕也は去っていった。

 このときの僕は何もよく分かっていなかったのだ。頬杖をついて開いた窓ガラスの景色は暖かく穏やかだ。このまま少し机に伏せたまま風にあたっていようとそのまま目を伏せる。

 周りの生徒たちも各々自分の準備に取り掛かっているのか、少しの騒々しさがあるが、ある程度人がはけるまで待つことにしよう。

 僕の意識は暖かい中に溶けていった。



 「ね。」

 声が薄ぼんやり聞こえてくる。聞き覚えのある声で、透き通る声。

「そろそろ起きるかな。」

「わぁ、髪の毛ふわふわだ。」

 髪の毛引っ張らてる気がする。指で巻いているようだ。痛くはないが、人の髪で遊んでいる。

 島崎さんだ。

「あの、島崎さん。」  

「なーに?櫻井君。」 

 髪の毛の先を軽く引っ張ったり、手で触ってみたりと楽しまれている様子。頭を撫でられているみたいで気持ちがいい。気持ちがいいのだか、落ち着かない。

「なんでここに。」

「授業が終わったあと、部活に行ってパート練習。して、一人で練習しようかなーと空いてる教室を探してたら、櫻井君が寝てたから隣で眺めて見てた。」 

 僕はあれから寝てしまったようで、裕也も、あのあと居なくなったし、舞も確か教室にはいなかった。通りで誰も起こしてくれないはずだ。そんなに友達も自分にいないし。 

「そして寝ている隙に髪の毛触ってみたの。」

 触ってみたのって楽しそうに言われるとただただ黙って現状を受け入れている自分がいる。細い手が自分の髪を撫でながら彼女は愉しそうに続けた。

「そしたらふわふわで。つい。」

 僕は身体を机から起こして周りを確認した。周りを見渡して誰もいないと確認し、ほっと胸をついた。

「あの。恥ずかしいから、もうやめて。」

「恥ずかしいの?」

「誰かに見られたらどうしようって。」

「いいじゃない。もう、みんな私たちの事、噂してるよ。」

 分かっているなら何故に。わざとなのか。

綺麗な形の唇を持ち上げて愉しそうに笑う島崎さんは蠱惑的。計画的犯行なのか。

「私達友達でしょ。」 

「友達だけど、最近知り合ったと言うか、そのさ。僕は少しずつ知っていくのかと。だからお互いを知るために始めたんじゃないのかなと。」

 ブツブツと呟きはぁーと大きな溜息を机に向かって吐き出す。

 僕の思い描いていた島崎さんはこう、もっと静かで、落ち着いている人だと思っていた。手紙のやり取り相手と同じだとは。

「見た目と中身が違うと思ってるでしょ。」

否定もしないが肯定もしません。

「そんなことはないよ。」

「うそ。」

耳ともに囁くように彼女は問いかける。

「きっとそうだよ。」

声を拾った耳がゾワゾワする。落ち着かない。

「大抵の人って外見で想像するじゃない。見た目から大人しそうとか。落ち着いてそうって。」

「なっ、ななな何を。」

 身体を起こして彼女を見る。見ると肩肘をついてこちらに目を向けた。

「興味ないの。」と心底つまらないそうに吐き出すように話す彼女ただ僕は黙って見続けた。

 視線を合わせず、外の声の聞こえる校庭を見据えて彼女は言った。

「紛い物でしょ。そんなもの。いらない。」

 彼女の言葉は大事な物を胸に抱いている子どものを想像させた。いたずらに言っているのではなく、真剣に感じる。先程の声よりも少し低く、重い口調で彼女は続けた。

「たった一つの宝物。欲しいのはたった一つだけ。後は何もいらない。」

 一瞬にして笑顔になり、

「櫻井君は?」

「えっ?」

「大事だったり、大切なものってある?。」

 唐突に尋ねられてと咄嗟に思いつかず、必死にひねり出そうとしたが、何も思いつかず、うんうんと頭を悩ませる。そんな僕を見て声を出して笑う彼女は言った。

「そんなに悩んじゃうの?」

「急に言われても困ると言うか。急には答えられないよ。」

 確かにと右手の人差し指で僕の眉間を触る。

「さっきから眉間に皺よってるもの。」

「その。島崎さんはボディタッチが多いような気がするのですが。」

「そうかな。」

「うん。」

 そっか。と彼女はつぶやき人差し指を僕の眉間から離した。あっけなく離れていく彼女の手を名残惜しくも感じているが、僕には彼女に聞かなくてはいけないことがある。そうだ。この前の校門での出来事に関して尋ねなくてはならない。

意図的に彼女がしたとしか思えない行動に理由があるのであれば確認する必要性があると僕は思った。

「島崎さん。聞きたいんことがあるんだけと。」

「何かな?この前の事?」

 察しの彼女は僕の質問にさらっと答えてくれるようだ。僕の目をみて口を開く。

「試したかっただけ。」

 タメシタカッタダケ?何をだろうか。

「何をでしょうか。」

 答えてくれるはいざ知らず、とりあえず聞いてみようと僕は思った。

「そのままの意味だよ。どんな反応をするのか、見てみたくなって。」ねっと言う彼女にあっけに取られたが、僕もこんな状況をよいとは思っていない。そのため彼女に僕も反論する。

「あれから、僕は周りからすごい目で見られているのだけれども。」

「知ってるよ。私はいろんな人から聞かれるし、噂されてるのも知ってるよ。」

「わかってるなら余計に気を付けないと。」

「いいの。いいの。大丈夫だよ。そのうち噂なんて落ち着くよ。」

 落ち着けばいいが、耐えられるだろうか。彼女の真意はわからないまま、笑顔の彼女にごまかされているような気がする。頭を下げて机に向かってため息をついた。

「じゃあお詫びに一曲吹くね。最近好きな曲。」

 楽器を持って静かにひゅうと息を吸い込み、小さい穴からきれいな音色が奏でられていく。右手も左手も器用に動くその様をじっと眺める。舞が吹くトランペットで吹く様子をよく見ていたが、一つ一つの音や音色に自分の感情や曲に対する想いを自分なりに解釈して奏でていくのだろうか。曲への理解も含めたうえでだろう。  

 僕は中学生の時に舞に聴かせてもらった事が頭によぎった。部活帰り近くの公園で。なんの曲だったろうか。  

 今は彼女の演奏を集中して聴こう。大人しく、曲が終わるまで。

 僕は目を閉じ耳を研ぎ澄ませて、彼女の演奏を聴いた。

 演奏を終えた彼女に、拍手を送り、2人だけの演奏会は終わった。暖かい風が僕たちの間には流れていく。

 「じゃあ、一緒に帰る?」

 当たり前の様に僕に告げる彼女にまだ僕はついていけそうにないが、特別嫌な気持ちはしなかった。

 まだ、僕は彼女を理解し得ていない。

 「まだ部活終わりじゃないでしょ。」

 「そうだね。少し待っててくれる?」

  彼女の術中にはまっている。









島崎さんへ

 僕はあの時君がとても眩しくて、島崎さんの傍に居ていいのかなんて思っていたんだ。君のことをわかっていなくて、嫌な思いや辛い気持ちにさせていたんじゃないかって思っていたよ。何もわかってあげられてなくてごめん。近くにいての支えになれていたのだろうか。今になってやっとわかった気がするよ。

 あの時、島崎さんの質問にすぐに答えられなくてごめん。僕には何が一番大事なものとかよくわからなかった。ただぼんやりと過ごしていたからかもしれない。それとも僕は欲しがりだったのかもしれない。傍に当たり前で大切なものがありすぎたから当たり前になっていたのだろうね。

 伝えたら君はきっと笑って言うだろうね「我儘だ」って。

けど、それが自分なんだよってまた、僕は答えるよ。

それじゃ、また今度続きを書きます。 

                                櫻井 孝




櫻井君へ

 くれた手紙には櫻井君の好きなものや些細な事がたくさん書いてあって嬉しかったです。私もお勧めの本や音楽なんてあったらすぐに教えるね。櫻井君は面白いね。手紙ではすっごい饒舌なのに、その場で話すと百面相してるんだもの。話すたびに色々「櫻井君情報」が増えて嬉しいんだ。時々教室で演奏も聞いてくれるし、演奏を聴いてるときは目をつぶって聞くところも可愛いなって。一緒に帰ってもおっかなびっくりな時はまだあるけれど、別に嫌がることはしないから警戒しないでほしいな。

 そういえばこの前なんであんなことしたのって聞いてきたね。まだ、教えない。

もう少ししたらちゃんと説明するね。これからもこうやってやり取りができたらいいな。毎日毎日が楽しくなればいいって思ってる。いろんな私を知ってほしいってちゃんと思ってるよ。嫌がらず、ちゃんと見ててね。

 じゃあまた、今度も楽しみに手紙待っています。

                                 島崎 唯







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君と僕の最後の手紙 あとのせ @10110018

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