第34話 異変

「ハッ!!」


「ギャウ!」


 ダンジョンの12層。

 幸隆の通う大郷学園の校章が鍔に入った刀が振り下ろされ、頭部に一本の角の生えた犬が血をまき散らして倒れ伏す。


「フウッ!」


 体を深く斬りつけた感覚はあるが、過去には首一つになっても襲い掛かってきたという話もあるため、魔物は死を確認するまでは油断ができない。

 学園の授業で、教師たちが耳にタコができる程言っていることだ。

 その教えに従い、角の生えた犬を斬りつけた少年は、刀を構えたまま様子を窺う。

 そして、全く動かないことを確認した少年は、刀に付いた血を振り拭う、いわゆる血振りと呼ばれる動作をおこない、安堵の溜め息と共に鞘に納めた。


「お疲れ!」「ナイス!」


「そっちもな!」


 刀を持った少年に、2人の少年が近付く。

 1人は長巻と呼ばれる長柄の武器を持った少年、もう1人の少年は杖を持った少年だ。

 同じ校章を付けた武器を持っていることから、彼らも大郷学園の生徒だということが理解できる。

 集まった3人は片手を上げ、それぞれを労うようにハイタッチをおこなった。


「なぁ、俺たちも結構強くなったよな?」


 倒した魔物を見下ろしながら、刀使いの少年が仲間に確認するように問いかける。


「あぁ」


「そうだな」


 刀使いの少年の問いに、残りの2人が返答する。

 半年前に始めて10層のボスと戦うことになった時は、倒すのに結構苦労した覚えがある。

 しかし、今ではここまで来るのに苦労したとは思わない。

 それだけ、自分たちの実力が上がっているからだろう。


「もしかしたら、卒業の時には30層もソロで余裕になっているかもな……」


「「だな!」」


 学園内では、10層をソロでクリアするのが最初の難関になっていて、それをクリアできないと有名な探索者ギルドに所属することはまずできない。

 そして、有名な探索者ギルドの中でも、トップに位置するギルドに所属したいと考えるならば、彼らが言うように30層をソロでクリアできるだけの実力がなければならないというのが、学園内で受け継がれて来た通説だ。

 ゲームのレベルのように、ダンジョンの魔物を倒せば倒す程少しずつ実力が上昇していく。

 そのことから、このままダンジョンでの戦闘を続ければ、自分たちも30層のボスをソロで倒せるくらいになるのではないかと彼らは思えて来た。

 トップギルドに所属できれば、高収入が約束される。

 探索者なら、誰もが希望している就職先だ。

 その希望が僅かながら見えて来たため、彼らはテンションが上がっていた。

 だからだろうか、


「グルル……!!」


「「「っっっ!?」」」


 彼らは新たな魔物の接近に気付くのが遅れた。


「なっ!?」「バカな!!」「何で!?」


 多少の油断をしていたかもしれないが、探知を疎かにしていた訳ではない。

 そのため、彼らは驚きの声を上げる。


「グルアッ!!」


「ぐあっ!!」


 一番近くにいた少年が、武器である刀を抜こうとする。

 しかし、それよりも速く魔物が動く。

 現れた魔物の攻撃を受け、少年は吹き飛んだ。


「「伊藤!!」」


 刀使いの少年は伊藤という名前のようだ。

 彼の事を心配するように、槍使いの少年と杖を持つ少年は声を上げた。


「ガアッ!!」


「おわっ!!」


 伊藤に気を取られている隙を狙ったのか、魔物は杖を持つ少年に襲い掛かる。

 その攻撃を持っている杖で受け止めるが、魔物の攻撃の威力を抑えきれず、少年は後方へ吹き飛ばされた。


「志摩!」


「大丈夫! 忠雄は少しの間そいつを止めていてくれ!」


「了解!」


 長巻を持つ忠雄と呼ばれた少年は、杖を持つ志摩に話しかける。

 その声に対し、志摩はすぐさま返答する。

 吹き飛ばされた先は、伊藤が倒れている近く。

 そのため、すぐさま彼へ向かって走り出す。

 志摩の行動の意味を理解した忠雄は、魔物を2人に近付かせないように長巻を構えた。


「おいっ! 伊藤!?」


「うっ、うぅ……」


 伊藤に近付いた志摩は、容態を確認しつつ話しかける。

 その声掛けに反応するが、怪我がひどいらしく、伊藤は呻き声を上げることしかできないようだ。


「回復!!」


 杖を使用していることから、志摩は魔術を使用するタイプ。

 そのため、伊藤の怪我を治そうと回復魔術を使用した。


「くっ! こんなことなら……」


 魔術による戦闘をしているため、回復魔術も使うことができるとは言え、自分が得意なのは攻撃系の魔術だ。

 なので、回復魔術は上手くない。

 伊藤の回復作業を開始した志摩だったが、こんなことになると分かっていれば、もっと練習を重ねておくべきだったと後悔の言葉を口にした。


「ぐっ!!」


「っ!! 忠雄!?」


 志摩は懸命に回復魔術をかけるが、練習不足と伊藤の怪我が酷くてなかなか治らない。

 そのことに焦りを覚えていた志摩だったが、更なる焦りを生み出すような状況になりつつあった。

 薙刀に似た武器である長巻。

 それを使用して戦う忠雄が、魔物に押されていたからだ。


「ガアァーー!!」


「ぐっ!! このっ!!」


 魔物の攻撃を、忠雄は必死になって防御する。

 この魔物の一撃でも食らえば、伊藤と同じようになってしまうことが分かっているからだ。

 伊藤と自分は得意ではないため。魔術関連は志摩に任せて来た。

 ただ、回復魔術は攻撃系の魔術ほど得意ではないと、志摩から事前に報告を受けていた。

 なので、怪我をしないようにダンジョンでの戦闘を進めてきたが、今そのツケが回ってきてしまったようだ。

 こんなことなら、怪我をした時のために回復が得意なメンバーをもう1人パーティーに加えておくべきだった。

 志摩だけでなく、忠雄も自分たちの考えの甘さが招いたこの状況に、今更後悔をしていたのだった。


「グルアッ!!」


「ぐっ! くっ!」


 伊藤が回復しない限り、自分1人でこの魔物を相手にしなければならない。

 どうやって時間を稼ぐべきかを考えていた忠雄だったが、魔物は考える時間を与えないと言うかのように連続攻撃を仕掛けてきた。


「くっ!! 何で……」


 敵の連続攻撃に対し、防御に徹する忠雄は不満の声を漏らす。

 何故なら、目の前にいる魔物が、この階層で出現するような魔物ではないからだ。


「くそっ!! 何でがこんな所に……」


 忠雄だけでなく、伊東への回復魔術を続ける志摩も不満を口にした。

 突如自分たちの前に現れた魔物が、ゴブリンソルジャーだったからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る