第33話 思案

『残念だ……』


 ダンジョンの11層に入り、幸隆と亜美はこれまで通り現れる魔物を倒し、先へと進む。

 倉岡家当主の与一は、その様子を何も言わずに2人の後方から眺めていた。

 そして、心の中で落胆の言葉を呟いていた。

 この言葉を聞いていたら、幸隆と亜美はショックを受けて落ち込んでいたことだろう。

 ここまでずっと何も言わないでいる理由は、自分たちの実力が大したことないレベルだと言っているような言葉だったからだ。

 しかし、与一が思っていたことは、幸隆たちの実力とは全く違うことだった。


『1年生でこれだけの実力があれば、2年後にはかなりの実力になることが予想できる』


 呪いによって半年近く魔力が使用できず、最近になってその呪いが解け、急ピッチで元の実力まで戻したと幸隆は言っていた。

 その実力がどれほどのものかと、今日のダンジョンでの戦闘で見極めるつもりでいた。

 そして、その実力は思っていた以上だった。

 呪いを解き、実力を元に戻すまでの期間を合わせて、約1年と少し。

 年齢的には来年卒業の年齢だが、現実世界ではあと2年。

 その期間、自分が指導すれば、学園を卒業する時にはかなりの実力になっていることが見込める。


『今のうちに倉岡うちに引き入れておきたいところなんだが……』


 父である良太の生前の言葉に従い、与一は幸隆のことを倉岡家に引き入れておきたいと考えていたが、それは幸隆の実力を見てからと、今日まで特に手回しはして来なかった。

 しかし、ダンジョンに入ってからの戦闘を見る限り、東郷家の息子を倒した実力は本物だということが確認できた。

 というより、予想以上の実力だ。

 与一の中で、これは完全に引き入れを検討するべき案件に格上げされた。

 ただ、


『彼女がいるとなるとな……』


 実力を確認してからと考えて手回しはしていないが、何もしていなかったわけではない。

 幸隆の実力次第では引き入れに動くつもりでいたため、そのための人選・・はおこなっていた。

 その人選というのは、倉岡家の中の幸隆と年齢の近い女性の選抜だ。

 幸隆を指導すると名目で、女性探索者を近付けさせようと密かに考えていたのだ。

 言っては何だが、簡単に言えばハニートラップだ。

 ダンジョンに入ることができる人間には条件がある。

 後になって判明したことだが、ダンジョンができるきっかけになった隕石が落下した時に半径2km圏内にいた人間だ。

 そして、それ以降はダンジョンに入れる人間と血のつながった子孫しか入ることができない。

 ダンジョンの発生によって、日本は魔石という独自の資源を手に入れた。

 魔石を使用した魔術で、ありとあらゆる分野が成長・発展を遂げ、経済は回復。

 大量にあった国の借金も、今ではかなり少なくなっている。

 それだけの恩恵を与えるダンジョン。

 当然、その中に入ることができる探索者は高収入を得られる。

 しかし、入れる人間は限られているため、探索者の遺伝子を求めて政略的な婚姻も広まった。

 若い頃の与一にも、ハニートラップと思しき女性が寄ってきたことも何度かあったが、今の妻となる彼女がいたため、不快な経験でしかなかった。

 そのため、幸隆がフリーの状態なら特に何も思うことはなかったが、亜美という彼女がいるのでは良心が痛む。


『いや、まてよ……』


 ハニートラップ以外の方法で倉岡家に引き入れることを考える必要があると考えた与一だが、あることを思い出した。


『友人として紹介してきたのだから、2人はまだ交際していないのか?』


 与一が勘違いしたように、幸隆は友人を連れてくると言っていた。

 決して、亜美のことを恋人だと紹介していない。


『だとしたら、まだ余地はあるか……』


 亜美が彼女でないというのなら、倉岡家の女性を紹介したとしても問題ないはず。

 そう考えると、まだその手を諦める必要は無いのではないだろうか。


「……あの?」


「んっ? あぁ……」


 2人の実力なら、この階層の魔物も相手にならない。

 そのため、頭の中で色々と思案していたために、与一は2人の戦闘をはっきりとみていなかった。

 そのせいか、いつの間にか12層へ向かう階段の所に来ていたことに気付かなかった。

 幸隆の声をかけられたことによって、与一はようやくそのことに気付いた。


「次の階層に向かっても良いでしょうか?」


「あぁ、そうしてくれ」


 幸隆の問いに、与一は思案するのをひとまずやめて返事をする。

 その返事を受けて、幸隆と亜美は12層へ向けて階段を降り始めた。


『……もしかして、このまま30層まで行けるんじゃないか?』


 今日の予定は、2人で安全に行ける所まで何もしないつもりでいた。

 少し驚かす意味も込めて、30層より先へ行くと伝えていたが、2人はまだ学園の1年生だ。

 いくら優秀でも、そこまで行けるとは考えていなかった。

 行けて15層。

 そこから先は、自分が戦闘時の悪い癖などを指導することで到達出来れば良いという考えだった。

 しかし、この2人の実力と連携を見ていると、そこまで行けてしまうのではないかと与一は思えてきた。


『まぁ、細かい部分で気になる部分はあるし、このままやらせよう』


 思っていた以上に2人が優秀だったのは、与一の中では予定外だった。

 だからといって、指導することが何もないという訳ではない。

 思案しながらといっても、ここまでの戦闘を見ていて気になる部分はあった。


『引き入れの件は置いておくか……』


 ダンジョンは、下層へ降りるほどに魔物が強力になっていく。

 30層までならその差も僅かだが、時折集団で襲い掛かってくる場合もある。

 そんなことになった場合、いくら2人が優秀だと行っても危険な目に遭うかもしれない。

 倉岡家の人間ではない2人の命を預かっているのだから、ここから先は余計な事を考えている場合ではない。

 そう考えた与一は、引き入れの件はひとまず棚上げすることにした。


「「「っ!?」」」


 階段を降り、12層に着いたところで、幸隆たち3人はすぐさま警戒態勢に入る。


「……今、悲鳴が聞こえませんでしたか?」


「うん。聞こえた」


「あぁ、そうたな……」


 警戒態勢に入った理由。

 それは、幸隆が言うように人の悲鳴のようなものが聞こえたからだ。

 幸隆の問いに対し、亜美と与一が同意の返答した。


「何かあったのかもしれない。私が先行するから、2人はそれに付いてきてくれ」


「「はい!」」


 ダンジョンに入っているのは自分たちだけではない。

 もしかしたら、他の探索者に何かアクシデントがあったのかもしれない。

 そう考えた与一は、幸隆たちに指示を出し、腰に差した刀の鍔に手をかけて走り出した。

 幸隆と亜美はその指示に従い、与一の背を追った。


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