第23話 東郷戦③

「何だ!?」「どういうこと!?」「嘘っ!?」


 観客たちが騒ぎ出す。

 誰もが幸隆と同じように、東郷の持つ魔石の魔力は底をついていると思っていた。

 それなのに、東郷がとんでもない魔力を身に纏ったからだ。


「隠し持っていたのか!?」


 幸隆が声を上げる。

 試合に使う魔石は、学校側が用意した物だ。

 それなのにこれだけの魔力を使えることは、他に魔石を隠し持っていた可能性が高い。


「いや、それはない!」


 幸隆の言葉を、審判役の鈴木が否定する。

 試合前、鈴木は両者のボディーチェックを行っている。

 もしも、東郷が試合用の魔石以外に隠し持っていたとしたら、その時に気付いているはずだ。


「山口先生!! これはどういうことですか!?」


 今回は、幸隆が魔力を使用できるようになったのかを確認するために組んだ試合で、授業で使用する魔石より少し上のランクの魔石を使用している。

 幸隆に少しでも長くアピールチャンスを与えるためだ。

 試合は魔力操作の技術を競うためのもので、同量の魔力を内包した魔石を使用するのが常識となっている。

 その魔石を用意したのは、学年主任の山口だ。

 つまり、東郷にランク違いの魔石を渡した犯人は彼だということになる。

 鈴木は、そのことを教頭の隣に座る山口へと問いかける。


「し、知らん!! 私は知らん!!」


 鈴木の問いに学年主任の山口は否定する。

 しかし、その慌てようを見ると、疑惑は晴れない。


『くそっ!! 馬鹿ガキが!! あれほどバレないように使用しろと言ったのに!!』


 とある事情があり、山口は今回東郷家の指示を受け、試合に使用する魔石のすり替えをおこなわなければならなくなった。

 しかし、魔力の使用法によっては、すぐに魔石をすり替えたことは明るみになってしまう。

 東郷家の当主も、息子の修治にはそのことを言い聞かせると言っていたというのに、この状況では言い逃れは難しい。

 そのため、山口は内心毒づいた。


「それよりも……」


 山口が試合用の魔石をすり替えた可能性はかなり高い。

 何故のようなことをしたのか疑問に思う所だが、今はそのことを問答している場合ではない。

 魔力差がある状況で戦闘をおこなうことは危険でしかないため、即刻試合を中止しなければならない。


“スッ!!”


「……お、おいっ! 河田……」


 試合を止めようとした鈴木だったが、それよりも先に幸隆の方が動く。

 膨れ上がった魔力を身に纏い始める東郷に対して、ゆっくりと近付いて行ったのだ。

 その様子は、まるで試合を続けるつもりのようだ。

 そんな幸隆を、鈴木は制止させるために声をかけようとする。


「ハッ!!」


 鈴木が幸隆を止める前に、今度は東郷が動く。

 魔石から取り出した多くの魔力を身に纏うことで身体強化を施し、それによる高速移動で幸隆に攻撃を与えるつもりだ。


「っっっ!!」


 審判役の鈴木も、もしもの時は試合を中止する時のことを考えて魔石を所持している。

 しかし、その魔石は幸隆が持っているのと同等の魔石。

 多くの魔力で身体強化した東郷を止めるとなると、集中して短期決戦でないとならない。

 幸隆に気を取られていた鈴木は、東郷の動きに反応が遅れた。


「オラッ!!」


 多くの魔力を使用しての身体強化は、東郷に爆発的な突進力を与える。

 それにより、鈴木が止めに入ることも許さず、東郷は幸隆との距離を詰めることに成功した。

 試合で熱くなったがための事故。

 魔石のことは、山口が勝手にやったと罪を擦り付ければいい。

 この一撃で幸隆を再起不能にしてしまおうと、東郷は右拳を握り込み、思いっきり突き出してきた。


「…………」


“スッ!!”


「……へっ?」


 自分の高速移動に反応出来ない。

 当然のことだ。

 このまま殴り飛ばせば、もしかしたら最悪の場合幸隆は死ぬことになるだろうが、怒りで熱くなった頭ではそんな事を気せず、東郷は拳を振り抜いた。

 しかし、その拳には何の感覚も伝わってこない。

 それもそのはず、殴り飛ばすはずの幸隆が、目の前から消えたのだから。

 あまりにも予想外のことだったため、東郷は思わず気の抜けた声が口から漏れた。


「……あっ!?」


 幸隆に攻撃が躱された。

 そのことを理解した東郷だったが、すぐに「どうやって!?」という思いに苛まれる。

 しかし、そのことに意識を向かわせている場合ではなかった。

 何故なら、訓練場の壁がすぐ目の前に迫っていたからだ。


“ドガンッ!!”


 踏ん張ってブレーキをかけようとするが、もう時すでに遅し。

 止まり切れず、東郷はそのまま顔面から壁に突っ込んで行った。

 観戦していた多くの者たちは、衝撃シーンを見ないように顔を背けた。

 その直後、大きな音が響き渡る。

 東郷が壁に正面衝突した音だ。


「と、東郷!!」


『あ~ぁ、やっぱり考えていなかったか……』


 大量の血をまき散らし、床に横たわっってピクピクと痙攣する東郷へ向かって鈴木が走り出す。

 魔力量を増やした身体強化ならば、たしかに東郷がしたように高速移動は可能だ。

 しかし、東郷がその身体強化移動を完全に制御できる程、魔力操作能力が高いとは幸隆には思えなかった。

 殴る気満々の構えで、頭に血が上っている様子。

 きっと、攻撃を躱されるなんて考えていないだろう。

 思っていた通りの結果になってしまい、幸隆は可哀想なものを見るような目で東郷のことを見つめた。


「幸くん! 大丈夫?」


「ん? あぁ、大丈夫」


 誰かがすぐに電話したのだろう。

 救急車のサイレンの音が大きくなってくる。

 学校の備品である魔石を利用して、回復魔法が得意な者たちが東郷の側に集まっているのを眺めている幸隆に向かって、客席から降りてきた亜美が駆け寄ってきた。

 はっきり言って、自分は最初から最後まで攻撃を躱しただけで終わってしまったため、どこも怪我をしていない。

 しかし、見ていた亜美からすると違ったのかもしれない。

 そのため、幸隆はすぐに返答した。


「最後はよく躱せたね?」


 不正をしたとは言え大怪我を負った東郷には少々悪い気がするが、幸隆の攻撃回避能力は目を見張るものがあった。

 そのため、亜美は称賛の言葉をかける。


「一撃躱せば先生が止めてくれると思ったから、それに集中しただけだ」


「へ~、すごい冷静だったね!」


 そう言って、幸隆は魔力が空っぽになった魔石を見せる。

 躱してしまえば、制御できないだろう東郷は壁にぶつかる。

 もしも、東郷が壁に当たる前に止まることができても、次の攻撃に移る前に鈴木や、他の先生たちが止めに入ってくれることが予想できる。

 高度な魔力操作によって、自分は与えられた魔石の魔力を半分近く残していた。

 その残っている魔力を全部使用すれば、多くの魔力で身体強化した東郷の攻撃を1回は躱せると踏んでいたため、その一瞬に集中しただけだ。

 そのことを伝えると、亜美は感心したように声を上げた。


『結構ドキドキだったけどな……』


 大量の魔力で身体強化した東郷の一撃を躱すには、動き出してすぐに反応しなければならない。

 その反応が遅れれば、横たわっていたのは自分かもしれなかった。

 躱せる自信はあったが、最悪の結果を考えると結構緊張していた。

 そんな内心を言葉にする事もなく、幸隆は素直に亜美に褒められることにした。


『今後を考えると、色々面倒くさいことになりそうだけど、とりあえず退学回避を喜ぶか』


 同等の魔石を使用しての試合が原則のはずの試合で、不正がおこなわれた。

 犯人は山口で間違いないだろうが、それをおこなった理由などは、救急車のすぐ後に来た警察に任せるしかない。

 自分も、きっと聴取を受けることになる。

 そのことを想像すると今から嫌な思いになるが、嬉しそうな亜美の笑顔を見た幸隆は、退学回避できたことを素直に喜ぶことにした。


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