第14話 憂さ晴らし

『使える……』


 手に持つ魔石を見て、幸隆は密かに笑みを浮かべる。

 昨日も確認したが、魔力が昔のように使用できるようになっていることが嬉しくて仕方がないのだ。


『この魔石だと使えるのは7、8回くらいか?』


 授業で使用するのは、上層で倒した魔物から入手した魔石だ。

 探索者なら簡単に手に入れられるし、売ったとしても小銭程度にしかならない代物のため、教材として利用されている。

 授業開始時に全員に配られるのだが、幸隆は久しぶりに使用した感触からその魔石の魔力容量を分析し、幸隆は導き出した使用回数を導き出した。


「運よく躱したみたいだが、次はねえぞ……」


 開始早々に殴りかかってくる。

 それが魔力が使えない者にとって一番危険な状況。

 自分がそうする、しないに関わらず、最初から試合開始と共に回避することを決めていれば、このように幸隆でも回避することはできただろう。

 しかし、次からの攻撃はそうはいかない。

 すぐに鈴木に止められるかもしれないが、幸隆へ一撃加える。

 その思いから、永田は魔石の魔力を右手に集めた。


「…………」


 集めた魔力を飛ばして衝撃を与える魔力球。

 この学園の入試でもおこなわれるような、基礎的な攻撃方法だ。

 魔力を使える者なら、魔力を盾や壁のように使用して防げばダメージを負うようなことはないだろうが、魔力を使用できない者が直撃を食らえば確実に大怪我を負う。

 当たりどころが悪ければ、最悪の場合すらあり得る。

 それが分かっているにもかかわらず、審判役の鈴木は試合を止めることなく、無言で成り行きを見つめている。


「まずいよ……」


 鈴木の実力は誰もが理解している。

 判断を間違えるようなことはないと思っている。

 しかし、永田の攻撃が当たれば幸隆が危険だというのに、どうして鈴木が試合を止めないのか分からない。

 鈴木に任せるべきか、それとも自分が止めに入るべきか、亜美はどちらを選択するべきか分からずオロオロするしかなかった。


「くらえ!!」


 野球ボール程度の大きさの魔力の球が集まった手を幸隆に向け、永田は狙いを定める。

 そして、幸隆が逃げる素振りを見せないことを確認した永田は、大怪我を負わせるなんて気にする事もなく魔力球を発射させた。


“スッ!!”


「っっっ!?」


 発射された魔力球は、幸隆目掛けてまっすぐ飛んで行く。

 その速度から、永田は攻撃が幸隆に直撃すると確信した。

 しかし、その魔力球が当たる少し手前で、幸隆が横へとズレる。

 それによって、魔力球が幸隆に当たることはなく通り過ぎ、訓練場の壁にぶつかって消えた。


「何で……?」


 当たると思っていただけに、魔力球が外れた理由が分からず、永田は驚きで固まる。


「下手くそ……」


「っ!! てめえ!!」


 小さく呟いた幸隆の言葉が耳に入る。

 魔力球が外れたことをバカにされ、一気に頭に血が上る。

 そのせいで、どうして攻撃が外れたのかということを冷静に分析することを放置した。


「なぁ……」


「あれって……」


「あぁ……」


 離れて試合を眺めている他の生徒たちは、永田とは違い気付いていた。

 そのため、ざわついていた。


「魔力を使用している……?」


 当然、亜美も気付いた。

 あの攻撃を躱した瞬間の動き、それは魔力を使用して、横に移動したからなのだろうということを。

 しかし、亜美もクラスメイト達も確信は持てないでいる。

 というのも、魔力を使用した可能性があるが、その確認ができなかったからだ。


『治ったのか……』


 生徒たちは確信を持てないでいるが、鈴木は違った。

 魔力のこもった拳で、魔力が使用できない幸隆が殴られれば、大怪我で済むか分からないからだ。

 永田は開始早々なら自分でも止められないと思っていただろうが、舐めてもらっては困る。

 永田程度の魔力コントロールなら、後から魔力を使用しても止めることなど難しくない。

 試合開始と共に突っ込んで行った永田を見て、鈴木はすぐさま止めようと思った。

 しかし、そうする直前、幸隆から魔力が使用されたのを見たため、鈴木はそのまま流すことにした。

 最初の攻撃を躱し、魔力球がの攻撃も躱した幸隆を見て、鈴木は内心嬉しく思っていた。


『やっぱり上手いな……』


 2学期の終業式の日に退学を告げることになってしまったが、鈴木は本気でそれを阻止したかった。

 魔力が使用できなくなる前の幸隆は、学年の中でもトップレベルで魔力コントロールが上手かった。

 そのまま訓練していれば、もしかしたら今頃上級生も含めても上位になれたかもしれない。

 しかし、事故に遭い、魔力が使えなくなってしまった。

 学校側としても、魔力が使えない人間を危険な探索者にする訳にはいかないため、いつ退学を言い渡されても仕方がない状況になってしまった。

 幸隆もそれが分かっていたため、それまでは平均より上程度の座学の成績を上げて時間を稼いでいた。

 その稼いだ時間で、魔力が使えるようになることを願って。

 結局それも2学期まで。

 幸隆の退学が決定してしまった。

 だが、魔力が使えるようになったのなら、その退学の話も変わってくる。

 以前のように魔力を使用した幸隆を見て、鈴木は内心でその技能の高さを褒めていた。


「さてと……」


 魔力球を躱した幸隆は、ゆっくりと永田に向かって歩き出す。

 試合を終わらせるためだ。


「このっ!!」


 外れたのなら、もう一度発射すればいいだけだ。

 元々、自分は魔力を飛ばす攻撃は得意ではない。

 だから、自分の手元が来るって外れたのだと、永田は無防備に向かって来る幸隆にまたも右手を向けた。


「遅い!」


「っ!?」


 魔力を集める時間を与えるわけがない。

 幸隆は一気に永田との距離を詰めた。


「フンッ!!」


「へぶっ!!」


 昔から魔力の細かい操作には自信があった。

 魔力を使えなくなって探索者を諦めなければならないと思っていたが、たまたま見つけたゲームによって治すことができた。

 ほとんどぶっつけ本番で魔力を使用した試合をしなければならなくなったが、使えなくなる前と同等レベルで使用できている。

 魔力が使えなくなっても、感覚を忘れないようにイメージトレーニングを欠かさないでいたことが良かったのだろうか。

 完全にとまではいかないが、魔力が使えるようになったのなら永田に負ける理由はない。

 はっきり言って、もう永田のことはどうでもいいが、これまで溜め込んでいた色々な鬱憤を発散させてもらう。

 そう思って、永田との距離を詰めた幸隆は、まずビンタを食らわせた。


「こ、このっ!」


 ビンタをくらった永田は、すぐに反撃に出る。

 魔力を使用しない、ただの大振りのフックだ。


「フンッ!!」


「へぶっ!!」


 そんな何も考えずに出した大振りが当たる訳もなく、幸隆はダッキングをして躱し、またもビンタを食らわす。


「フンッ!! フンッ!! フンッ!! フンッ!!」


「へぶっ!! へぶっ!! へぶっ!! へぶっ!!」


 

 そこから、幸隆は魔力を込めていないただのビンタを何度も永田に喰らわせる。

 破れかぶれに反撃をしても躱され、反撃のビンタが飛んでくる。

 何発も受けたことで、段々と永田の顔が腫れてきた。


「く、くそっ!」


「無理だって……」


 何度も殴られ続けることに耐えきれなくなった永田は、必死になって幸隆から距離を取る。

 頬が腫れ、鼻血を流しながらもまだ諦めていないらしく、魔力を取り出そうと魔石を握る。

 そんな永田に、幸隆は呆れたように呟いた。


「何っ!?」


「その魔石、もう空っぽだろ?」


「……あっ!」


 何を言っているのか分からず、永田は幸隆の言葉に反応する。

 折角忠告してやったのに、全く自分で考えようとしない永田に、ある程度気が晴れた幸隆は教えてあげることにした。

 魔力の使い方が上手くない永田が、考えもなしに強力な攻撃に使用すれば、こんな魔石の魔力なんてあっという間に無くなる。

 ビンタされている時も反撃に使用しようとしていたが、集めようとしては攻撃を受けて霧散してしまい、無駄に消費してしまった。

 それが続けば空っぽになるのも当たり前。

 そんな事くらい使用者本人が気付くべきだ。

 指摘されてようやく気付いた永田は、自分が負けたのだと分かり魔石を落とした。


「そこまで!」


 攻撃に出はなく防御に使用していればもう少しは戦えたのだろうが、頭に血が上った永田では無理だったようだ。

 悪い癖が出た永田に嘆息したくなるのを堪え、鈴木は2人の試合を止めた。


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