第12話 揉める
「おはよ!」
「……オッス」
幸隆が家から出ると、エレベーターの中で亜美に会った。
いつも通りの笑顔で朝の挨拶をして来た亜美に、幸隆も挨拶を返す。
「大丈夫? 何だか疲れてるみたいだけど……」
返事は来たが、どことなく力がない。
表情もいつもと違い眠そうにしている所から、亜美は心配そうに幸隆へと問いかけた。
「あぁ、ちょっと色々あってな……」
解呪をした後、ゲーム世界内で体を休めてから現実世界に戻ってきた。
しかし、ゲーム世界内での1年近く働きづめの毎日による疲労と、解呪時の苦しみで受けた疲労が簡単には抜けきらず、体中怠さを感じている状況だ。
そのことを伝える訳にもいかず、幸隆は適当に返答することで誤魔化した。
「もう! ずっとゲームでもしてたの? 今日から授業が始まるんだよ」
「分かってるって……」
長い付き合いから、理由をはっきり言わないのは何か言いにくい理由によって寝不足の状態なのだろう。
そして、幸隆が寝不足になるのは大抵ゲームを深夜までやっていた時。
そう考えた亜美は、頬を膨らませて幸隆を責めた。
あながち間違いでない鋭い亜美の指摘に、幸隆は強く言い返すことができなかった。
「おいっ! 大矢!」
「永田…君……」
幸隆が亜美と共に校門を抜けると、後ろから亜美に声がかけられた。
その声のした方に目を向けた亜美は、一瞬眉をひそめ、呼び捨てにしそうになるのを取り繕う。
声をかけてきたのは永田朝人という少年で、幸隆や亜美と同じクラスの生徒だ。
いつも男3人で行動しており、ダンジョンもその3人で入って魔物を倒している。
「お前の仲間に言ってくれよ。俺たちと組もうって……」
永田たち3人組は、全員が武器戦闘を得意とする前衛タイプ。
そんな3人で組んでダンジョンの魔物と戦うなんて、通用するのは上層部のみで、二桁以上の階層になると魔物の種類によっては歯が立たず、全然先に進めなくなる。
そのことが分かっているからだろう。
2学期に入ってから亜美たちのパーティーと組みたがり、今のように何度も声をかけて来ていた。
「それは断るって何度も言っているじゃない!」
誘いに対し、亜美はきっぱり断る。
これまで何度も同じように誘われたが、亜美たちは組む気はない。
というより、亜美が永田たちと組みたくないからだ。
永田たち3人は、少々ガラが悪い。
そんな彼らとダンジョンに入ったら、魔物だけでなく彼らにも警戒しながら進まなければならなくなる。
むしろ、色々な意味で危険が増すことにしかならないため、誘いなんかに乗る訳がない。
話はこれで終わりとでも言うかのように、亜美は教室へ向けて歩き出した。
「何でだよ? 俺たちみたいのが前衛に居た方が、お前たちも楽だろ?」
亜美が拒否をしているにもかかわらず、永田は後者に入って教室の前までしつこく話しかけてくる。
というのも、永田は亜美たちと組みたい理由があるからだ。
簡単に言えば、永田は亜美に惚れている。
そのため、亜美には逆効果になっているというのに、しつこく言い寄っているのだ。
「お前みたいなゴブリン面と組むわけないだろ……」
「っっっ!?」
ずっと亜美の横にいるというのに、永田は完全に幸隆を無視していた。
別にそれは珍しいことではない。
永田にとって、魔力を使えなくなった幸隆は存在していないも同然ため、相手にする価値がないと考えているからだ。
幸隆としても、その態度は気にしていない。
永田に限らず、2学期に入ってから自分に話しかけてくる人間は少なくなったからだ。
しかし、亜美を自分のパーティーへと誘う永田の態度が気に入らない。
亜美の態度を見ていれば、永田に脈がないことぐらい分かる。
いい加減しつこすぎる誘いにイラ立った幸隆は、小さい声で永田を蔑んだ。
「おいっ!! てめえ今なんて言った!?」
「……別に。何も……」
聞こえないように呟いたつもりだったが、どうやら聞こえてしまっていたらしく、永田は完全に怒り狂っている。
失敗したと思いつつ、幸隆は誤魔化そうとする。
「嘘言ってんじゃねえ! ゴブリン面って言いやがっただろ!?」
「…………」
怒声に反応して、クラスメイト達の視線も2人に集中している状況。
永田の言葉に、「……顏と頭が悪くても、耳だけは良いんだな?」と言いたいところだが、それを言ったら完全に喧嘩になる。
そう判断した幸隆は、無言で教室に入って行った。
「おいっ!! 無視してんじゃねえよ無能野郎!!」
「…………」
「大体、てめえいつまで力が戻ると縋ってんだよ!! さっさと退学して次の学校でも探してろよ!!」
永田からすると、幼馴染だからといって、いつも一目ぼれした亜美の側にいる幸隆が嫌いだ。
1学期の時はクラスでも優秀だったが、夏休み明けたら魔力の使えない無能になっていた。
嫌いな幸隆が転落したその様は、内心嬉しくて仕方がなかった。
相手にする価値もなくなり無視していたが、魔力が使えなくなった人間がこの学校に通い続けていることが不愉快で仕方がない。
そんな幸隆にバカにされ、我慢できなくなった永田は、思っていたことを口に出した。
「お前に指図される筋合いはないだろ?」
「何だと……!?」
2学期の終業式の時、担任の鈴木によって退学しなければならないと伝えられている。
そのことは、叔父の一樹と亜美以外は知らないはず。
それを指摘され、カチンときた幸隆は思わず永田を睨みつけた。
その態度に、永田の怒りは更に膨れ上がる。
「てめえ!! 今日の魔術の授業でブチ殺してやる!! いつものように見学なんてぬかすんじゃねえぞ!!」
ここは、探索者を目指す者たちが集まる学校だ。
魔力を使った授業が存在していて、今日も午後に入っている。
魔術の授業では魔力を使用した対戦がおこなわれるため、魔力が使えなくなってしまった幸隆は、2学期は授業に出ても見学するしかなかった。
その授業を利用して憂さを晴らし、亜美にいいところを見せ、幸隆に引導を渡してやろうと考えたのだろう。
永田は授業で戦うように求めてきた。
「ちょっ……」
「……いいぜ」
「ゆ、幸くん!?」
ダンジョンを進むためには、魔力が必須。
魔力を使用することにより、危険な魔物と戦うことができるからだ。
魔力が使える人間と使えない人間では、戦闘に置いて天と地ほどの差がつく。
それは永田も分かっているはずだ。
それなのに対戦することを求めたため、亜美は永田を止めようとする。
しかし、断るべき本人がそれを了承してしまい、信じられないというような目で幸隆を見つめた。
「……へっ! クラスのみんなも聞いていたからな!」
魔力の使えなくなった幸隆がどうやって断ってくるのかと思っていたが、まさかの了承。
土下座でもさせようかと思っていたが、拍子抜けした気分だ。
しかし、了承したのならそれはそれで面白い。
クラスのみんなが見ている前で了承したのだから、今更断ることもできないだろう。
公然と幸隆を痛めつけることができると分かった永田は、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「おいっ! 何やってるんだ? ホームルーム始めるぞ」
幸隆と永田が揉めていたところに、担任の鈴木が教室に入ってくる。
いつの間にかホームルームの時間になっていたようだ。
「チッ! 逃げじゃねえぞ!?」
「ハイハイ……」
本当ならこの場でぶちのめしたいところだが、流石に担任の前で喧嘩をする訳にはいかない。
そのため、永田は舌打ちしつつも大人しく自分の席へと向かう。
幸隆の横を過ぎる瞬間、小さく脅すような言葉をかけることも忘れない。
そんな事を言われなくても逃げるつもりはないため、幸隆は受け流すように返事をしたのだった。
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