第11話 解呪

「やった……」


 身分証に記された金額を見て、幸隆は思わずガッツポーズをとった。

 ゲーム世界で1年近くの期間働きまくったことにより、ようやく資金が溜まった。


「これで治せる!」


 自分に掛けられている弱体化の呪い。

 それを解呪することができる。

 そう考えると、働きづめ溜まった疲労も心地よいと思えてくる。


「よし!」


 早速、教会に行って解呪することを伝えに行かなければ。

 そう考えた幸隆は、すぐに拠点から出た。


「どうも……」


「あぁ、どうも!」


 教会へ行き、シスターを見つけた幸隆は軽く頭を下げて挨拶をする。

 それに気付いたシスターも、幸隆へと挨拶を返した。


「予定通り解呪をお願いしたいのですが?」


「そうですか! 了解しました!」


 言ったその日に解呪を開始するか分からなかったため、幸隆は数日前にも教会に来ていた。

 そして、もう少しで資金の調達が可能になると伝え、解呪を開始する準備をお願いしていた。

 そのこともあって、シスターはすぐに了承した。


「それにしても、300万ドーラもの金額を1年程で集めるなんて、相当な苦労をなさったでしょう?」


「えぇ、きつかったです……」


 最初に解呪の資金を聞いた時、途方もなく感じた。

 毎日毎日料理店で働き、店が休みの日は町の中の力仕事で資金を稼いだ。

 現実世界でも叔父の店で働いて、ほとんど休みなしの生活。

 疲れない方がおかしい。

 これまでの1年を思い返し、幸隆はシスターの質問に深く頷いた。


「でも、それも解呪のためです」


 300万溜めるのはかなりきつかった。

 しかし、それも呪いを解くため。

 そう考えていたからこそ頑張れた。


「準備は整えてあります。明日の午前中で大丈夫ですか?」


「はい。お願いします」


 数日前に幸隆から頼まれていたため、シスターは神父と共に解呪するための準備を開始していた。

 後は幸隆が資金を集められるかだけだった。

 それも達成されたのなら、いつでも解呪をすることができる。

 この世界にも曜日が存在していて、火水風土雷光陰の順の1週間になっている。

 現実世界の日曜日に当たるのが陰の日であり、多くの者が休む日となっている。

 この世界だと明日がその陰の日で、解呪するのに丁度良いらしい。

 幸隆としては今すぐにでも開始して欲しいところだが、流石にそうもいかないらしい。

 しかし、明日までの辛抱と割り切り、シスターの提案を受け入れ、今日の所は拠点に帰ることにした。


「ギリギリ間に合いそうだな……」


 その日の夜。

 拠点のベッドに横になり、幸隆は小さく呟く。

 現実世界は通常授業開始の日で、午前6時30分頃だろう。

 登校時刻の8時30分まであと2時間で、この世界に換算すると40時間ある。

 寝て、起きて、解呪して、現実世界に帰ったらすぐに支度して学校に向かうことになりそうだ。

 しかし、ギリギリ間に合う。

 明日の解呪に向けて楽しみな思いと共に、本当に解呪できるのかという不安な思いを抱えたまま、幸隆は眠りについた。






「こんなに人数が必要なのですか?」


「あなたの呪いはかなり強い。私の魔力だけでは到底足りないため、集めさせてもらいました」


「なるほど……」


 幸隆の問いに神父が答える。

 何故幸隆がそう聞いたのかと言うと、ここの神父とシスター数人の他に30人近くの人が教会内に集まっているからだ。

 解呪するのに、何でこんなに人がいるのか不思議に思ったからだ。

 しかし、その理由を聞いて、幸隆は納得いった。

 シスターから、自分は結構強力な呪いをかけられていると聞いていた。

 それを解呪しようとするなら、それ相応の力が必要になる。

 神父1人でそれを補うことはできないため、協力してくれる人間を集めたようだ。


「資金の半分は協力してくれる彼らに払うことになります」


「そうですか……」


 ここに集まっている者たちは、神父がギルドに依頼して集めた者たちのようだ。

 場合によっては魔力切れを起こし、次の日は仕事をする事はできなくなるかもしれない。

 しかし、彼らからすると、命を懸けて搭の魔物と戦うよりも、魔力を提供するだけで結構な額を得られる美味い仕事だ。


「早速、始めましょう。そこに座っていてください」


「……はい」


 神父が魔法陣を指差す。

 どうやら、その魔法陣に魔力を流すことで解呪をおこなうのだろう。

 言われた通り、幸隆は魔法陣の中心に座った。


「******……」


 神父が何かを言っている。

 小さくて聞こえないが、恐らく解呪するための呪文なのかもしれない。


「……ぐっ!」


 魔法陣が仄かに光る。

 すると、ジワジワと体が熱くなってきた幸隆は、小さく声を漏らす。


「ぐうぅ……」


 時間が進むにつれ、熱が増していく。

 幸隆は我慢できず、呻き始めた。


「があぁ……!!」


「苦しいでしょうが我慢をしてください」


 集まった者たちの魔力を受け、神父は魔法陣に魔力を流し続ける。

 そして、呻き声を上げる幸隆に発破をかける。


「……ぁあ、あ……」


「あと少しです……」


 ずっと苦しみ続けていたため、どれほどの時間が経ったか分からない。

 ギルドで集めた30人も、かなりの人数が魔力切れで動けなくなっている。

 呻き続け、喉が枯れた幸隆に、神父は声をかける。


「ハァ~……」


 ギルドで集めた者たちも残り僅かとなったところで、魔法陣の光が治まっていく。

 そして、完全に光を失う。

 それを確認した神父は、大きく息を吐いて、大量に掻いた顔の汗を拭った。


「終わりましたよ」


「…………」


 神父の声と共に、幸隆は閉じていた目を開く。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、自分の体を確認する。

 座って苦しんでいただけだというのに、何だかとても疲労を感じる。


「フゥ~……、どうやら間に合ったようですね……」


 神父に魔力を供給できる人間は、もう残り3人しかいない。

 その3人も、魔力切れ寸前。

 もしも、全員魔力切れを起こしていたら解呪は失敗となり、今日以上の人数を集めて再トライしなければならなかった。

 そうなれば、また幸隆に資金の調達をしてもらうことになっていたため、神父はそうならずに済んだことに安堵した。


「……本当に解呪できたのですか?」


 解呪できたようだが、何も変わった様子がない。

 心配になった幸隆は、神父に確認するように問いかける。


「えぇ、ご自分で確認しては?」


 解呪されたからと言って、特段肉体に変化が起きる訳ではない。

 そのため、幸隆は心配になっているのだろう。

 解呪を受けた当事者にはよくある反応だ。

 成功したかどうかを確信させるため、神父は幸隆に自分で確認することを求めた。


「あっ! あぁ……」


 自分で確認。

 そう言われた幸隆は、何をするべきかすぐに気付く。

 事故に遭ってから、自分の魔力を感じることができなくなっていた。

 解呪されたのなら、魔力を感じることができるはず。

 そう考え、幸隆は意識を自分の体に向けた。

 すると、事故以前は当然のように感じていたものが体の中に流れているのを確認した。

 それにより、幸隆はジワジワと感動が込み上げてくる。


「……やった。やったーーー!!」


 魔力を感じ取れる。

 つまり、以前のように魔力を使用した戦闘ができるということだ。

 解呪が成功したことを確認した幸隆は、あまりの嬉しさにガッツポーズすると共に大きな声を上げた。


「ありがとうございました!」


「お疲れさまでした」


 解呪に参加してくれた者たちと神父に感謝を告げる。

 そんな幸隆に、神父は解呪で苦しんだことへの労いの言葉をかける。

 1年近くかけて必死に集めた資金はすべてなくなった。

 しかし、解呪できたのだからそんなことどうでもいい。

 念願叶った幸隆は、疲労も忘れて晴れ晴れとした気持ちで教会を後にしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る