36. キュウの決意

「ふーん、なるほどね。それで今に至ると」


 仕事での出来事、キュウが実は男だということ、そして彼がうちのパーティーに加入希望だということ。

 俺が記憶している今日の出来事を洗いざらいすべて話した。


「キュウちゃん……じゃなくて、キュウ君。ヘージの言ってることに嘘はない?」


「はい! 全部真実です!」


「そう……どうやら犯罪性は無いみたいね」


「お前俺を何だと思ってるの?」


「ニート」


「今日一日働いてなお?!」


 どうやらナノの中の俺はニートからジョブチェンジできないようだ。

 まあ、特殊職業エクストラジョブが『ニート』なだけに何も間違っていないのだが。


「それよりキュウ君。親御さんはどうしたの? 十八歳未満は親御さんの許可がないとパーティーには入れないわよ?」


 へぇ、そんなルールがあるのか。意外としっかりしてるな。


 まあ確かに、ギルドの仕事には多種多様なものがあり、当然危険なものもある。


 特に、魔王討伐を掲げている俺たちにとって危険は避けられないもの。子供をそこに巻き込むのは筋違いである。


「うちは仮にも魔王討伐を目標にしてるの。そこに子供を巻き込むなんてこと、親御さんが許してくれるとは思えな」


「……いないんです」


 珍しくナノが真面目なことを言っている。まあ、彼女も根は律儀な人間なので、自分たちのことに子供を関与させたくないのだろう。


 そう思ってると、キュウが顔を俯かせながら唐突に話を遮った。


「お父さんもお母さんも、兄弟も、僕の村の人たちはみんな殺されました。僕だけ何とか生き残れて、今はこうしてギルドの仕事で生計を立てているんです。唯一現場にいなかった一番上の兄も行方知れずで……犯人もまだ見つかっていません」


 おっも! 話が重すぎる!


 銭湯にいたときにキュウが物憂げな表情で後悔がどうのこうのと話していたが、今の話がその後悔とやらに当たるのだろう。


 高収入とはいえ、なぜキツイ肉体労働をしていたのか、これでようやくわかった。

 なにか訳アリだとは思ったが、まさかそんなとんでもない過去を抱えていたとは。


「魔王討伐が目標なら、なおさら都合がいいです! もしかしたら、村のみんなのかたきに会えるかもしれません! お願いです! 僕を仲間に入れてください!」


 必死に訴えるような目でナノを見つめるキュウ。

 先ほどまで喋っていたナノは、自分がキュウの地雷を踏んでしまったことを理解し、何も言えなくなってしまう。


 その後に訪れたのは重苦しい沈黙の時間。

 ギルド内がどんちゃん騒ぎで騒がしい中、その席だけが場違いに暗かった。

 すると、


「お、お二人とも。とにかくまずは自己紹介をしましょう! 自分はエレナ・シーベルクと申します。職業ジョブは武闘家です」


 重苦しい空気を終わらせたかったのか、気を利かせたエレナがなるべく自然な形で話題変換をした。

 エレナ。マジでナイス。


「わ、私は、ナノ・ロッドエッジよ。職業ジョブはウィザード。気軽にナノって呼んでね」

「はい! よろしくお願いします! エレナさん! ナノさん!」


 先ほどの空気はある程度流れていき、キュウも気持ちを切り替えて二人の紹介に応えた。


 そしてやはり今回もナノの意図は伝わらず、キュウは二人に対して敬語を使うようだ。


 流石のナノも、自分より年下の相手にタメ口を強要させるのは気が引けるのか、少し残念そうにしただけでこれ以上は何も言わなかった。


「それで、キュウ殿は自分たちのパーティーに加入したいと言っていましたね? キュウ殿は何の職業ジョブを取得しているのですか?」


 え? 何? いきなり面接が始まったよ?

 しかも昨日入ったばかりの奴が先輩面して面接官やってるし。


「はい! 自分は回復職のクレリックです! お二人のような上位職じゃないですが、精一杯頑張ります!」


「ハイ採用!」


「決断速すぎだろ?! もうちょい質問しろよ!!」


 クレリックだと聞いた瞬間、ナノが即答で採用を決定した。


 前世では正社員アルバイト含め数多の面接を受けてきた俺だが、面接の段階で、しかも一つ目の質問で採用されるのは見たことがない。


「何言ってるのヘージ! クレリックならうちのパーティーじゃ即戦力よ?! 誰かが怪我したときすぐに回復できるじゃない!」


「た、確かに……」


 うちのパーティーはエレナ一強だ。つまり、彼女の敗北はパーティーの敗北へ直結する。


 万が一エレナがクエストを受けているときに怪我をすれば、そのクエストの攻略難易度が一気に上がるだろう。


 その時に回復要員がいればすぐにエレナを戦線復帰させられる。


「本人も入りたいって言ってるし、即採用よ!」


「キュウ殿はよろしいのですか?」


「はい! 僕はこのパーティーに入って皆さんの役に立ちたいです」


「あ、いや、そういうことではなく。ヘージ殿から聞いているとは思いますが、自分たちのパーティーには、今借金があるのです」


「……え?」


 先ほどの機転はどこへやら。今度は空気を読まず、このパーティーが抱えている爆弾を包み隠さずキュウへ話した。


「へ、ヘージさん! 聞いてないですよ?! 借金があるなんて!」


「……すまん」


 確かに借金があるとは言っていない。

 だが、『困っている仲間のために働いている』という言葉に嘘はない。


 だから俺は説明不足という点でとりあえずキュウと目を合わせずに謝った。


「ちなみに借金はおいくら何ですか?」


「そこの壁を壊した修繕費で来月までに百万ルピカくらい……」


 ばつの悪そうな顔をしながら、ナノが俺たちの席の後ろにある壁に指をさす。

 未だ巨大な穴に木の板が張られただけのその場所は、自分たちのやらかし具合を簡潔に説明するのに十分な材料である。


 流石のキュウも、これには顔を引きつらせていた。

 しかし、顔を左右に振り、引きつった顔を元に戻すと、


「――いや、この際借金があってもいいです! その返済、僕もお手伝いします! だから僕をこのパーティーに入れてください!!」


 机から身を乗り出し、先ほどよりも必死に頼み込んできた。


 借金返済を手伝ってまでパーティーに入りたいと言ってくるとは思わなかったが、このパーティーの汚点を知ってなおここまで頼み込んでくるのなら、それ相応に覚悟があるのだろう。


「――わかった。キュウがパーティーに入るのを認める」


 別に俺がパーティーのリーダーってわけじゃないが、ここまでの熱意があってそれを無下にするのもどうかと思い、パーティー加入を認めた。


 それに、彼にも相当理不尽な思いをした辛い過去がある。それなら俺の矜持にかけてキュウの手助けをしてやりたい。


「ほ、本当ですか?! ヘージさん!」


 俺の言葉を聞いた瞬間、キュウが尻尾を振りながら俺の方を見てきた。


 何この生き物めっちゃ可愛い。男とは言えここまで可愛いのならこのパーティーのマスコット枠もいけるだろう。

 これで日々のストレスから解放され、心も体も回復してもらえる。


「ちょ、あんた何勝手に」


「ナノもキュウがパーティーに入るのは賛成だったろ?」


「まあ、それはそうだけど。あんたに決定されるのが気に食わないのよ」


「いったい何が気に食わないんだよ……」


 いったい今の発言の何が嫌だったのだろう。暴言を吐かれなかっただけマシだが、これはこれでちょっと傷ついた。


「エレナはどうだ? キュウがパーティーに入るのは反対か?」


「自分は大賛成です! キュウ殿が入ってくれれば、このパーティーもこれまで以上に賑やかになりますし」


「それじゃあ決まりだな。っというわけでキュウ。これからよろしくな」


「――ッ!! はい! よろしくお願いします!」


 こうしてうちのパーティーに、新たにクレリックの人狼キュウが加わった。


 彼が加わったことで、ウィザード、武闘家、クレリックとバランスの良いパーティーにメンバーになり、これまで以上に色々できるようになるだろう。


 え? 俺? 

 俺はあれだから。後方からの指示役だから。別に役立たずってわけじゃないから。


 キュウがパーティーに入ったのは喜ばしいことだが、同時に冒険者である俺の肩身が狭くなったのも事実。


「よし! 今日はキュウの歓迎会だ! 報酬もたんまり手に入ったし、好きなものを食うぞ!」


「賛成です! 自分、お腹と背中がくっ付きそうです!」


「ちょ、借金返済があるんだから加減しなさいよ?」


「わかってるって。キュウ! お前も遠慮せずに食えよ?」


「はい!」


 これから何の職業になるか決めていないが、先々のことを考えても仕方ない。

 今は、キュウの歓迎会を思いっきり楽しむとしよう。

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