30. 軽い雑談で心が折れそう
昼食を食べた後も、クエスト受注者たちはそれぞれの仕事に割り振られ、せっせと重労働をこなしていた。
そして、作業現場での仕事も佳境に差し掛かり、疲れもピークに達し、喋る気力すらわかず、黙々と作業を進めていく。
時折キュウに出会うと手を振ってくれるが、手を振り返すこともせず軽い会釈をするだけで、特に話すこともなく自分の作業をこなしていった。
「――もう少しだ……あともう少しで終わる……」
ただでさえ昨日はホワイトドラゴン相手に散々走り回ったんだ。
若い体でも運動を全くしてこなかった俺は、もう体力の限界を超えていた。
それでもボロボロの体に鞭を打ち、資材を運んでいく。
「あいつらは……もう終わっているだろうか」
日は赤く傾き、異世界の街をオレンジに染め上げていた。
流石に二人とも、この時刻までクエストを受けてはいないだろう。おそらくギルドのいつもの席で、俺の帰りを待ってるはずだ。
待ってくれている人がいると、力が湧いてくる……なんてことはないが、早く終わらせたい一心で体を動かす。帰ったらまず銭湯に行くか。
「――お仲間のことですか?」
「ああ、ギルドで待ってる仲間が……え?」
ふと左から話しかけられ視線をそっちに移すと、大きな箱を抱えているキュウが、いつの間にか隣にいた。
「キ、キュウか……ビックリさせるなよ……」
「あはは、ごめんなさい。それで、今のってお仲間のことですか?」
「ああ、ギルドで待ってる俺の仲間について考えてた」
「さっき言ってた困ってる仲間の方ですか? ヘージさんが助けてあげてるって言う」
「――そ、そうだな……」
どうしてだろう。なぜこんなにも心が痛むのだろう。
嘘をついているからか?
いや、ニート生活を死守するために死ぬほど嘘をついてきた俺に、今更良心なんてものは無いはず……無いはずだと思いたいが。
キュウの目をちらっと見ると、憧れの人を見つめるような、そんなキラキラした目で俺を見ていた。
「――グハッ!!」
「ど、どうしたんですか? ヘージさん!」
「すまない、少し心が折れかけたんだ」
「大丈夫ですか?! もしかして熱中症ですか?」
「確かに熱いな……主に視線が」
その輝く目によって、危うく倒れそうになるが、寸でのところで何とか踏ん張る。
純粋で穢れを知らない目で、穢れまくってる俺を見ないでくれ。良心の呵責で心が押しつぶされそうだ。
ゴブリンキングやホワイトドラゴンとはまた違う恐怖。
自分のちっぽけな見栄のために放った嘘がバレてしまわないかという嫌なドキドキ感が、俺の心をへし折りにかかってきていた。
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
「ああ、それより仲間の話をしよう……」
これ以上この話が続くと、俺の心が耐えられない。
よってここは、最初にキュウが提示した俺の仲間について話す路線に切り替えた。
「俺は冒険者ギルドでパーティを組んでいてな。俺のほかに、ウィザードと武闘家の仲間がいるんだ」
「二人とも上級職じゃないですか! 僕なんてまだクレリックなのに……」
クレリックと言えば、冒険者から転職できる回復系
クレリックから、味方に強力なバフをかけれるビショップ。もしくは、強力な回復魔法を扱うプリーストのどちらかに転職可能だ。
「そ、その歳でギルドの会員なのか……っていうか、既に転職してるって……」
彼女がギルドの会員と言うことにもビックリしたがこの子こんな見た目でもう転職してたことにビックリだ。
子供にまで先を起こされたのか俺は。
「ヘージさんは、どんな
「――えっと……その」
「あ、でも、ヘージさんって魔法使いっぽいですから、魔法使い系の
いや、確かに前世では三十歳を超えてから魔法使いになったし、危うくもうすぐで賢者にもなりかけた経験がある。
前世と今世を合わせれば、あと少しで大賢者の領域に到達できるだろう。
そういう意味では、俺は魔法使いなのかもしれないが。
「でもでも、確かパーティにウィザードっていましたよね? ヘージさん、タンクってイメージ無いし、防御系のジョブではないと思うんですけど」
「――ぼ……んしゃ」
「ん? なんて言ったんですか?」
「ぼ、冒険者なんだ……ギルドに会員登録したのもつい最近で、まだ冒険者の段階で」
「あ……なんか、ごめんなさい……」
怒涛のマシンガントークはどこへやら。俺が冒険者だとわかると、途端に気まずい雰囲気が出てきて、あまつさえ子供に気まで使わせてしまった。
ここまで来たら嘘を貫き通そうとも思ったが、それは流石に良くない。
それ以前に『死にたい』という言葉が、恥ずかしさと申し訳なさで心が満たされたときに頭をよぎる。
「えっと……冒険者って、一番伸びしろがあってなんにでもなれる可能無限大の
「その気遣いが傷口に塩をぬる行為ってわかってる?」
彼女の慰めの言葉が、俺の傷ついた心に突き刺さる。
同じ冒険者に言われたならまだしも、俺より一つ上の段階にいる奴に言われても何も響かない。むしろダメージすら与えているのだ。
「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ」
「ああ、わかってる。悪いのは俺なんだ……」
自分が今冒険者の段階なのも、キュウにいらない気を使わせたのも、全ては俺のせい。
「えっと……あ、そうだ! ヘージさんは、冒険者からどんなジョブになりたいですか?」
「――どんなジョブに……か」
キュウはあからさまに話題を戻す。だが、今の俺にはそれくらい強引な方向転換の方が、気持ちの切り替えもできてよかった。
にしても転職するジョブか。
「色々悩んでるけど、どれも俺には向きそうもないんだよな。力も技術も魔力も無いし」
俺の唯一のポテンシャルである
だが、肝心の『攻撃』という項目に関しては、未だに答えが見つかってないのだ。
「はぁ。もうこのままニートでいっかなぁ」
「だ、ダメですよ無職なんて! 働かざる者食うべからずですよ!」
「あ、いや、そういう意味じゃ」
まあ確かに、傍から見れば堂々とニート志望を宣言している頭のおかしい奴に見えるか。
実際にはもっと前から
そしてこれから先も……やめよう。心が軋んできた。
「僕の居た村じゃ、小さいころから親の手伝いをするのが
「そ、そうなのか。それはまぁ、すごいな」
幼少期の段階から、ここまでの違いが出るのか。
こっちに転生してきた当初は『親が金持ちでラッキー』とか思ってたが、どうやら自立する意思がない俺にとってあの環境は相当の沼だったらしい。
そう思うと、俺を追い出した両親はあえて俺を厳しい環境下に置くことで俺の自立を促そうとしているのでは? とも思ったが、多分それは体のいい俺の勝手な想像なのだろう。
昔の思い出に、思わず浸りそうになったその時だった、
「ヘージさん。何か聞こえません?」
「ん? ああ、確かに聞こえるな。上か?」
俺の心とは別に、上で何かが軋む音がした。
その耳障りな音は、重金属独特の音を発しながら確かに俺たちの頭上で鳴っていたのだ。
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