24. お酒は二十歳になってから

 ギルドに戻ってきた俺たちは、とりあえず窓際の一番奥から一つ前の席移動し、奥の方に俺が座った。対面にはナノがいる。


 すっかり辺りも暗くなっており、ギルド内はクエスト帰りの人々で騒がしくなっている。


 受付の方で報告を済ませているエレナの方をちらりと向いたが、なにやら受付の人が驚いた顔をしていたのが目に入る。


 まあ、めちゃくちゃ難易度の高いクエストを一人でクリアすれば、そんな顔もされるか。


「ヘージ殿、ナノ殿。報酬を受け取ってきました!」


「そうか、それじゃあさっそく」


 報告が終了したエレナがこちらの席に戻ってきて、ナノの横に座った。


 そして彼女の手には中身がはちきれんばかりの麻袋が握られていた。


 中身がどれくらい入っているのかは気になるが、まずはクエストクリアとパーティ加入の条件を見事達成したエレナに、パーティを代表して俺が一言。


「カンパーイ!!」


 いつの間にか俺たちの手にはビールジョッキが握られていた。


 エレナが報告している間に、おそらく自分でも気づかないくらい自然な流れで注文していたのだろう。


 それぞれが手に持つグラスを三人同時にぶつけ、ギルド内の一角に軽快な音を響かせる。


 その後は疲れを吹き飛ばすように飲み物を喉にゴクゴクと流し込んだ。


 数時間前まではびた一文も無かったが、クエストの報酬金もたんまり手に入ったため、気にせず酒が飲める。


「っぷはぁ!! 動いた後の酒は格別だなぁ!」


「あんた今回で飲酒二回目でしょ。何知ったかぶってんのよ」


 確かにその通りなのだが、このジュースとはまた違った炭酸と苦味が身体中に染み渡って仕方がないのだ。


 これが大人の味。そして労働の対価ってやつか!


「そういうナノは飲まないのか?」


「何言ってんのよ。私まだ十八歳よ? 二十歳じゃないんだから飲めるわけないでしょ」


「え、そうなの……てっきり同い年だと」


 本日二回目のびっくりだ。


 エレナの身体能力にもびっくりはしたが、今の発言は俺の中でそれに匹敵するくらいの事実である。


 そもそも、この世界でもお酒は二十歳までっていうのも驚きだ。


「それじゃあ、エレナはどうなんだ? お前もまさか飲めないのか?」


「あんた、親戚の厄介なおじさんになってるわよ……」


 今この場で酒を嗜んでいるは俺だけで、他の二人はジュースを飲んでいる。


 まだ耐性がついていないのか、元々あまり強くない方なのか、自分でもわかるくらいには酔っていた。


「自分は二十二歳ですけど、お酒は飲んだことがないですね。山籠もり生活だったので、こうやってジュースを飲むのも久方ぶりです」


「え? 嘘! 私より四つも年上なの?!」


「まあ確かに、色々と成長ぐわいが違うな」


「最低! 私だって、後四年もすればもっと!」


 決してナノも小さいわけではなく、むしろお手頃サイズだと言える。


 しかし、エレナのたわわに実ったマスクメロンの前では、そうしても小ぶりのみミカンに見えてしまうのだ。


 ダメだな。普段なら心の中でとどめていることが口からドバドバとあふれ出てくる。今度から酒は控えることにしよう。


「そんなことより、エレナ」


「そんなこと?! そんなことって何よ!!」


「これから、酒を飲む機会も増えるだろうし、強要するわけじゃないがアルコールにも慣れておいた方がいいんじゃないか?」


「ちょっと! 無視しないでよ!!」


 ナノにとって、自分とエレナを比べられたことがよほど許せないのか、抗議の目でこちらを睨んでくる。


 まあ、俺にとっては正直どうでもいいので、チワワに睨まれているとでも思いながら話を進めた。


「お酒を飲む機会……ですか?」


「ああ、これからしばらくはギルドの依頼で生計を立てていくが、もしかしたら他のパーティと関わりを持つこともあるだろ? 最初ここに来た時には俺もビックリしたが、どうやらここの奴らはどんちゃん騒ぎがかなり好きらしい」


 事実、隅っこの席で座っている俺たちとは真反対の、入口付近で座っている大男や陽キャの集団が、引っ切り無しに酒を飲んでいるのが見える。


 あいつら、いつも飲んでるけどちゃんと仕事しているのか? って心配になるほどにいつも飲んでる。


「正直関わりを持つかどうかもわからないし、ナノの不運体質のせいで関わること自体ないかもしれないが、酒を飲めて損は無いだろ?」


 ナノの不運はどうやらこのギルドじゃ有名らしく、普段ならだれにも心配されない俺がナノと一緒にクエストに行くときには遠目で心配されたほどだ。


 あれ? なんか自分で言ってて悲しくなってきたな……。


「ヘージ殿。少し涙目になっていますが大丈夫ですか?」


「気化したアルコールが目に入っただけだ。気にするな」


 これは強要じゃない。ただ勧めてるだけだ。


 前の世界じゃハラスメントで訴えられそうだが、ここは異世界。そんな言葉など存在しないのだ。


「ヘージは考え方が古いわよ。脳みその老化速度が人の二倍はあるんじゃないかしら?」


「泣くぞ。割と今自滅でダメージ入ってるからそれ以上言うと泣くぞ」


「お酒なんか飲まないで、お茶やジュースを飲んでればそれで十分じゃない」


 自分で開いた傷口に追い塩を塗り込むかのように意義を唱えたナノ。


 まあ確かに、この世界でも酒を飲めなくて不利になるようなことなどない。


 ――だが、ギルドは別だ。


 ギルドで酒を飲むということは、サラリーマンが上司と一緒に飲み会に行くのに似ていると思っている。


 前の世界のような上下関係に気を遣う必要はないが、その分横の関係に気を使わなければならない。


 酒を断れば、相手によくない印象を与えてしまう恐れもあり、そうなるといざというときに助けてもらうことができない可能性もある。


 前世でも、新卒で上司と飲み会に行ったときに、上司にへこへこしていた俺が言うんだから間違いない。


「はぁ……」


「な、なによそのため息は」


「いや、お前もまだ青いんだなと」


「年下ってわかったとたん態度が一層舐め腐ってないかしら?! 年下扱いしてると痛い目見せるわよ!!」


 俺の言葉を侮辱と受け取ったナノが勢いよく立ち上がり、酒を飲んでいるわけでもないのに声を大にしてこちらに敵意をむき出してくる。


 売られた喧嘩は買わない主義だが、今は酒が入っているためか思わずナノの口車に乗ってしまう。


「お?! やれるもんならやってみろよ! 俺の特殊職業エクストラジョブに傷一つつけられるもんならな!」


「ムキ―! 言わせておけば!」


「二人とも落ち着いてください!!」


 危うく喧嘩が勃発しそうになるのを、エレナがハキハキとした声で制止させる。


 流石に第三者であるエレナに言われれば、こっちとしては押し黙るしかなく、それは向こうナノもわかっているようで、若干俺を睨みはしたが落ち着きを取り戻して席に座った。


「ナノ殿の言うこともわかりますが、ヘージ殿の言い分も理解できないわけではありません。だから、お試しという形で少しだけ試飲をします。それで決めさせてください」


「まあ、エレナがそういうなら……」


「確かに、俺たちに決める権利はないしな」


 エレナは通りかかったウェイターを呼び止め、ギルド内で一番アルコール度数の低いカクテルを注文した。


 机に運ばれたのは、見た目はジュースと何ら遜色ない小さめのコップに入った黄色のカクテルだ。


 レモンのチューハイだろうか? オシャレに輪切りのレモンがコップの縁に刺さっている。


「それじゃあ、頂きます」


 エレナは目の前にあるカクテルを手に持ち、恐る恐るコップの縁を唇につけた。


 初めて飲む酒ということもあり緊張しているのか、コップを上に上げる速度がゆっくりに見えるが、それも少しの間だった。


 エレナの唇とカクテルが触れ合い、その直後にゴクゴクと喉の音が鳴る。


「どう? エレナ。美味しい?」


「初めての酒だからな。味わって飲めよ?」


 一口、二口と喉を鳴らし、コップの中身の半分が無くなったところでそっと口からコップを離す。


 そして、ゆっくりとコップを机の上に置き、味を吟味しているのか口元を動かしながら、何かを考えているかのように下を向く。


 こちらとしては味の感想を早く聞きたいが、そんなに急くものでもないだろう。俺も最初はゆっくりと味わったものだ。


 ふと、自分の過去を思い出し懐かしむが、直後にエレナの口が開いて何かをぶつぶつと喋った後、俺たちじゃない何か、何もない虚空に向かってたった一言。


「……ヒック」


 彼女は確かに、そう言った。

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