15. 一応旅立とうとはした

 神の目がより一層、威圧的なものへと変わる。俯いたまま目はこちらを確実に見ている。それも、ちびりそうなほどの眼力で。


 まずい、本気で怒らせてしまったか? 謝った方がいいか? 会社で鍛えたジャパニーズ土下座をここで披露するか?


 今更ながら謝罪の言葉が頭を駆け巡り、威勢よく言った言葉を前言撤回するかどうか迷ったときだった。


「――ぶっ」


「――え」


 笑った。こらえていた何かを、口から勢いよく噴き出したのだ。


「あはははは!! キミはなかなかに面白いことを言う! 自分が努力するのは嫌いなのに、人のために努力したいなんて矛盾すぎ! ってか理不尽に復讐とか! あー腹痛い!」


「は? え?」


「やめだ! やめやめ。気が変わったよ。職業ジョブの取り上げは無しだ」


 今までの態度から一転、腹を抱えて笑いながら玉座の方へと歩いていく。


 階段を上り椅子にふんぞり返るころには、普段の飄々とした態度へと戻っていた。手に持っていた刀もどこかに消えている。


 あまりにも様変わりした雰囲気に、まるで今までの話が俺を試すための嘘のようにも思えてきた。


「まさか、俺を試したのか?」


「いいや違うよ? 職業ジョブのスキルにバグがあったのも、職業ジョブを取り上げるのも、家族との復縁の話も全部本当で本気の話だったさ」


「じゃあなんで」


「だから言ってるだろ? 気が変わったって」


 神は気まぐれとはよく言うが、ここまで気がブレブレの奴は人でも見たことがない。


 態度の一変に理解が追い付かず、未だ唖然としている俺を見下しながら、まるで今から起こることが楽しみでしょうがないような、そんな子供のような無邪気さを孕んだ不気味な笑顔をこちらに向けてくる。


「ヘイジクン。キミの要望を通そう。その代わり条件付きだ。キミもさっき言った通り、神は『不平等』だからね」


「条件?」


「この世界にはキミを含め、私が転生させた十一人の特殊職業エクストラジョブ所有者がいる。その中の誰よりも早く、魔王を倒すこと。それが私がキミに課す条件だ」


 魔王。転生前にちらっと話に出てきていた気がするが、自分には全く関係のない話だと思って、その存在自体を忘れていた。


「魔王を倒す? なんでだよ。確か、チート能力持った奴を勇者に転生させて魔王退治に行かせてるって言ってたはずじゃ」


「――負けたよ」


 たった一言、彼女は何を含ませるでもなく直球で言ったのだ。


「数ヶ月前に魔王城に乗り込んだ勇者とその仲間たちは、命までは取られなかったものの、魔王とその幹部にボコボコにされて帰ってきた。それ以来、心が折れちゃってね。昨日までのキミみたいに自宅で引きこもってるよ」


 ゲームやアニメで見る勇者は、どれだけ紆余曲折しても基本的には最後に魔王を倒すようになっている。それが負けた? 主人公補正どこに行ったんだよ。


「そこでキミの出番ってわけだ。本来ならゴミ職業ジョブのはずが、なんらかのバグでチート職業ジョブの持ち主になったキミに、魔王退治をお願いしたい」


「そんないきなり……そもそも俺の職業ジョブの能力って何なんだよ!」


 特殊職業エクストラジョブのカードには能力の詳細が書いていなかったから、自分の力がどのようなものなのか全く知らない。スキルを獲得して、試してみようと思った矢先に神に連れてこられたのだ。


「自分を中心として、決めた範囲内への人の侵入を拒否する。これが本来の職業ジョブ『ニート』の大まかな能力だ。範囲も狭いし、人だけしか侵入を拒否できない。スキルポイントを振っていけば、ベースとなる能力を拡張させることもできるが、その拡張パックの内容もどれもしょぼい」


 これが本来の『ニート』の能力。

 自分が決めたテリトリー内への、人のみの侵入をできなくするという、なんとも俺らしい能力。


 使っても、自室のドアからの家族の侵入を防ぐことくらいしかできないだろう。せめてゴキブリとかの侵入も防げたらよかった。


「それがどういう理屈か化けに化けた。自分で決めれるテリトリーの範囲は元の能力よりも広くなったし、拡張パックもかなりいいものに変化してる。何より……能力が人だけじゃなく、全てを知覚して拒めるようになった」


「全て?」


「ああ、全てだ。物理、魔法、可視、不可視、形而上、概念問わず。キミ本人が認知してるかどうかも関わらず、知覚してる場合は手動、知覚していない場合はオートで拒むことができる。今はキミ自身が能力を知覚できてないからオートで作動するし、範囲は皮膚から数センチ程度だ」


「つまり、防御力がすごいってことか?」


「防御力とは少し違うね。あくまでもテリトリー内へ侵入させない不可侵のスキルだ。キミ自身は今まで通り、紙より脆いよ」


 ひどい言われようだな。まあ俺が弱いのは間違ってないから何も反論できないが。


 話を聞く限りだと、元の職業ジョブの能力よりもだいぶ良いものに変化しているみたいだ。本来、不遇職だったはずの『ニート』がバグだけでここまで大化けしたのは本当に運がいい。


「その代わり、攻撃性に関しては皆無に等しい。勝つためのスキルというよりは、負けないスキルと言った方がいいね」


「――それが、俺の能力。職業ジョブ『ニート』の力」


 先ほど彼女が持っていた刀が俺の腹を搔っ捌いた時も、全く切れていなかったのはこの能力のおかげなのだろう。


 彼女が俺をここに連れてくる直前にスキル『自宅警備員ホームガードナー』を取ったことで、意図せずに自分を守ることができたようだ。今日は九死に一生を得てばかりである。


「チート能力を持っていた勇者も、魔王には勝てなかった。でもキミなら絶対に負けない」


「――――」


「理不尽の権化とも呼べる魔王。それは今もなお、魔物を世に蔓延らせ、人々を理不尽な死に追いやっている。キミはその魔王を倒し、私のこの理不尽で不平等な条件に見事打ち勝ってくれ。もし魔王を討伐できれば、私ができる範囲で何でも願いを叶えてあげるよ」


 何でも願いを……最後の最後で飛びつきたくなるような条件を提示してきたな。


 旅立ちを見送られる勇者は、おそらく今の俺と同じ気持ちなんだろう。


 不安や恐怖の中、力と勇気を振り絞って魔物との戦いに身を投じていく。

 ちょっと前の俺なら、さっさとカードを渡して家族との復縁をあっさり承諾したいた。

 でも今は違う。彼女と出会って、自分の価値観ががらりと変わったのを感じた。


 ――だからこそ俺は、


「俺は、その条件を受ける。理不尽も不平等もこの力で全部ひっくり返してやるよ!」


「――よく言った。その答えに私は称賛を送るよ」


 拍手の音だけが何もない空間を埋め尽くす。


「さて、それじゃあここでお別れだ。次に会うときは死んだときか、はたまた夢の中か」


「断然前者だな。そんな悪夢見たくない」


「おいおい、悲しいこと言うなよ。私だって女の子なんだ」


 最後まで皮肉を言ってみるが、神にはノーダメージ。口に出た言葉とは裏腹に、全く気にしている様子がない。


 いつの間にか、自分に当たっているスポットライトの光が一層強くなっている。

 光が強くなるにつれて、目の前にいる神が、だんだんと白く霞んでいくように消えていく。


「どうやらキミは。ようやく最初のチャンスを掴んだみたいだね」


 その言葉が聞こえたと同時に目の前が暗転する。次に目を開けると、先ほどいたギルドの屋上だった。


 *


 さほど時間が経っていないのか、まだ日が明るい。


「――行くか」


 軽くなった腰を上げ、ギルドの屋上から出ていく。

 向かう先は、もちろん彼女のいる部屋。


 扉を開けると、彼女はまだ椅子に座っていた。扉が開く音でこちらに気づき、じっと俺を見つめてくる。人の視線には慣れてないからちょっとやめてほしい。


「戻ってきたのね。答えは出た?」


「――ああ」


 神と話しているときも、ずっと彼女の笑顔が頭から離れなかった。

 俺をここまで前向きにさせてくれたのは、彼女あってこそだ。だからもう、答えは決まってる。


「パーティを組もう。そして、目標はでっかく魔王退治だ!」


「――は、はぁ?! 魔王退治?!」


 彼女との約束。俺の目標。それらを成すために、俺はパーティを組む。


 もちろん、彼女は驚くに決まっている。

 なにせ、思い詰めて出ていった男が、帰ってきたら魔王退治がしたいなんて言っているのだ。


 頭が狂ったと思われるのも当然だろう。と思ったが、


「いいわねやりましょ!! 魔王退治!!」


「あれ? てっきり断られるかと……」


 いきなり立ち上がって、目を輝かせながら俺の方に寄ってきた。


 彼女からパーティを組むと言ってきたのだ。こちらから条件を出すのは不自然な事ではない。

 だが、魔王退治という突飛で頭のおかしい要求に、ここまで前向きに了承してくれるのは少しわからなかった。


「――私にも私の目標があるの。それを成し遂げるなら、魔王退治が一番手っ取り早いわ!」


「そう、なのか……まあ、いい。これからよろしくな」


「ええ、お互い頑張りましょ!」


 お互い、熱く握手を交わす。というよりは、彼女の方から手を握ってきたといった方がいい。


 利害が一致しているのなら、次に取るべき行動は……そうだな、


「とりあえず、この町を出よう。旅をしながら仲間を集めて、みんなでレベルアップして、良い装備もそろえて……まるでRPGだ! 今から壮大な冒険が俺たちを待ってるんだ」


 ゲームの中でしか起こりえない冒険が、今目の前にある。心を躍らせるな、と言う方が難しい。

 今から起こる全てのことに期待を込めながら、拳を握るが、


「あ、ちょっとまってヘイジ」


「ん? どうした?」


 かなり盛り上がってきたところで、ナノが俺の熱い心に水を差す。


 少しもじもじして、上目遣いでこちらを見てくる。客観的に見ればかなり可愛い表情だが、俺から見ると何か言いにくいことを言うかどうか、ためらっているように見える。


「この町の条例でね、一般的と転職してない冒険者はこの町の領地内から出ちゃダメな決まりになってるのよ。私は大丈夫だけど、今のヘイジは魔王城どころか、この町から出られないの」


「――は?」


 何か、心の中でポキリと折れるような音が響いた。


 どれだけ恰好つけても、すくすくと育ったニート心がそう簡単に変わるはずがない。


 極端に折れるのが早い俺の中には、もう『やる気』なんて文字はなかった。

 魔王退治以前に、どうやらこの町を発つことすらできないようだ。

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