ゆきふるほしのけものたち

大上

ゆきふるほしのけものたち



 ――フェネックが、死んだ。



それはあまりにも唐突で、あっけなくて、残酷だった。

フレンズ化する前の小さな小さな姿となってアライグマの手に収まっている、雪に塗れた彼女の姿を見て、かばんはその場に崩れ落ちる。

頬を伝った涙の跡はすぐに凍り付きそうなほどに冷たくなり、嗚咽と共に口から漏れる吐息は真っ白く染まって宙を舞った。











「……ラッキーさん、どうして最近こんなに寒いんですか?」

『――サンドスターニハ、動物ヲフレンズ化サセル以外ニモ、アラユルモノノ劣化ヲ遅ラセタリ、気候ヲ制御シタリト、様々ナ効力ガ確認サレテイルンダ。…デモ、ソノ気候制御能力ニ異常ガ起キテイルミタイダネ。パーク中ガ寒冷化シ続ケテイルヨ』

「まるで氷河期みたいだね……」




数日前。

パークに起きている異常について説明するボスの言葉に、かばんよりも先に頭を抱えて呟いたのは、マンモスだった。

もう太陽が分厚い雲に隠されてからどれだけ経ったのかわからず、気温は下がる一方で。

海を渡って旅を続けていたかばん達は、偶然たどり着いた大きな施設に、寒さを凌ぐために転がり込んだ。

施設の中は外と比べてとても暖かく、そこには自分たちと同じように、寒さと不安を紛らわせるために多くのフレンズ達が身を寄せ合っていて。

そのフレンズ達の中心となって動いていたのが、マンモスとクロヒョウの二人だった。


「もっと違う状況であなたと会えていたら、ゆっくりいろんなお話をしたんだけどなぁ」


そう言いながら、手にしたノートに文字を記していくマンモス。


「マンモスさん、字が書けるんですか!?」

「ある程度の文字なら読み書きできるよ。だから、こうやって『お友達ノート』に出会った子達のことを残してるんだ」

「マンモス姉さんは凄いお方なんやでぇ。ヒトが残したものについていろいろ調べてて、詳しいんや!この施設の中が外よりあったかいのも、姉さんが『お日様システム』を使ってあっためてくれてんねん。みんな大助かりやで」

「『お日様システム』って、なーに?」


聞き慣れない言葉に、フェネックが首を捻る。


「蓄えたお日様の力を使って、いろんなことができるの。パークにあるヒトが残したものは、お日様システムで動いているものがたくさんあるみたい」

「すっごーい!ここにいれば、もっと寒くなっても安心だね!」


マンモスに憧れの眼差しをむけ、無邪気に笑うサーバル。

片や不安の抜けきらない表情で俯いていたかばんの腕で、ボスが再び声を上げた。


『カバン。太陽光発電デ貯蓄サレタエネルギーハ、コノ気候ガ続クト減少スル一方ダヨ。システムダウン中ノ地熱発電ヤ風力発電ヲ、早急ニ復旧サセル必要ガアルヨ』

「……?えっと――」


理解が追いつかなかったかばんは、腕を持ち上げ首を捻る。


『……オ日様システムハソノウチ使エナクナルカラ、風ヤ地下ノ熱ノ力ヲ使ウ別ノシステムヲ動カサナイトイケナイヨ』

「えっ…!?」「はぁっ!?」


改めて説明し直したボスの言葉に、思わず声を上げたかばんの声と、クロヒョウの声が重なった。


『チョウドココハ、電力システムヲ管理スル施設ナンダ。設備ヲ修復・操作シテ、システムヲ復旧サセヨウ』

「で、でも……ボクにできるんですか?そんなこと――」

『ヤルシカナイヨ。ボクガデキルダケサポートスルカラ、復旧方法ハ直シナガラ覚エテ』


いつになく強引なボスの言葉にたじろぐかばん。しかしボスは、追い打ちをかけるかのように、告げた。




『ジャナイト、君タチノ命ニ危険ガ及ブヨ』









ボスの言葉は脅しでも冗談でもなく、どうしようもない事実だった。

あの日からかばんは、慣れない機械の操作や修理を、それでもボスに教えてもらいながら少しずつ続けていった。

お日様システムを始め、ヒトが作った装置に関心と知識のあるマンモスとクロヒョウが手助けをしてくれた。


けれども事態は一向に良くならず、悪化する一方で、暖かかった施設の中も次第に寒さをごまかせなくなり。

このエリアを管轄しているラッキービーストが定期的に運んでくれていた貴重な食料のじゃぱりまんも、あからさまに小さくなっていき。


とうとうそのラッキービーストさえ、姿を見なくなった。



施設の外は、もはや極寒のゆきやまちほーの如く。

太陽を失った薄暗い世界の中で、猛烈な吹雪がただただ収まることなく吹き荒れていた。



「はぁ……っはぁ……」



飢えと寒さに追い詰められたフレンズ達は日ごとに衰弱していく。


施設の地下には広い空間があり、少しでも寒さを凌ごうと、大半のフレンズはその地下室に籠もっていた。

かばんがたき火を起こしたものの、それにある程度近づけるのは火に慣れたサーバルのみで、他のフレンズの暖を取ることは叶わなかった。

飢えを凌ぐために、幾分か寒さに強いフレンズが外で集めてくれた木の実や野草も、ここで過ごす者達全員の腹を満たすことはできない。

そもそも、それらの食料で栄養とサンドスターを効率良く確保できるのは、元動物の特性上、草食動物のフレンズのみ。


肉食動物のフレンズも、ヒトの体を得た恩恵で食べられないことはないが、元の食性からか、十分な栄養やサンドスターを補うことはできなかった。



「はぁっ……っ……」



だから、次々と。


次々と消えていく、命の灯火。


寒さに耐えきれず。あるいは飢えに耐えきれず。

自分でどうにかしようと、あるいは小さくなってしまった【彼女】のように、弱っていく友を助けようと、無謀を承知で外へと向かい。

極寒の世界は、そんな彼女達の命を、あっという間に飲み込んでいった。




――施設の地下には、フレンズだった者達の、元動物に戻った亡骸が、増えていった。




「――かばん、少し休んで。呼吸が乱れてる」


端末を触っていた手を止め、マンモスが静寂を破る。

指摘されて初めて自分の不調に気付いたかばんは、ハッとしたように口に手を当てたが、一、二度軽く咳き込んで、再び端末に向き合った。


「いえ……大丈夫です。続けます」

「――アンタは凄い。見る見るうちに機械いじりが上手くなって。でも、根詰めすぎや。特に――フェネックがああなってから」


核心を躊躇うことなく突くクロヒョウに、マンモスが口を開きかけたが、真剣な彼女の表情を見てそれを閉ざす。


「アンタはお日様システムに代わる、なんちゃらシステムの復旧に欠かせへん存在や。だからこそ、しんどい時は休まなあかん」

「【ボス】も……あまり喋らなくなっちゃったし…ね」


手を止めることなくそう言ったクロヒョウと、マンモスの言葉に、かばんは視線を腕のボスに落とす。

丸いレンズが放つ穏やかな緑の光も、淡々としながらも優しさを感じたあの声も、久しく見聞きしていなかった。

おそらく、機能を失ったお日様システムが影響しているのだろう。


「……嫌なんです、これ以上誰かを失うのは、耐えられない」


黒グローブの下の指が寒さと恐怖で、震える。


「このままじゃ、サーバルちゃんやアライさんも…お二人だって…フェネックさんや、他のフレンズさん達のように――」

「それアンタにも言えることやで…。アンタが倒れたら、もうどないしようもなくなるんやから」


呆れた様な、心配したような声色で、クロヒョウが呟く。

かばんは震える指を握りこんで、ハァ、と息を吐きかけた。


この施設のフレンズだけじゃない。

これまでの旅路で出会ってきたフレンズ達も、旅立ちを見送ってくれたフレンズ達も、未だ出会わぬフレンズ達も。ひょっとすると同じように、苦しんでいるかも知れないのだ。


鞄から取り出した木の実をひと囓りし、かばんは再び手を動かした。

そんな彼女を尻目に作業を続けていたクロヒョウの腹が、盛大な音を立てる。


「アカン…かく言うウチもお腹ペコペコで限界や…」

「あ……ごめんなさい…。木の実、食べますか?」


自分の食事が彼女の空腹を刺激してしまったのだと察し、かばんは心苦しげにクロヒョウにも木の実を差し出す。


「木の実なぁ…。空腹は紛らわせるけど、元気はいまいち出えへんからなぁ…」

「あら、じゃあ木の実じゃなくて、私をひと囓りする?」

「――…姉さん。空気を変えようとしたんかもしれへんけどな。慣れへんシャレはやめとき。ぜんっぜんおもんないわ。ってか、さすがに怒るで」


不機嫌そうに表情をしかめ、クロヒョウはマンモスに指を突きつけた。



「いくら元が肉食動物やからって、フレンズ食うたりせぇへんわ」

「…そうね、ごめんなさい」



肩をすくめたマンモスは、申し訳なさそうに謝りつつも小さく微笑んだ。

クロヒョウは頭の後ろをガシガシ掻くと、かばんから木の実を受け取って齧り付いた。


その時だった。




「かばんちゃん…!」

「――!!サーバルちゃん…!?」


地下室にいるはずのサーバルが、ふらつきながら部屋に入ってきた。

乱れた毛並みと血色の悪い肌が、嫌でも目に付く。


「どうしたの…!?具合が悪いの…!?」


過剰なまでに心配して駆け寄るかばんに、サーバルはゆるゆると首を振った。


「わたしはまだへーきだよ。寒いの苦手だけど、かばんちゃんが起こしてくれたたき火もあるし、だいじょーぶ。かばんちゃんこそ、顔色悪いよ…。ちゃんと休んでる?」

「う、うん、大丈夫。えっと、それじゃあどうしてここに…」


かばんの問いかけに、サーバルは目を泳がせた。




「あ…あのね、アライグマがおかしな事言うの。その……フェネックがね、目を覚ますんじゃないかって――まだ生きてるみたいって……」




眉を顰める一同。

マンモスがかばんと目を合わせ、小さく頷く。

復旧作業を二人に任せ、かばんはサーバルと共にアライグマの所へと向かった。












「――アライさん…大丈夫ですか…?」


地下に安置してある沢山の亡骸の前で、アライグマはへたり込んでいた。


「かばんさん……アライさん、ちょっと寂しくなっちゃって、もう一度だけ、フェ、フェネックとお話したくなったのだ」



アライグマの手の中に、元動物と化したフェネックの姿。

彼女を失った日のことが脳裏に蘇り、かばんの息が詰まる。



「そしたらな、フェネックの体、まだちょっとあったかくて、柔らかいのだ。まるで、ついさっきまで生きてたみたいなのだ」

「――……え?」



フェネックが死んでから、もう数日経っている。

その亡骸が温かいなんて、あり得ない。

あり得ない、はずなのに。


「……なんで…」


グローブを外して直に触れた小動物の体は、ほんのり温かく柔らかかった。

しかし、呼吸による体の膨らみも、生命の鼓動も感じない。

紛れもなくフェネックは死んでいた。


それはまるで、息絶えた瞬間の状態から、【保存】され続けていたようで。



「【劣化】が、遅れてる……」



いつかボスが教えてくれたサンドスターの効力を思い出すかばんを、アライグマとサーバルが何もわからないまま見つめる。

そのやつれたサーバルの姿と、背後に安置された【新鮮な】亡骸たちを同時に目にしたかばんは。




「――……っ!!」




これまで数々の困難を乗り越えてきた時と同様に、ある【一つの案】を思いつく。




口に出すのも恐ろしいような、おぞましい提案を――。












「一体何があったの…?」


復旧作業を続ける二人の元へ戻ったかばんに、マンモスが開口一番に訊ねる。


「亡くなったフレンズさん達の体――サンドスターの力で劣化が止まってるみたいなんです…。本当に、さっきまで生きてたみたいで……」


息を呑むマンモスの横で、クロヒョウが小さく舌を打った。


「……天気を元に戻す力はないのに、なんやねんそれ……」


ぶつくさと呟きながら作業を続けるクロヒョウに対し、マンモスはかばんの表情からこれまでとは違う何かを感じ取ったようで、手を止めて彼女に向き合った。


「――…どうしたの?」

「……こんなことを思いつくボクは最低です…。でも――」


震える口と乱れた心で必死に言葉を紡ぐ。






「――肉食フレンズさんが…生きるための食料、なんですが――」






ただでさえ冷たい空気が、さらに冷え込むのを感じた。

クロヒョウが椅子を蹴るように立ち上がって、一気に距離を詰める。


「今、何言おうと、したんや…」


唸り声の絡んだ、凄みを利かせた低い声。

かばんは目をそらさず、怒りを露わにしたクロヒョウを黙って見つめる。


「――食えって言うんか、なぁ?」


クロヒョウの手が、かばんの胸ぐらを掴む。


「フレンズじゃなくなったらセーフですってか?なぁ!?昨日まで隣におった友だちが、死んだら今日は食料なんか!?フレンズ食わんってのは、そういう意味ちゃうぞ!!」


食らい付きそうな勢いで怒鳴るクロヒョウの体に。

虹色の輝きを纏った長い鼻を模したマフラーが絡みつき、かばんから引き剥がした。


「――クロヒョウ、落ち着いて」

「せやけどな姉さん!!」

「落ち着いて」


マフラーで拘束されたまま声を荒げていたクロヒョウは、自分の手を離れて崩れ落ちたかばんを見やる。

力んだクロヒョウが剥き出しにした爪で裂けてしまった胸元もそのままに、かばんは静かに涙を零していた。



「かばんだってよくわかってるよ…。わかってて、言ってるの」

「……っ」



乱れた呼吸を詰まらせて、クロヒョウは俯く。


「――ごめんなさい…本当にごめんなさい…でも、これ以上失いたく、ないんです…」


譫言のように呟くかばんを抱き寄せ、マンモスは穏やかに声をかけた。


「苦しいこと言わせちゃって、ごめんね…。今生きてるみんなのことを、一生懸命考えてくれたんだね」


二人の姿を見て牙を軋ませたクロヒョウは、大きく息を吐いて、弱々しく呟いた。


「……ごめんな、かばん。イライラしとって…熱くなりすぎた。ウチらのこと、そんだけ本気で考えてくれとったんやな…」


落ち着きを取り戻して絡まったマフラーを外し、クロヒョウはしゃがみ込んで目線をかばんに合わせる。


「けどな――ウチにはその提案はのまれへん。一緒に生きようとした、仲間だったんや……。きっとみんなも同じやで」

「……そう、ですよね…」


疲れ果てた表情で相槌をうつかばん。



黙り込んでしまった二人の背中を、マンモスが軽く叩いて立ち上がった。



「とにかく今は、できることをしよう。ケンカできる元気があるなら、クロヒョウはまだ大丈夫よ。システム復旧の見通しもちょっとたってきたし、案外いけるかもしれないよ?」

「姉さん…ウチの扱い雑になってきてへんか…?」

「はいはい、口より手を動かす。誰かさんを止めるために体力使っちゃったから、私はちょっと隣の部屋で休むわね」

「ぐ……やっぱり雑や……」

「あっ、マンモスさん…!」


しぶしぶ立ち上がるクロヒョウを尻目に隣の部屋へと向かうマンモスを、かばんは慌てて呼び止めた。


「うん?」

「あの、ありがとうございました……」



「ううん――あなたは間違ってないよ。……ありがとう、かばん」



マンモスは優しく囁いて、穏やかに笑った。










その夜、マンモスは力尽きたように倒れ。

 ――そのまま目を覚ますことなく、元動物の姿に還っていった。











「姉さん、そんなおっきい姿だったんやなぁ…。そりゃあんな食事じゃ、栄養もサンドスターも足りへんわ。我慢しとったんやな。――…なんで教えてくれへんかってん」


施設の大きな部屋でも天井に届いてしまいそうなほど巨大な亡骸を前に、クロヒョウは独りごちる。


「なぁ姉さん…ウチもう疲れたわ…ウチもその姿に戻りたい」


 手を伸ばし、豊かな体毛に触れる。


「獣のままだったら、こんな風に誰かが死んで悲しむ気持ちも、友だちやから食べたくないなんて悩みも、なかったのになぁ」


ゆっくりとその体を撫でながら歩いていたクロヒョウは。

ふと、マンモスの体の傍にノートが落ちているのを見つけた。


(――…お友だちノート…)


手に取り、ぱらぱらとページをめくる。

ふと、最後のページに見覚えのない言葉が記されている事に気付き、マンモスのおかげで文字が少しだけ理解できるクロヒョウは、一文字ずつ指でなぞりながら読んだ。



「……お、と…の……で、る……は…こ…?」



慌てて視線を走らせる。

それは部屋の片隅に置かれていた。

マンモスと二人で発見してから大切にしてきた想い出の品。

音を聞いたり、残したりできる、不思議な箱。



恐る恐る叩いてみると、ノイズ音の後に、聞き覚えのある声が流れ始めた。




『――クロヒョウ、かな?それともかばんかな?二人とも、隠しててごめんね。我慢してたんだけど、やっぱり駄目みたい。元が大きい動物だから、かな…?サンドスターの限界がきてるのが、わかっちゃうの。まだこんなに、元気なのにね』


「……マンモス姉さん…」


明るく振る舞っているようで、疲労と不安と悲しみが隠し切れていない声色。

こんなメッセージ、いつの間に――。


『私はきっと、明日を迎えられない。だから…私の想いを、こうやって残しておこうと思う』


ねぇ、クロヒョウ、とマンモスの声が自分の名を呼ぶ。


『私、嫌なの。死ぬことも、もちろん嫌だけど……それ以上に――死んでしまった後、こんなにも冷たくて何もない部屋の中で、ゆっくりゆっくりと、ただ朽ちていくだけなんて、嫌』


しばしの沈黙。そして、意を決したかのように。





『だからね、お願い――私を食べて……みんなで生きて』





目を見開き、息を呑むクロヒョウ。


『私の体ならみんなでわけても十分な食料になる。毛皮もうまく処理すれば、寒さを凌ぐ道具になるって、博物館で見たわ。私の体、みんなが生きるために、使ってほしいの』


こんなお願いしてごめんね、とマンモスは弱々しく呟く。


『けど、みんなが――クロヒョウが私を食べてくれたら、私はこの狭い部屋で終わらない。クロヒョウたちの命の一部になって、【生きる】ことができるから……』


冷静に語っていた声に、嗚咽が混じる。




『……っクロヒョウ、私、死にたくない。――あなたの中で、一緒に…生き続けさせて』



――音の出る箱は、その言葉を最後に沈黙した。





「……ひっどい無茶ぶりするなぁ、姉さん……」


乾いた笑いと共に、クロヒョウは独りごちる。

脳裏に蘇るのは、生前のマンモスの言葉。



『あら、じゃあ木の実じゃなくて、私をひと囓りする?』



「ひょっとしてあん時から考えとったんか……?かばんよりも、先に――」


立ち上がり、大きな亡骸に歩み寄って、もう一度手を添えてみる。

わずかなぬくもりが、毛皮を通して伝わった。


「――よっぽどウチの方が、覚悟決まってなかったんやなぁ、この状況に」


伏せた瞼の端から涙が溢れる。




ゆっくりと開かれた眼には、野生の灯火が宿っていた――








マンモスの眠る部屋にずっと籠もっていたクロヒョウが設備の管理室に戻ってきた。かばんはその姿を見て、それまでかけようと思っていた言葉も忘れ、愕然とした。


「これ、サーバルに食わせたってや。あの子かなり弱っとるし。……できるならアンタも食うとき。ヒトも肉を食うんやろ」



茶色い毛皮に包まれた何かを差し出す腕も、冷静に語るその口も、真っ赤な血で染まっていたから。



「――アンタが気に病むことないで。マンモス姉さんが望んだことや。ウチが選んだ道や。肉の処理はウチに任せてほしい」


うまく言葉を紡げないでいるかばんの様子に、クロヒョウは小さく微笑んだ。

全てを察したかばんはぎこちなく首を振る。


「……ボ、ボクも、手伝います……」

「アホか。アンタはシステム直す役目に集中せんかい。それにアンタにはウチみたいな爪ないやろ。変な責任感じんでえぇ」



――受け取った【肉】はずっしりと、命の重みがした。



「毛皮を使って、寒さを凌ぐ道具も作れるらしい。その作り方だけ、作業しながらでえぇから一緒に考えてくれへんか」

「……わかり、ました」


血で汚れることも厭わず、抱きしめるように毛皮で包まれた肉を抱えるかばんを、クロヒョウは強く見つめた。



「――…ウチらが死んだら、姉さんや他のフレンズ達との想い出も消えてまう。それが、ほんまの【死】や」

「させません、絶対に。残されたみんなで、このパークの危機を、なんとしても乗り越えましょう。みんなが生きた証を、残していけるように」



だから、かばんも強くそれに応える。

溢れかけた涙を乱暴に拭って。



自分が生き残るためにいただく腕の中の命の重みを、忘れないように、確かめながら――



















「――……さん……かばんさん」

「――っ!……フェネック、さん……!」


「しー。昼間はしゃいでて爆睡してるからって、あんまり大きな声出すと二人が起きちゃうよー。……大丈夫かい?」

「え、あ、えっと……」

「眠りながら泣いてるからさー。びっくりしちゃったよ。船旅で疲れちゃったのかなー?」


「あ……ゆ、夢……?でも、それにしては、なんだか――」

「良かったら話してごらんよー。ちょっとは楽になるよー?」

「あ、ありがとうございます。ちょっと、嫌な気持ちにさせてしまうかもしれませんが……」




「――あー…自分とは違う自分の記憶、私も見たことあるよー」

「え……そうなんですか?」

「アライさんと荷物運びの仕事?してたりー、それこそアライさんとお別れしちゃったりー…――そーいうの、【星の記憶】って言うんだってさー」


「星の、記憶……」


「私もよくわかんないんだけど、ほら、空を見てご覧よ。あのお星様と同じくらい、私達とは【違う私達】が生きてるパークが、私達から見えないだけで、実はたーくさんあるらしいよー」

「……よく、わかりません……」

「私も噂で聞いただけだからねー。うまく説明できないや。でも、そんな出会うはずのない自分とサンドスターを通して繋がって、記憶を覗き見ちゃうことがたまにあるんだってさー」

「……じゃあ、ボクが見たパークの、フェネックさんたちは…」




「――きっとさ、そのかばんさんは、知って欲しかったんだよ。そっちの私やかばんさんたちが、どれだけ必死に生きたのか」

「……」

「それに、教えたかったんじゃないかなー。他のパークで生きる私達が、できれば同じように……苦しまないように」




「――……ラッキーさん、ゴコクエリアに……電力を管理するような施設はありますか?」

『管轄ガ違ウカラ詳シクハワカラナイケレド、タシカ風力発電施設ガアッタハズダヨ』

「ゴコクエリアに着いたら、まずはその施設を見に行きたいです。あと――じゃぱりまん以外の食べ物を作ってる施設とかあれば――」






静かな波に揺られるバスの中を、夜風が吹き抜けていく。

そのバスのはるか上空を、まるで一つの命が燃え尽きながらも力強い輝きを放つかのように。




流れ星が一つ、大きな軌跡を描いて消えていった。




                                   ―終―

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