不自由な僕らは 八
あとはもう「そろそろ死のう」だの「もういいんだ」だの「私の百年は何だったのだ」などという言葉をブツブツと繰り返している。
自分の考えが間違っているなどとは、露ほども思わず生きてきたのだろう。
その間違いを認める事から逃げたくて、死にたいなどと勝手を言うのだろう。
「他人から死を奪っておいて、勝手なものだな」
シタは吐き捨てると、ウナとカカが止めるのも聞かず山に入って行く。そこには、見えないけれど明らかな境界があった。
空気と水面のような、谷底から吹き上げる風のようなものが。
「よぉ、相棒。行くのか?」
「トイがまだあそこに居るんだ」
それだけ話すと、ポ助とシタは迷わず走り出す。
通いなれたはずの塔までの道は遠かった。
黒い獣たちは人を見ると反射的に攻撃してくるので、シタは槍を振るい続ける。
前文明の滅亡から今日までの重苦しい感情、もしかするとトイだけではなく、塔にやって来た依頼人たちのものも含まれているかもしれない。
牙を剥き、やられても攻撃を止めない彼らは塔を目指すシタとポ助に向かい飛びかかる。
それらを交わしながら、デロデロの心臓を砕きながら二人はようようと塔の下の駐車場までやって来た。
塔への階段は残っているがその先の塔は無く、鳥居は崩れてしまっていた。
川の流れは土砂や瓦礫で堰き止められ、すでに砕かれたいくつかの塔の核によってその水は普段の倍も輝いている。
その光の中にトイがいた。
「やぁ。無事だったみたいだね。これで安心して逝けるよ」
「このままでは塔ごと消えてしまうぞ。お前の書いた記録も全て」
シタはゆっくりと、慎重に言葉を選ぶ。
不思議と黒い獣たちは、ボロボロと崩れ残る核を遠巻きに見ていた。
「そうみたいだね。仕方がないと思っているよ。でも、そうだな……もう二度と滅亡はしないでほしいかな」
「だったら記録を残さなければいけないだろう。人は間違えやすい生き物なのだから」
「良くない方に流されてしまうしね。だけどね、もう限界なんだ。頭がバラバラで……焼き切れてしまいそうなんだよ」
そう呟くトイは、あの時こっそりと見たのと同じで深い悲しみを湛えていた。
シタは言葉を色々と思い浮かべてみたが、今のトイに渡すにはどれも足りない気がした。
「契約の内容を変更できないのか?」
「僕だけを殺してくれって?」
トイの言葉にシタはドキッとする。
それを見透かしたようにトイがクスっと笑った。
「今になって友人の気持ちがよく分かるんだ。自分はとっくに死んでいるのに、さぞ気持ちが悪かったろうね。解放されたかったろうね」
「それだけとは限らないだろう」
「分かるんだよ。この前さ、あの遺物のおかげで初めて外の世界を見たんだ。なんか、偽物だなぁって思えちゃったんだよね。自分とは関係ない世界をどこか遠くから眺めているみたいな気がして、死にたくなったんだ」
あいつもそうだったんだろうね、とトイは泣き笑う。
「心残りは……」
シタは、そこで言葉を飲み込む。
「そりゃあ僕の記録が消えて世界もまた滅亡するなんて言ったら心残りだけどね、もはや僕は塔であり、塔は僕なんだからそれは仕方のない事だよ」
「……彗星石を持ち込んだのがトイの親でも、それは誰にも分からなかった事なのだから責任を負う必要はない」
「ありがとう」
あぁそれでも、とシタは思う。
きっと自分や家族を責める心がトイの中から消える事はないのだろう。
自分には何がしてやれるだろうか?
消えていく友に何を手向けてやれるだろうか?
「シタ! 人が埋まってるぞ!」
瓦礫の中からトイの骨を探してくれていたポ助が、急に叫んだ。
慌てて駆け寄ると、核の根元の瓦礫の中から腕が見えている。
「掘り起こすぞ!」
助かるかなんて分からないし、生きているかも分からない。
けれど何故か、死なせてしまってはトイがもっと傷ついてしまう気がした。
何千年も囚われた魂が、もう輪廻の輪に戻る事さえできないような、シタにはそんな気がしたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます