不自由な僕らは 四

 やがて削れた欠片の中から一番大きなものを拾い上げ、トイは叫ぶ。

「あいつの魂をこの大ウサギへ! 代償に僕の書いた記録を全てやる!」


 人の心が食いたいのだろう、この本の中にはたくさんあるぞ、とトイが言った。

 瞬間、辺りにある彗星石の全てが光を放ち、契約が完了した事を知らせる。


 トイの手の中にあった彗星石の欠片は大ウサギに吸い込まれ、体を作り変えているように見える。

 そしてキョロキョロと慌て始めた大ウサギが口を開いた。


「あぁ、俺……死ななかったっけ?」

「ごめん。ごめん……僕、どうしても……本当にごめん」

「そういう事か。謝るなよ。助けてくれてありがとうな。また一緒に旅しようぜ。な?」


 二人のやり取りを見ていると、また景色がザラザラと揺れた。

 そして気が付くと、トイが元のようにシタたちの前に立っている。


「僕はあいつを助けていない。でも、ああやって慰めて許してくれるんだ。いい奴だろう?」

 トイが涙を零す。

「良かったなんて簡単には言えないけど、誰にもトイを責める事はできないよ」

 ずっと黙って見ていたカカが口を開いた。


「この先を見ても、そう言えるかな?」

「どういう事?」

 トイはカカの質問には答えず「次の本に行こうか」と言った。


 本の切れ目は唐突に現れた。

 真っ黒い橋だ。あるいはトンネル。それは言うまでもなく彗星石で、ジャングルの中の川も谷もない場所に入り口がある。


「さぁ、ここを抜けると次の本だよ」

 トイは言ってズンズンと中に入って行く。

 シタたちは恐る恐るその後に続いた。

 中には彗星石の光りの渦以外に灯りがなく、右も左も上も下も曖昧になる不安定な感覚を覚える。


 カツン、カツンと足音だけが響く。

 こういう時、シタは余計なことを考えがちだ。


 このトンネルを抜けた自分は果たして自分のままなのだろうか?

 そこにいるのは紛れもなく自分自身であるのに、もしかすると昨日、部屋でカップラーメンを食べた自分とは別の自分ではないだろうか?

 隣にいるカカは共に塔を破壊したカカだろうか?

 対して仲の良くない別のカカと自分がいた世界に紛れ込んではいないだろうか?


「ねぇ」

 とっぷりと思考の波に浸かっていると、不意に肩を叩かれてシタは大袈裟に反応してしまう。

「すまない。どうした?」

「いや、呼んでも返事が無かったから。この前はありがとうね」

 ウナがぎこちなく笑って言った。


「私はたいした事はできなかったのだから、気にしないでくれ」

「仕事に連れて行ってくれただけでも感謝だよ。おかげで色々と自分の事が分かったし、一緒にいてくれたから沈まないで済んだしね」

「そうか。それならいいんだが……」


 シタが言葉を飲み込むと、ウナはまるで飲み込まれた言葉が聞こえてでもいたように続ける。

「私、死ねなくてもいいかなって思ってるんだ」

「……過去の記憶もなく死ねもしないとは、どれほど辛いのだろうな」


 シタはそう答えておいて、しまったと思った。

 返答を間違えたかもしれない。もう少し遠まわしな言い方があっただろうに。

 そう思っているとウナが「別に新しい記憶は残るんだからいいじゃない」とほほ笑む。


「それに、何だか魔女みたいで楽しそうだもの」

「方法を探そう。生きている間中、時間はあるんだ。何かあるはずだから」

「期待しないで待ってるよ。ありがとうね」

 そんな二人のやり取りを、カカはじっと暗闇を見つめて聞いていた。

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