カラスの依頼 四

 やがて連れて来られたのは『開発倉庫』と書かれた扉の前だった。

「ここは、探していた倉庫か」

 シタが呟くと「やっぱり」とサキは笑った。

「先生は探偵だからな。仕事って言ってたし、用があるならここだろうと思ったよ。依頼人はうちの社員か?」


 聞いてもシタが返事をしないので、サキは付け加えて話す。

「信用してくれとは言えねぇよなぁ、俺は。まぁでも、社員の誰が逃げようが俺は知らねぇよ。だから俺は、いつも通り親父に頼まれたものを捨てるだけだ」

「それは助かる」

「あ、先生。カラスも、こっからは親父に近い奴らもいるから静かにしててくれよ」


 そう言ってサキは分厚い扉を開け、窓もなく足元に小さな灯りだけが灯る暗い倉庫を進んでいく。

 棚や段ボールで迷路のようになっている所をしばらく歩くと、話し声が聞こえてきた。


「ちょっと待て。話を聞きたい」

 シタが言うと、サキは冷気の漂う扉を開けた。

「お前ら、鍵かけろよな」

「若社長! す、すみません!」

「で、何の話をしてたんだ?」


 冷蔵庫のような部屋の中にいた男二人は、ピシっと姿勢を正す。

 そこは霊安室のようだった。


「いやぁ、体の回収に手こずっている社員がいまして」

「また逃げたのか? 誰だ?」

「カイと言う二十七歳の男なんですけど、こいつの彼女が女医でして、自分の勤め先の病院で奴の体を保管しているんですよ」


「へぇ、そりゃ面倒だな。魂の居場所はつかめているのか?」

「それがさっぱりで! あいつアバターも買ってないしペットもいないんで、おそらくは野生動物でしょうね。でなければ魂だけでうろついてるか。どっちにしても当てがなくて困ってるんですよ」


「ふぅん。まぁ、頑張ってくれよ。じゃあな」

「はい、ありがとうございます。ところで若社長、それなんですか?」

「いつものやつだよ」


 サキがそう答えると、男二人は「あぁ」と憐みの目を向けた。

 それからサキはまた歩き出し、貨物エレベーターに乗り込んだところでシタに言う。


「あれでよかったか?」

「あぁ、完璧だ。助かったよ。あの部屋は霊安室なのか?」

「似た様なもんだな。魂が逃げ出して空っぽになった社員の体を冷凍保存してあるんだ。あんまり事情を知ってる人間を増やせないからっていう事らしい」


「なるほど」と答えておいてから、シタは嫌悪感を拭えない。

 本当なら全ての社員を逃がしてやりたいが、そうするとまず会社を潰さなくてはいけなくなるだろう。

 そこまでするのは危険すぎるだろうと考えていると、エレベーターが止まった。


「本当ならここから地下の貨物駅に出て、そこにいる列車でサーカスに連れ帰るのが捨てるって仕事なんだけどな」

 そう言いながらサキは、隣にある赤い扉の別のエレベーターにシタたちを乗せた。

「サキは行かないのか? これはどこへ行くんだ?」

「最下層。親父の書斎だ。俺は貨物列車でサーカスに戻るから、上手くやってくれよ」


 サキが「じゃあな」と言うと、エレベーターの扉が閉まる。

「いい奴だな」

 ボスが言う。

「そうなんだろうな。本当は」


 そのエレベーターが着いたのは部屋の中だった。

 扉が開くと同時にパチパチッと部屋の灯りが点いた。

 その書斎は質素で、書斎机とやたらフカフカしたソファー以外にはガラス戸の付いた本棚しかない。

 ボスに風呂敷を抱えて飛んでもらって棚の中を見ると、様々な歴史書がズラリと並んでいた。

 次にシタは机の引き出しを開く。そこにUSBメモリーがあった。

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