カラスの依頼 二

「私は探偵のシタだ。そちらの名前は?」

「あ、これはどうも。カイと申します」

 答えてからカイは口をあんぐりと開け、しまったと言いたげな顔で「カァ!」と鳴いた。


「カァです! 貝は美味しいです! 名前なんてカラスにある訳ないじゃないですカァ!」

「あんたは人間だな? 別に捕まえたりバラしたりするつもりは無いから安心してくれていい。あんたの事を心配したボスに依頼されて来ただけだ」


 シタがそう告げるといくらか安心したようで、自分はこのカラスの体に間借りさせてもらっているのだと、カイは話した。

「なんでまたカラスになっているんだ?」

 シタが聞くと、カイはキョロキョロと執拗に辺りを確認してから話し出す。


「実は、ヤクザから逃げてきたんです。いえいえ、もうヤクザより恐ろしいくらいでしたよ」

「何をして追われるような事になった?」

「私はただ真面目に勤めていただけなんです。けれど、その会社がいけなかった。そこは入社すると、まず借金をさせられるんです。何かあった時の為の保険として、投資だと思えだ何だと言われました」


 会社を信用して借金をするとそれが暴利の闇金で、社員は借金を返すまでは辞められなくなってしまう。

 その会社はそうして社員を逃げられなくしたあと、表に出せないような悪い仕事をさせるのだと言う。


「駄目だと言えなくて、散々悪い事をしました。あぁ、人を殺したりはしていませんよ。私は、私はです。でも結果的には……」

 カイは、そう言ってうな垂れた。

「うむ。もしかしてその会社とは、光信社ではないか?」

「カァ……!」


 またしてもカイはバタバタと落ち着きなく羽根を撒き散らした。

 そして息も絶え絶えに「なぜご存じなのですか?」と聞くのだ。


「別件で聞いたのだ。あの会社には裏の顔があるとな。ところで、人間の体はどこに置いてきたんだ? 管理をしてもらえているのか?」

「そんな訳ないじゃないですか。どうせ今頃、僕の体なんて海の底ですよ」

「分からないだろう。頼れる知り合いはいないのか?」

「付き合って三年になる彼女がいるんです。でも巻き込みたくなくて……黙って出て来ちゃいました」


 カイは寂しそうに頭を垂れた。

 その様子を見ながらシタは、やはりあの会社なのかと腹立たしく思う。

 サーカスの一件から調べてはいたけれど、なにぶん大企業なので粗を探すのが難しいのだ。結局、今日まで決定的な証拠を掴めずにいる。


「よし。私がカイを逃がしてやる。まずは乗り込んでみるから私からの連絡を待っていてくれ」

 シタがそういうと、カイは「やめてください! 待って下さい!」と騒ぎ立てる。


「カイの名前は出さないし、正面切って喧嘩を売りに行くわけではない。カイが逃げられるだけの何かを掴んで来ようと言うだけだ」

「そ、そういう事なら。たぶん、何かを隠しているのなら地下ですよ。倉庫の中にある貨物用エレベーターでしかいけない作りになっているんです」

「なるほど。それは確かに怪しいな。情報ありがとう」

「気を付けて下さいね! 社長は人を殺すことに何の躊躇いもない人ですから!」


 サーカスから戻って十日余り。思いがけずカラスの依頼によって光信社に乗り込むことになったシタは書塔の二人とポ助に、今や塔の核でもある集霊器を預けた。

 奴らの目当ての物を持って乗り込むのは危険すぎる。それに、とシタは思う。

 今回はアバターで乗り込む予定なので、あんな物を隠し持っていられないのだ。

 シタが歩き出すと、ボスカラスが付いて来た。


「群れの奴の事だからな。俺も行くぜ」

「そりゃあ助かる。ところでボスは力持ちか?」

「当たり前だろうが! どんな獲物も抱えて巣まで飛んでくぜ」

 ボスのその言葉を聞いたシタはニヤリと笑い、光信社からほど近い公園にやって来た。

「俺はここで昼寝をする」


 シタがそう言うと、、ボスは「寝るのか?」と首を傾げた。

「あぁ、寝る。だからその荷物は絶対に放すなよ?」

「分かったぞ!」


 ボスは風呂敷を籠のように結んだ物をシタに持たされた。風呂敷の中には子猫のアバターが入っている。

 シタは子猫を撫でる振りをして電源を入れ、日陰のベンチに横になった。

 魂の抜ける感覚は、麻酔に似ている。抗えない眠気とほんの少しの吐き気。

 そうして気が付くと、だらしなく眠る自分の体を見ているのだ。


「ボス」

 シタは風呂敷の中から声を掛けた。

「おぉ! 喋れるのか!」

「私だ。シタだ。こっちの体で潜入するので、カラスの仲間たちに私の本体を守っていてもらえないだろうか?」

「もちろんだ! まかせとけよ」

 そうしてベンチの周りがカラスで溢れたのを確認すると、ボスはシタを連れて飛んだ。


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