八月二十七日

奇物サーカス 一

 少年から依頼があったのは三日前だ。

「アバターが盗まれた」と事務所に駆け込んできた少年は十五歳で、その割にブランド物のシャツを着ていたり腕時計をはめていたりする、いわゆる金持ちのお坊ちゃん。

 ひょろっとした生白い体にチャコール色の髪で、名前はサキ。


 酷く騒がしい様子で、シタが扉を開けるのも待ちきれないと言わんばかりに飛び込んできたのだ。

「それなら警察に頼んだ方がいいだろうに」

 シタが言うと、少年は急に青ざめてオドオドと単語を並べ始めた。


「要するに、警察には言えないようなアバターが盗まれたって事か」

「……はい」

 少年はシタの指摘に、大人しく頷いた。


「言わないで下さいね! 絶対ですよ! だって僕、どうしても欲しかったんです。コックピット付きのアバターが! ギラっと光る鋼のボディーに銃をはめ込んだ腕! あ、銃と言っても爆竹銃ですからね! 脅し程度の物ですよ!」

「断りたいんだがなぁ……」


 けれどシタは悩んでいた。財布の中身がこのままでは夏が越せないのは明白だ。

「受け渡しはアバターでやればいいですし、僕は依頼を断られたと皆に言っておきます。先生は僕とは関係ない風を装って乗り込めばいいんですよ!」

「乗り込むって、盗んだ相手が分かっているのか?」


「はい! 奇物サーカスですよ! 僕の愛すべきアバターが奇物サーカスの商品にされるんです! だから売られてしまう前に何が何でも取り返したいんです!」

「奇物サーカスか……」


 厄介な相手だな、とシタは頭を抱える。

 奴らは表向きには奇物を見せ物の一つとしたサーカス団で、十トントラック一つで全国を渡り歩く旅一座だ。


 けれどそれは表であり、裏の顔は奇物の競りで法外な金を儲ける筋者という噂だ。

 噂と言うしかないのは、国が見てみぬふりをしている故に調査対象に名が上がらない集団だからだ。

 それをいい事に、彼らは自分たちで奇物を作りだしているらしい。

 サキは希望に満ちた目でシタを見つめている。


「はぁ……」

 溜め息を吐き、シタは「分かった」と答える。

「調査をしてみよう。取り返せそうなら取り返してくるが、そのアバターが危険だと私が判断したらお前には返さないぞ。それでもいいのか?」


「十分です! 奴らの今回の目玉商品は十五年前に茶会教団で実際に使われていたぬいぐるみたちだそうですから、上手く信者として潜入できればこっちのもんですよ! あ、先生は茶会教団って知ってますよね? 壊滅してからも細々と信者が途切れないと言われているあの教団ですよ」

「あぁ、知っている」


 それにしてもよく喋る、とシタは半ばうんざりした気持ちで話を聞いていた。

 茶会教団とは、十五年前に教祖の逮捕により壊滅した宗教団体だ。

 そこでは『魂の体からの解放が人間の唯一の救いである』という教えで、その日が来るまでアバターで魂に休息を与えながら修行に励むという事をしていた。


 教祖の女が逮捕されたのは、自殺を推奨していたからだ。彼女は逮捕される時、涙を零しながら「私の解放の時はまだなのかしら?」と呟き話題になった。

 結局、その教祖の女は獄中の病院で亡くなっている。

 そんな教団で使われていたアバターが、自然そのままの素材で作られている事を売りにしたぬいぐるみたちだ。


「それにしても、どうしてそんな事を知っているんだ?」

「え? あぁ、それは泥棒がペラペラ喋ってたんだよ! 間抜けだよな!」

「そうだな。だがその間抜けのおかげで助かった。何か進展があったらこちらから連絡するから、あまり期待せずに待っていてくれ」


 そう言ってサキと別れてから、シタはポ助に頼んで周辺の生き物に聞き込みをしてもらった。けれど泥棒の目撃情報がまったく得られないのだ。

 奇物サーカスの方はシタたちのいる町から車で三時間ほどの、この国最後の秘境と名高い沼地のある所にテントが出ているという情報を掴んだ。

 あとは乗り込むだけなのだが、とシタは腕を組みながらいつもの書塔への階段を上る。


 なんだか妙に嫌な感じがしているのだ。それが何なのかは分からないが、数々の選択を間違え危ない目に遭ってきた事で身についた勘ではないかと、シタは思っている。


 その用心の為に、トイを相談役にしようと最終巻を借りに来たのだ。

 それに、とシタは肩からかけた鞄を抱える。

 まだ破壊できていないのだ。この前使わなかった彗星石の欠片を。

「集霊器の事もあるのになぁ……」

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