兎と婚約指輪 三

 光水電池が普及してからというもの、こういった行方不明事件は後を絶たない。ただの家出や無断外泊という事もあるのだが、魂は見えないので不安が募るのだろう。


 そういう人たちは大概、心霊カメラを覗きながら周囲を歩き回る事になる。もしかして魂だけになったあの子が映りはしないかと。


 しかし、とシタは道向こうの葬儀社を見ながら思う。

 警察でさえ、迷子の魂を発見できることは少ないのだ。


「今回は体ごと行方不明だから、まぁ帰ってくるとは思うがね」

 葬儀社からは喪服を着た人たちがゾロゾロと出てきて、駐車場で集合写真を撮り始めた。こうすると故人と心霊写真が撮れるので、最近の葬儀の主流になっている。


 その集団の前を白い狸が横切る。人々の視線を集めながら、狸は危なっかしく道路を渡ってシタの所にやって来た。


「よぉ、ポ助」

 シタは狸のポ助に話しかけながら、その首に会話用の首輪を取り付ける。

 すると機械じみた声が首輪から聞こえた。


「この辺を根城にしてる鳩たちの証言がとれたぞ」

「そりゃ有り難い。で、どうだった?」

「どうもこうも、母親が言うその女って婚約者らしいぜ。まぁ、よくケンカしてたとは言ってたけどさ」

「なんだ。それじゃあやっぱり、母親の考えすぎか」

「かもな」


 ポ助は道に転がり、ふくよかな尻尾をペロペロと手入れし始めた。

「それでも調べなきゃならんからな。婚約者の居場所は分かるか?」

「今朝、大慌てで書塔に向かったらしいぞ」

「また書塔か……」

 シタはポ助を抱き上げ、書塔に向かうバスに乗る。


 探偵業をしていると、よくよく書塔が絡む。理由は様々だが、それはあそこが特殊だからだろう。

 書塔には前文明の滅亡期について、旅行記や物語のように書かれた書物だけがズラリとある。作者は全てトイという男だ。


 けれど問題は書物ではなく、塔の店主がやっている失せ物探し屋だ。

 失せ物探し、一件五千円。

 形見の指輪もあの日のノートも、燃えた写真も、失くした記憶も、そこは探してくれる。

 あまり有名ではないが、それでも店主と住み込みバイトの二人が食べていけるくらいには客が絶えない。


 バスに乗ると、町外れの山裾にある寂れたバス停にはすぐに着いた。

 塔までは、小川の流れる自然歩道を歩いてニ十分ほど。舗装されていないその道を車で行けば、塔まで五分の所に砂利敷きの駐車場がある。


「今日は歩くのか」

 ポ助が嬉しそうに言う。

「塔に来る予定じゃなかったから車を置いて来てしまったんだ。それにしても眩しい所だな、ここは」


 木々の間から陽が零れ射し、淡く発光する光水の川はいっそう煌めく。今ぐらいの夏の正午には騒がしいほどの光で溢れる山だ。

 しかし夜にはその川がポワンと光を放ち、外灯のない自然道を照らして美しい。


 シタが息も切れ切れに膝に手を突いている横で、尻尾を振ってポ助は駆け回る。お前は元気だなという言葉さえ出せないでいると、そのうちにポ助は川岸から何かを拾ってきた。

 それは上等な皮袋に入っている。


「これなにかな?」

 ポ助は息を弾ませながら聞く。


「落とし物だろう。これは……化石か? いや、珊瑚か?」

 袋の中に入っていたのは、黒くて小さな木の枝のような物だった。枝先には実に見立てた鈴が付いている。その黒さは吸い込まれそうなほどで、所どころに赤や黄色の光の渦のような模様がある。


 シタはこれによく似た石を知っていた。

「あまりいい物ではなさそうだが、拾っておくか」

 それを皮袋に戻し、シタはまた歩き出す。

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