兎と婚約指輪 二

 そんな面倒な時代に探偵をしているのがシタという男だ。

 この男はよくよく選択を間違える。間違え続けて二十三歳という若さで探偵などという金にもならない便利屋をしているのだ。


 シタは一見すると無能に見える。当たり前のところで当たり前の事をせず碌でもない事をするからだ。しかし本来のシタは少し違った。


 例えば何かを選択する時、思考が怒涛の勢いで押し寄せ脈が太鼓のように打ちはじめ、さんざん考えたあげくに碌な選択ができないという事があるだろう。こいつはそういう男だ。


 それはレモン水を作るのに種の選別から始めるようなもので、多くの選択肢に直面した彼は悉く間違える。分かっていて間違えているという事もあるかもしれないが。

 シタは不安なのだ。幾つもの選択肢の中からたった一つを選ぶことが。


「この言葉を選んだ私はどんな可能性を潰したのだろう? このメニューを選んだ私はどんな味を食べ損ねたのだろう?」

 そんな言葉がシタの口癖だった。



 シタの事務所に身長百五十センチほどの桃色ウサギのアバターが訪ねて来たのは昨日の夕刻の事だ。真っ赤な夕日を背に、桃色ウサギはドアの前に立っていた。


「人目がありますのでね、アバターで失礼しますわ」


 機械を通して、電話口のような人の声が聞こえる。シタが思わずボケっと見つめていると、桃色ウサギは「ちょっと、早く入れて下さらない?」と急かした。

「あ、あぁ。すみませんね。どうぞ中へ」


 そしてふわふわの体を長いソファーに沈めた彼女はこう言った。

「息子を探して欲しいのです」


 依頼人は五十四歳の女性で、隣の町で一人暮らしをしているという息子は二十五歳。週のうち三日は息子のアパートに行って料理や掃除をしているらしい桃色ウサギは、先週の火曜日から数えて今日で四回、息子に会えなかったと言うのだ。


「にしても今日はまだ日曜日ですし」

 シタが言うと、桃色ウサギは「まぁ!」と怒りの声を上げた。


「連絡がつかないんですの! バイトは辞めてしまってひと月になるようですし、なにしろこんなに会えない事は今まで一度だってなかったんですよ! 可笑しすぎます!」


「そうですか、分かりました。とにかく探してみます。交友関係や、行きそうな場所に心当たりはありませんか?」


「あります! 女です! 息子に付きまとっている女がいるんですの。あれの居場所さえ分かればきっとその女が犯人に違いありません!」


 犯人という言い方は、と思ったがシタは言葉を飲み込んだ。

「そうですか。では何か分かれば連絡しますので」

「なるべく早く、最優先でお願いいたしますよ。警察なんてそうですかって言うだけで私の名前さえ聞いて下さらないんですから。失礼しちゃうわ」


 それから桃色ウサギはたっぷり一時間も愚痴を吐いてから、アバターの使用時間が切れてしまうと言って慌てて帰って行った。

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