幕間 魔将軍 マンモン

 オイゲンは、窓の外に視線を移した。


「おお、お外でもなんか始まったみたいだな?」


 外が騒がしい。何か襲撃があったようだ。オークとバルログ族が戦っている。


「オークだと!? くそ、モロクのヤロウ、気づきやがったか!」


 正体を明かすと、カミラは口を大きく開けた。


「あんた、王族だったの?」

「そうだよ。兄とは腹違いだけれどね」


 正確には、かこっていた愛人のメイドを前王が孕ませたのだ。


「だから男爵なんて微妙な地位なのね?」

「ああ。でもまあ、金の自由も利くし、悪い気はしないよ」


 エイダに頼まれて、オイゲンはホルストの動向を探っていたのである。


 ゲーアノートの驚異は、去っていると思っていいだろう。だが、生きていたら近づかないようにせねば。我が義理の妹に手を出したら、絶対に許さない。


 妹エイダのために、自分は身分を隠して勇者の仲間に加わったのだ。


 勇者ホルストがエイダの婚約者にふさわしいか、確かめるために。


「ちなみに、シーフードのケーキを送ったのはオレでしたーっ。ヨートゥンヴァイン王子とは親友でね!」


 エチスン卿の偽物が、歯ぎしりをする。


「貴様ぁ、最初から私が偽物だとわかっていたな?」

「お貴族様が、オレの顔を見て『はじめまして』なんて言うか? 表舞台には立っていないが、一応は王の弟だぜ? ちなみに、エチスンはオレの友人だ」

「はじめから疑っていたのか! くそぉ! 勇者を一気に貶める計画が!」


 不利な状況にもかかわらず、エチスンが不敵な笑みを浮かべる。


「だがな、お前たちの快進撃もここまでだ! アリオッチを味方につけたからな!」

「魔神 アリオッチだと?」


 人間どころか、魔族すら持て余すという伝説の魔神ではないか。魔王モロクすら、戦いを避けるほどの。


「魔法抵抗力は最強クラス! その力は、モロクの大魔力すら凌ぐ。もはや魔術兵器と言っても過言ではねえ! ドラゴンのブレスでもない限り、絶対にやつは倒せね――」

「窓の向こうで消し炭になっているのは?」

「ああ? あはあああああああああああっ」


 エチスン卿の切り札だったであろう巨体の魔神は、上半身が消し飛んでいた。何者かが放った電流ブレスによって。


 下半身だけとなった魔神が、うつ伏せに倒れ込む。地面を大きく揺らした後、黒い灰になって風に流れていった。


「アリオッチがあああああああっ!?」

「ば、ばかな! ドラゴンのブレスでなければ傷一つつけられんと言うのに! アリオッチの天敵は、ドラゴンだけのはず! だから予防線として、邪竜アナンターシャにも取り入ったというのに! どっちも殺されやがった!」


 おそらく、ドラゴンが味方についたのだろう。


「よくも! よくもよくも! よってたかって、オレさまの計画を台無しにしやがって! 許せねえ! オレさま自らが手を下すしかないようだな!」


 エチスンの身体が、筋肉質へと変わる。赤い皮膚を持った白髪ロングヘアの魔族へと姿を変える。見た目通り、危険な魔力を放つ。今度は、冗談では済まなそうだ。


「オレさまはマンモン! 魔王モロクに反旗を翻す魔将軍なり! 人間も亜人も魔族も、オレさまが支配してやる!」


 召喚したハルバートを振り回し、マンモンがこちらを威嚇する。


「それだけ正攻法でも強そうなのに、なんでからめ手で勝とうとしたわけ? お前さんなら、モロクとも対等に渡り合えるような気がするが?」

「自分から手を下すのは嫌いなんだ。簡単すぎるからな。他人利用してこそ、魔王だろうが」


 彼は、自分の計画を語り始めた。

 どうあがいても、破綻しそうな計画である。ホルストのバカな性格でなければ、失敗は目に見えていた。

 しかも、成功すれば地獄絵図という、誰も喜ばないプランだ。


「うええ。男同士で子作りさせるつもりだったんだ」

 カミラは気持ち悪くなって、手洗いを借りに行った。

「で、人望はなかったと」

「うるさい! 配下が頼りなかっただけだ!」


 失敗の責任を、他人に押し付けるタイプのリーダーか。

 ただの嫌な上司である。


「モロクがいけないんだ! 『勇者と一騎打ちして負けたら和平』とかぬかしやがった! 悪いのは全部モロクだ! 支配しないで、何が魔王だというのか!」

「それで、ふざけた計画を立てたと」

「勇者ホルストを、ニンジャのガキに惚れさせるという計画だけはかろうじて成功した。ゲーアノートの呪いが効いたようでな!」


 ホルストがサヴ少年と恋に落ちたのは、やはり計画の一端だったらしい。マンモンは一種の催眠能力が高く、相手を意のままに操れるという。その術によって、ホルストは男性を愛するようになってしまったと。


「相手の心を踏みにじるとは、生かしてはおけんな」

「なんとでも言え。貴様らも仲間割れしろ!」


 マンモンが、ハルバートをグルグルと振り回した。


 高い魔力を持つオイゲンには、マンモンの催眠は通じない。


 だが、動きを凝視していたホルストが、こちらに刃を向けてくる。


「おおい、待ってよホルスト、冗談だろ?」

「すまん、身体が勝手に」


 意識はあるようだが、ホルストは自由が効かないようだ。


「道を開けて!」


 後ろからの声に、オイゲンは反応した。すかさず避ける。


 何者かの両手が、ホルストの剣を挟み込んだ。


「目を覚まして、ホルスト!」


「サヴ……」


 ホルストが、ニンジャの少年に声をかける。

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