ボクを捕まえてごらん

「ゲホゲホ! あのアマはどこへ行った?」


 咳をしながら、悪漢たちが煙の舞う中でボクの姿を探す。ちなみに、ボクは「アマ」じゃないけどね。


「こっちだよぉ」


 声だけで、彼らを誘導していく。


「待ちやがれクソガキ!」

「うっふーん。つかまえてごらんなさぁい」


 浜辺のカップルみたいなセリフが、自然と出てきた。自然と女の小走りになっている。

 また「キュアノの衣装の呪い」がかかったみたい。


 追いつかれそうになったら、裏庭まで行けばいいかな。


「とうとう見つけたぞガキンチョ!」


 階段を降りようとすると、反対側から悪漢の仲間が。


「えーい」


 またもや、ボクはカーテシーを披露する。取り出したのは、ビー玉だ。


 追いかけてきた悪漢どもが、盛大にすっ転ぶ。数名の悪党を巻き添えにして。


 ボクは手すりを滑り台代わりにして、一階へ逃亡を図った。


「クソ、待てっていってんだ!」

「しつこいなぁ」


 長い廊下を、スタスタと逃げる。


 廊下を逃げていると、大量の美術品が並んでいるではないか。これは使える!


「あらよっと」


 追ってくる悪党に向けて、ボクは美術品を投げ飛ばす。


「ああああ、大事なツボがぁ!」


 慌てふためきながら、悪党がツボをナイスキャッチ。


「ほほいのほいっと」


 今度は壁にかかっている高そうな絵を、悪党のいる方へサイドスローで放り投げる。


 フリスビーのように、絵画があさっての方角へ飛んでいく。


「ぎゃあああ、偉大な絵画がぁ!」


 悪党たちの慌てぶりときたら。


「この布も一緒に付けるよ!」

「ぎゃあああ! みんなで金を出し合って買った限定抱き枕カバーがぁ!」


 それが一番貴重なの!? 


「調子に乗りやがって、撃て撃てぇ!」


 悪漢たちが、弓矢や火器、魔導書で武装する。


「いいの? これがどうなっても?」


 ボクは両手に上半身だけの裸婦像と、絵画を盾にした。


「別にいいのよ? ほらほら撃ってみなさいな、ホラホラホラホラ!」

「テメエ、卑怯だぞ!」


 悪者はそう言うが、たったひとりの男の子を集団で追いかけるとかのほうが、常識ないんじゃないかなぁ?


「ポイッと」


 なんのためらいなく、ボクは廊下の窓に美術品を投げ捨てた。


「やめろおおおおお!」


 揃いも揃って、悪党たちが美術品へ飛びつく。どうにか品物は壊れずに済んだようだ。


 その間に、食堂へ逃げさせてもらった。


 太ったオッサン料理人が、黙々とアヒルを解体している。人間の姿をしているが、中身は魔物だった。彼の巨体は、今にも白い作業着を突き破りそうだ。いわゆる【ブッチャー】ってモンスターである。


 その腕が、ヒュッとボクの顔をかすめた。髪の毛先が数本、もっていかれる。


 ブッチャーのコックは、肉切り包丁をブンブンと振り回し、ボクの行く手を阻む。逃してくれそうになさそうだ。


「ボクを料理する気?」


 首をコキッと鳴らし、ボクはコックと勝負する。


 ブンブン、と、ブッチャーは大きな包丁を振り回した。鋭利な刃物が、冷蔵庫さえ力任せに切り裂く。


「危ないね。そのままこの部屋ごと叩き切る気かな?」


 ボクは、悠々と身をかわす。壁際にまで追い詰められる。


「おっと」


 スキありとばかりに、ブッチャーは縦一文字に包丁を振り下ろす。


 その豪快な刃を、ボクは片手で受け止めた。


 ブッチャーは怪力で包丁を奪い返そうとするが、ビクともしない。


「これはね、真剣白刃取りっていうんだ」


 ポイッと、ボクは包丁を返してあげる。


 その拍子に、ブッチャーが派手にすっ転んだ。小麦粉やアヒルなどが、床にばらまかれる。


「じゃ、先を急ぐんで」


 ボクは、ボールに入ったイチゴを一口もらった。


 起き上がったブッチャーが、ボクに包丁を振り下ろしてくる。


 後ろ回し蹴り一発で、ボクはブッチャーのアゴをとらえた。


「やめとけばよかったのに」


 ズン、と倒れ込むブッチャーに、ボクは声をかけてから立ち去る。



 さて、中庭に到着したぞ。



 ぞろぞろと、悪党どもがボクを円形に取り囲む。


「もう逃げられねえぞ、クソガキ」


 リーダー格のスキンヘッドが、ボクに凄んだ。


「誰が逃げてるって言った?」


 うろたえもせず、ボクは悪党たちに手招きをした。


「追い詰められたのは、キミたちの方だよ」

「こしゃくな、死ねぇこのガキ!」


 五、六人が束になって、ボクに襲いかかってくる。


 右の相手の膝を駆け上がって、膝蹴りでまず一人倒した。斜め左にいる敵の頭を軸に、回し蹴りを繰り出した。前方の三人を倒す。軸にしたやつは首をねじって無力化した。


 蹴った相手の後方に銃器を持った敵もいたが、ボクがやっつけた仲間が邪魔で撃てない。


 そのスキに、ボクはクナイを投げた。


 手の甲を貫かれ、相手は銃を落とす。


「ヤロウ!」


 ドスを持った敵が、正面から攻めてきた。


 身体を落とし、肘を相手のみぞおちへ叩き込む。


 後ろから来た敵には、ノドにキックを見舞った。


「一人ずつじゃ押さえられねえ! 全員でかかれ!」


 スキンヘッドの指示で、円状に囲んでいた集団が一斉にボクへ襲いかかってくる。


 これだけの相手だ。あっという間に捕まってしまうだろう。


 何もしていなければ。


 ボクは、指を鳴らす。


 走った勢いのまま、悪党どもは倒れ込む。彼らは一瞬で、イビキをかきながら眠りについた。

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