サマター海域へ

「何を驚いているの? ベッドは一つしか空いていないと説明があった」

 

 唐揚げを食べながら、キュアノが平然とした顔で言う。 

「部屋が一つしかない」って意味じゃなかったの!?


「どうしよう。部屋を変えてもらうにしても、空いてないよ」

「大丈夫。サヴを抱いて寝る」

「ボクがどうにかなっちゃうよ」

「私は、サヴに何をされても平気」


 なにその信頼!?


 部屋を確認する。本当にベッドが一つしかない。


「ボクは、甲板で寝るよ」


 お外で寝るのも、旅の醍醐味だよね。一回は経験もあるし。


 着替えを手に、ボクは部屋を出た。


 気を取り直して外へ出ると、大雨が降り注ぐ。船を刺し貫かんばかりに。


「出てきたらダメだ、お嬢ちゃん! 部屋に入っていなさい!」


 船を立て直しながら、船員さんがわめく。


 お嬢ちゃんなんていませんけど!? ボク、ズボンはいているんですがねぇ! ちゃんと見てますか!?


 外で寝る作戦もダメか。


「あきらめて、こちらへ」


 部屋に戻ると、キュアノが自分の隣をポンポンと叩く。


「お邪魔します」


 ボクは、キュアノにシーツをかけてもらう。


 狭い。ベッドも硬いな。でも、キュアノのフワフワした感触で、気持ちも和らいでくる。何もしないけれど。


「キュアノは子供の頃、どんな感じだったの?」

  

 気を紛らわせるために、質問攻めにする。


「普通。剣と魔法の稽古ばかりしていた」


 気がつけば、エルフで並ぶ相手がいなくなるほどに成長していたらしい。エルフ最強の近衛兵でさえ、刃が立たなくなっていた。

 

「それが、一〇歳の頃。もうそのときには、誰も私に寄り付かなくなっていた」


 天才の孤立、キュアノがあまり感情を表に出さないのは、こういう経験があったからかもしれない。


「それからも私は、一人で稽古を続けていた。あったのは、閉塞感」


 キュアノは、自分を外の世界に連れ出してくれる存在をずっと求めていた。

 しかし、エルフの森からは出させてもらえない。


 そんなとき、オークロードが襲ってきた。

 

 ボクたちが撃退している頃、キュアノは王宮で王に接近するオークの群れを撃退していたらしい。


「生きた心地がしなかった。けれど、一人のニンジャがオークロードと和解して撤退させたと報を聞いた。ウソだと思った。あなたに近づいたのも、真相を確かめるため」


 それで、ボクに興味津々だったのか。


「けれど、接してみてわかった。あなたは優しい人。それでいて、自己犠牲の精神も高い。人より自分が傷つくことを選ぶ。だから、危うい」


「ボクが、危ういって?」


 キュアノはうなずく。


「だから、そばにいる。あなたを癒せるのは、今はわたしだけ」


「ありがとうキュアノ。おやすみなさい」


 キュアノも小さく「おやすみ」という。


 その日はなんだか、すぐに眠りにつけたんだ。

 お酒の香りを嗅いだからかな……。






 一夜明けて、ボクは船内の酒場で情報を集める。


 事情を知ってそうな護衛の冒険者に、事情を聞く。


「サマター海域地震は、知っているな」

「ああ、あの大災害ですよね」


 魔族が引き起こした、局地型大地震である。

 サマター地方の海底遺跡、及びそこに眠る邪神を復活させるために、大規模な災害を起こしたのである。そのせいで多数の死者が出て、あの海域の都市はほぼ壊滅に追い込まれた。


 ボクたち、というかホルストの活躍のおかげで、邪神は退治されている。


「太古の邪神を倒すとか、すごい」

「無理やり起こしたものだから、弱体化していたからね」


 それに、喚び出そうとしたのは魔王だ。邪神からすると、商売敵から無理やり契約を結ばされることになる。不愉快極まりなかったのだろう、侵略に積極的ではなかった気がする。


 都市には多額の寄付が与えられた。ボクたち勇者一行も、多額のお金をワケたはず。もう心配はないと、思っていたのだけれど。


「なにかあったんですね?」

「寄付を横流ししている奴らがいてな」


 無監視だったのをいいことに、一部の悪徳企業が寄付を私物化してしまったらしい。おかげで、都市の市民にまで行き渡っていないという。


 そこから、海賊行為が頻発するようになったとか。


「ヨートゥンヴァインは今や、トップクラスのスラム街さ。ドレイの売り買いも再開されているらしい」


 ボクは立ち上がった。ドレイ商なんて、ボクたちがやめさせたはずなのに!


「悪いことをする人が、いるんですね?」

「ああ。海賊退治の他に、都市の実態調査も依頼に入っているのだ」


 腕を組みながら、剣士は語る。


「許せないね」

「そう。見つけ出して金の大切さをわからせる」


 キュアノも、やる気に溢れていた。


「うん。剣士さん、ボクたちもお手伝いします」

「心強いな。見たところ、ハイクラスの冒険者パーティのようだが」


 ボクのはめている腕輪を見て、剣士はそう分析する。


 冒険者パーティのランクは、腕輪に付ける魔法石で判別できるのだ。金・銀・銅・鉄などと分類されている。


 ボクらのパーティは、銀色だ。中堅くらいかな。


 勇者クラスになると、金より価値の高いプラチナがはめ込まれる。


 突然、船が揺れた。


 外へ出ると、煙が上がっている。海を見ると、黒い船団がボクらの乗る船を取り囲んでいた。


 船員の一人が、ボクらに助けを求めてくる。


「海賊だ!」

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